異空間
「分かった。異空間へ行こう」
うなずくダンテを見てチコは、懐から浮遊石を取り出した。
「じゃぁ行くよ」
たちまちダンテとチコがいる空間は光に包まれ、何も見えなくなると同時に次の瞬間には、あの例の草原の光景に変わっていた。
草原には魂の光が漂い満ち溢れている。
「ダンテ、あれ!」
ダンテはチコが指差す方向に歩いて行って息を飲んだ。何と草原にグレゴリーの死体が横たわっていたのだ。しかもただの死体ではない。まるで何かが脱皮した後のような抜け殻状態となって転がっているのである。
やがて、その先にある異様な気配にダンテ達は身構えた。その気配はやがて、この世のものとは思えないほどの醜い姿をした化け物となってダンテ達の前に姿を現した。
「あれは……」
「グレゴリーの真の正体だよ。奴はこの星の外からやって来てこの星を巣食っている張本人なんだ」
ブルーノとバルドの魂を飲み込み、これ以上はないくらいに肥大化し化け物の姿となったグレゴリーにまたがっている人影がいる。エセルだ。
「ようダンテ、久しぶりだな。必ずここに来ると思っていたぜ」
ダンテは言った。
「エセル、もうこれ以上、この世界を賭場にして弄ぶのは止めろ!」
「そいつは無理だな。ダンテ、次はお前がプレイヤーになるんだからな」
「何を言っている。俺はしがないただのバルダロスの一武将だ」
「フッ、そうだな。ダンテ、試してやろう。お前が本当に覇を競うにふさわしい人物かどうかをな」
エセルは、ニヤリと笑うとまたがっている化け物に合図した。途端に化け物は闘争本能を剥き出しにして、ダンテに襲って来た。
「一体、何だっていうんだ」
ダンテは、その巨体の攻撃をかわしながら剣で必死に防戦をした。
「ダンテ、この世は戦いなんだよ」
エセルはダンテにそう言い放ち、化け物をさらにダンテとの戦いに駆り立てる。不意に化け物は口から強烈な破壊光線を吐き出し、みるみるうちに草原は、炎に包まれ始めた。
「熱いっ……」
ダンテは、周囲を襲う灼熱の炎に飲み込まれながらも必死に化け物の隙を窺う。ふと、化け物の攻撃が弱まった。
「今だっ!」
意を決してダンテは化け物の懐に飛び込み、剣を突き立てた。手応えはあった。だが、ダンテが顔を上げると化け物はニンマリと笑みを浮かべ、平然とダンテを見ている。そして、その長い触手でダンテの体をなぎ払った。
強烈な打撃にダンテは体ごと吹き飛ばされてしまった。
「ダンテ!」
チコがダンテに近寄ろうとするも草原を覆う炎に阻まれ近寄れない。やがて、化け物から飛び降りたエセルがひたひたとダンテに近寄り、地面に転がるダンテの目の前に剣先を突きつけた。
「残念だったな。ダンテ、余計なことに首を突っ込まなければお前も一端の覇者としていい賭場のプレイヤーとなれてたものを」
「ふん……お前達のゲームに付き合うつもりは、さらさらない」
ダンテは、剣を突きつけられながらもエセルに抗う姿勢を示す。
「そうかい、残念だ。じゃぁこの世から永遠に消えな」
エセルが剣を振り下ろそうとしたとき、突如、エセルの前に現れた人影があった。その乱入者を前にエセルは思わず後ずさりして剣を構え直す。その新手の人影を見たダンテは叫んだ。
「フィオナ!」
エセルの姉、フィオナがそこに立っていた。
「エセル、私が相手だ」
「姉貴……」
さらに捜査官のチェスターがゼノスの兵を引き連れて周りを取り込み出した。
「ダンテ、エセルは私がやる。お前はあの化け物をやるんだ」
フィオナはエセルと剣を構え合いながら叫んだ。ダンテはうなずきよろよろと起き上がると剣を取り、フィオナとエセルが剣を交えるのを横目にダンテは化け物に立ち向かって行った。
再びダンテの剣が化け物を貫く。だが、何度化け物はビクともしない。それを見たチコが言った。
「ダンテ、コアを狙うんだ」
「コア?」
「そう、必ずやつの体のどこかに潜んでいる。それ見つけ出すんだ」
だが、それがどこにあるのか分からないのだ。もはやダンテも戦いの中でボロボロである。体力が消耗する中、焦りのみが募った。
そのとき、不意に草原を漂う魂の光が化け物を覆った。突如、化け物は苦しみにもがき始めた。
「この光は……」
光の気配の正体をダンテは知っている。
「王様……」
思わず呟くダンテに光となったバルドの魂は言った。
『ダンテ、我が意を継ぐのだ』
化け物は苦しみながらもダンテの命を奪わんと強引に攻撃を仕掛けて来た。そこにわずかに隙が出来た。その隙の中にダンテは化け物の中に宿る赤い炎を見た。ダンテは悟った。
「恐らくあれだ!」
ダンテは、襲われるフリをして襲いかかって来る化け物の触手をかわすや一気にその剥き出しとなった赤い炎を貫いた。
化け物は、物凄い悲鳴をあげ、のたうち回っている。その確実な手応えにダンテはさらに剣を深くまで突き刺す。化け物は断末魔の喘ぎ声を上げながら、やがて、光の渦を巻きながらその場にどさりと転がり、壮絶に息絶えた。
その化け物の中から魂の光が溢れ出した。光は人型を形成しダンテに手を差し伸べている。
「王様……」
ダンテは、その光の手をパンっと軽く叩いた。
『ダンテ、次の時代は任せた』
そう光は告げ、やがいくつもの魂の塊となって漂い、空に舞い上がって行った。
「魂が石に還って行く」
その様子をダンテは、黙って見送り続けた。
隣ではエセルとフィオナの戦いが決着をつけていた。フィオナに剣先を喉元に突きつけられ、万事休すとなったエセルが自らの剣を手放し、両手を上げて降伏した。やがて、チェスターが連れて来た兵がエセルを連行して行く。その別れ際、エセルはダンテに言った。
「ダンテ、次の賭場を楽しみにしてるぜ」
やがて、エセルは連れ去られて行き、残ったチェスターがダンテに言った。
「よくやった。ダンテ、君は自由の身だ」
さらにフィオナとチコがダンテに歩み寄って来た。
「やったね、ダンテ」
チコがダンテに笑いかける。
「あぁ」
ダンテはチコに笑って答えながら、フィオナに言った。
「フィオナ、助けてくれてありがとう。でもどうしてここが分かったんだ」
フィオナは、優しげな笑みを浮かべて答えた。
「ダンテ達のことはずっと陰から見守っていたんだ。必ずグレゴリーとエセルに行きつくと信じてね」
「そうか」
ダンテは、うなずきあたりの草原を見渡した。戦いを終えたその草原には、覇を競った者共の魂が眠る静けさのみがただ、音もなく漂っていた。




