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サキュバトクラシー  作者: 竹取翁
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1 神澤ミズキは潜入工作員

神澤ミズキ:25歳、男。なろう塾寒川教室勤務(副教室長)。その正体は日本政府に雇われた工作員で、学習塾を経営する謎の外国人実業家シスタリヤを潜入調査中。


シスタリヤ:正体不明の外国人実業家。人類の脅威。


『半年ぶりのコンタクトだな。元気そうで何よりだ』

「どうせどこかで見てたんだろ?」


『いや、この半年間は本当に君から離れていた。君を信頼しての措置だ。連絡できなくて辛かったよ。何せ私は君の『恋人』なのだからな』

「顔も見たことない恋人だけどな」


『長い黒髪の純和風超級美少女を思い浮かべながら喋ってくれたらいい。で、少しは連中に溶け込めたか?』

「放っておいてくれたおかげで、すっかり学習塾の『神澤先生』だ。念のため言っとくが、この六ヶ月間、本当にスパイ活動はしてないからな、情報をよこせと言われても何もないぞ」


『それでいい。せっかく潜入できたのに疑われたら元も子もない』

「情報戦のことはよくわからないが、こんなに時間をかけるものなのか?」


『諜報戦の戦理はウィルス性疾患の病理に似ている。ウィルス性の病気というのは潜伏期間が長いものほど厄介だろう? 発病した時にはウィルスは体中に拡がっているはずだからな。スパイの潜入作戦も同じで潜伏期間が長ければ長いほど成功率は上がる』

「スパイが病原菌ってのはいい喩えだな。俺は潜伏期間六ヶ月のバイ菌ってわけだ」


『皮肉はよせ。敵の嫌がることをせよとは兵法の鉄則だろう? 君はヤツの病原菌であることをむしろ誇るべきだ。バイ菌上等じゃないか。ヤツを死滅させるガン細胞になれれば言うことはないんだが』

「それは無理だな。俺が単独でシスタリヤを始末するっていうのは、全く現実味のないファンタジーだ」


『わかっている。むざむざ君を犬死にさせたりはしない。目的はあくまで調査だということを肝に銘じておいてほしい』

「その調査方針だが、どうなってるんだ? この半年の間に変更は?」


『変更はない。改めて説明しようか。調査対象は三つで優先順位がある。第一位、正体不明の外国人実業家シスタリヤ。第二位、彼女が実質経営する株式会社なろう塾。第三位、同社の幹部社員たち。シスタリヤについては……』




 四月吉日。

 JR寒川駅の北出口を出て川沿いの桜並木を十分ほど歩いた先に『個別指導なろう塾寒川教室』がある。古い雑居ビルの一階を改装、今年度開校したばかりの新校だ。


 このように書くと、オンボロビルの賃貸オフィスを改造しただけの貧乏くさい塾と思われるかもしれないが、全くもってその通り……いや、建物が子供に勉強を教えてくれるわけではない。学習塾で大事なのは当然資金力……ではなくあくまでも教師の熱意と授業のクオリティである。


 午後一時、神澤ミズキが外の掃き掃除から戻ってくると、ビジネススーツに身を包んだ少女がマグカップを両手に出迎えた。それぞれコーヒーとオレンジジュースが入っていて、コーヒーの方を差し出す。


「どうぞ、神澤先生」


外見は小学高学年くらい。平日の真っ昼間、学校でお勉強していなければならないお年頃のはずだがスーツ姿でここにいる。そのわけは……


「ありがとうございます、シスタリヤ先生」


 神澤ミズキは恐縮の体でマグカップを受け取った。ニッコリと柔和な笑みを浮かべて頷く少女は彼の直属の上司であり雇い主であり、今回の調査対象でもある。


 シスタリヤ、株式会社なろう塾代表取締役社長、個別指導なろう塾寒川教室教室長。一見無害そうな子供でも、10の36乗幻想分子トンを超える超級ブリブドだ。

 ヒトの幻想分子量はせいぜい1幻想分子トン。

 幻想分子魔導論によると、魔導の威力は術者の幻想分子量に比例する。ヒトの10億倍の10億倍の10億倍のさらに10億倍。彼女の存在に気付いているヒト達は、みんな深刻に受け止めているし、恐れている。


「神澤先生。私、先生と少しお話したいんですが、いいですか?」


 ご機嫌らしく、ニコニコしながら部下の顔を覗き込んだ。上司の機嫌と天気は晴れにかぎる。


「はい、何でしょう?」

 神澤ミズキはなろう塾寒川教室の副教室長。大学卒業後、半年間海外留学。帰国後なろう塾入社、二十三歳――ということになっている。


「教室長の仕事って、どういうものだと思いますか?」

軽い口頭試問だ。無難な建前論をぶつことにする。


「教室長の仕事とは……」

 ミズキは慎重に言葉を選びながら答えた。


「子供に勉強するモチベーションを絶えず与え続けることだと思います。勉強すれば自ずと成績は上がっていきますから。子供が楽しく勉強して成績が上がれば親御さんも喜んでお金を払ってくれます。学習塾ほど信頼関係が重要になる業種はないのではないでしょうか?」


「不合格です」

 シスタリヤは一刀両断した。


「教室長の本質は教育者ではなく営業担当社員です。あなたの仕事は顧客に通常授業や季節講習という『商品』を販売し、会社を儲けさせることです。生徒の学力向上は企業活動の小目的であって大目的ではありません。ここまではわかりますか?」


 教室長は売り上げ目標を課された一介の店長にすぎぬ……オーナー社長サマはそうおっしゃっている。


「わかります」


 部下の相槌にシスタリヤは頷き、再び口を開いた。コーヒーをすすりながらご高説を拝聴する。

「たとえば通常授業だけで第一志望に合格させた教室長と、通常授業に加えて夏期講習や冬期講習をたくさん受けさせたのに合格させられなかった教室長とでは、どちらが優秀な教室長だと思いますか?」


 彼女の話ぶりを察すれば、望まれている答えは明白であろう。


「親御さんにたっぷりお金を使わせた教室長ですか?」


 少しだけ皮肉を込めて答える。皮肉は通じなかったのか、シスタリヤは満足そうに頷いた。


「そうです。その年のボーナスを期待していいのは後者の教室長です。会社の売上に貢献しなかった教室長は教師としてどんなに優れていても給料泥棒と呼ばれますので気をつけてください」


「わかりました」


 言いたいことは山ほどあるのだが、ミズキは反論しなかった。


「何も私は『お金さえ儲かれば生徒のことなんてどうでもいい』と言っているわけではありませんよ? ただ、『生徒をしっかり指導し結果を出し続ければ塾の評判が上がり、塾の評判が上がれば売上も伸びる』……そういう誤った信念を持っている教室長が我が社だけでなくこの業界にあまりにも多いので注意を促しているのです」


 その信念のどこがどう間違っているのかミズキにはわからなかったが、質問も反論もしない。


「わかりました、注意します」


「よい返事です。二時からの入塾説明会、あなたにお任せしますが、どうすればいいと思いますか?」


 彼女が期待する返答はだいたいわかる。


「営利企業であることを意識したプレゼンを心がけます」


「素晴らしい答えです。私はお金儲けが大好きなんです。そのことを忘れないでください」


 シスタリヤの大好きなことを一つ知った。後で『国山小夜』に報告せねばなるまい。


ずっと前に書いていたのですが、学習塾の不祥事件があまりにも多いのでアウトかもしれないと思って筆を止めていた作品です。


ひょっとしたら大丈夫かもしれないと考え直して、試験的な意味も込めてこちらにアップしてみます。



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