2 サキュバスママ来塾
二時予定の保護者が来塾したのはきっかり十五分前だった。来着時間もまた、保護者の人となりを推理する参考データとなる。
「本日はお越しいただきありがとうございます。私は寒川教室の神澤と申します。こちらは同じくシスタリヤです」
「よろしくお願いします」
にっこり愛想よく頭を下げるシスタリヤ。
「竜崎と申します。よろしくお願いします」
保護者も愛想よく挨拶を返した。ハキハキとした話しぶりから、聡明で活動的な女性だと察せられる。おそらくまだ三十路だろう。
茶色がかった長い髪が豊かに波打ち、非常に整った目鼻立ちをしている。やや吊り目がちな双眸からは肉食系のギラギラした光を放っており、自信に満ち満ちた口元は例の震えるリップで潤んでいた。
それと胸がデカイ。キャリアウーマン風のスーツ姿越しにわかるくらい豊満な肉体の持ち主である。
保護者の外見をいろいろ書くのは倫理的な意味でアレかと思うが、この保護者にかぎっては重要な意味を持っているのでやや詳しく書いた。いや、百万言尽くしてゴチャゴチャ書くより一言こうまとめればいいのだ。要するに『エロカッコイイママさん』なのである。
「早速塾の説明をさせていただきます」
塾のパンフレットを広げ、塾のシステムや費用面の説明に入る。個別指導とは一人の講師が数人の生徒を別々に教えるという意味であること、生徒が急病で休んでも振替授業で対応すること、受講科目数や受講時間数が多いほど費用は割安でお得なこと、月謝支払いは銀行からの引き落としにてお願いしていること等々……
「……以上が塾のシステムの説明です。ご不明な点はございましたでしょうか?」
「いえ、よくわかりました」
母親は親和的な笑みを浮かべて頷いた。神澤も微笑み返し、『体験授業受講相談シート』を取り出した。『相談シート』は保護者から生徒のことを根掘り葉掘り聞き出して記録しておく書類だ。生徒が入塾した場合、指導のための参考資料になる。
「それでは私どもの方から今度はお子様についてお尋ねします。電話では中学二年生のお嬢様と伺っておりますがお間違いないでしょうか?」
「はい、竜崎ミサキ、寒川中の二年です」
通学先や学年をシートに書き込みながら次の質問に入る。
「お嬢様の学業成績について教えてください」
「これです」
バッグから大きめのシステム手帳を取り出し、中に挟んでいた紙片を差し出した。きれいな字で五科目、そしてなぜか保健体育の点数が書かれている。
「ありがとうございます。……よくできるお子様みたいですね」
相談シートに転記しながら神澤は素直な感想を言った。中学一年生学年末テストの結果は国語九十四点、数学九十七点、社会九十一点、理科九十七点、英語九十九点、保体九十二点。保体も含め、たいしたものだ。
これだけの点数が取れるということは……
「今現在どこか塾に通っているのですか?」
「いえ、自分で問題集を買ってきて勝手にやってます」
塾に通う必要なんかないじゃないか……そんな思いを毛ほども表に出さず、神澤は話を進める。お母さんに親しみやすさを感じてもらうため、尊敬語の数を徐々に減らし、丁寧語を増やすよう注意する。
「自宅学習の習慣がちゃんとついているんですね。得意意識のある科目、苦手意識のある科目ってわかりますか?」
「得意科目も不得意科目も特にないんじゃないかしら。強いて挙げるなら保健体育が苦手かなぁ」
また保健体育だ。肝心な五科目にあまり興味がない口ぶりだ。何なんだろう、このお母さんは……
「……習い事はどうですか?」
習い事経験を聞くことで塾は二つの情報を得る。一、子供の早期教育について。二、親の経済力について。
「うーん、小学校の間スイミングに行ってたけど、他は特に」
「スイミングをやめたのは、部活との絡みですか?」
「はい、水泳部に入ったものですから」
「なるほど。指導方針や進学先について、お母様お父様に何かご要望はありますか?」
「あ、父親はいないんです。だから私の希望を伝えますね」
「失礼しました、以後気をつけます」
「お気になさらず。進学先については娘に任せようと思ってます。ただ、あの子の進路というか、人生に関わることでお願いがあるんです」
これまで涼しげだったお母さんの顔が憂いで曇った。人生に関わること……これは基本的なことなのだが、ここは学習塾である……
「はい、どんなご要望でもお聞かせください」
「私、サキュバスなんです」
ミズキは目を瞠った。