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ダンテ戦記  作者: ドンキー
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激突

 指揮に戻ったバルドはすぐさま軍を動かした。その様は実に溌剌としている。

「まずは正面から当たる。敵の反撃を待ち、左翼から騎兵で突入する。陣形はこうだ」

 キビキビと指図していく様は、まさに全大陸を制するに相応しい王のものだった。周りの士気も高い。

「いよいよ我が王が全土を制するのだ」

 遠征初期からバルドに連れ添っていた者など感極まって涙する者すらあった。その中にあってダンテは複雑だ。

 ーー王は長くない。

 チコのセリフが常に頭から離れなかった。だが、何にしろまずはドリアニア軍との戦さである。ダンテは気持ちを切り替えた。


 ブルーノは篭城ではなく野戦に打って出てきた。周囲の反対を押し切っての決断である。

「ダグラス……」

 ブルーノは、置き形見のダグラスの短刀を胸に全軍を指揮した。無論、傍では軍師のグレゴリーが補佐している。

 やがて、両軍はぶつかった。まずは互いの浮遊石砲が火を吹き、着弾する鉄の弾が砂埃を巻き上げ、周囲のものをなぎ倒した。その後、騎兵、歩兵ともに密集体系を組んで進軍を開始した。

 勢いに物を言わせるバルダロス軍に対し、ブルーノも一歩も引かない。特に側で使える軍師グレゴリーの指揮が見事に冴え渡っており、攻守共に絶妙な手を打ち続けるその策の前にバルダロス軍は何度も押し返された。明朝から始まった戦さは昼過ぎになっても一向に決着の気配が着かない。

「流石はブルーノ、そしてグレゴリーだ」

 バルドは、その四つに組んだ戦さ模様をじっと見据えた。

 バルダロス軍とドリアニア軍との最終決戦は長期戦に持ち込む構えを見せた。夜になったところで互いに軍を引き始めたのだ。

 だがグレゴリーは、決してバルダロス軍を休めることはしなかった。夜襲に打って出てきたのだ。

 油断していたダンテ達の陣地は、グレゴリーの軍によって滅茶苦茶にされた。何とか一命は取り留めたものの、神出鬼没なグレゴリーの部隊の前に疑心暗鬼となり、誰もが睡眠不足に襲われた。

 こうして、昼夜問わず、両軍が死力を尽くして戦い続けた七日目、遂に決着が着き始めた。グレゴリーの奮闘も限界をきたしドリアニア軍に綻びが出始めたのである。そこはバルドだ。すかさずその綻びを攻め立て始めた。そして、その日の午後、防衛線が決壊したドリアニア軍は全軍の指揮が壊滅し敗走し始めるに至った。

「勝った……」

 死力を尽くした戦いの勝ちを引き寄せたバルドは、全軍に追い討ちを命じた。


「もはやここまでか」

 ブルーノは壊走する自軍を止める手立てもなく、覚悟を決めた。

「爺、後は任せた」

 グレゴリーに敗戦処理を任せるや側近の兵を引き連れてバルダロス軍の大軍の中に打って出た。

「最後に一糸報いてやる」

 ブルーノは、最後まで温存していた騎兵を全て投入し、バルドの陣地へと決死の突撃を迫った。

 その最後の突撃にバルダロス軍は一瞬、戸惑った。バルドの視野にブルーノの勇姿が映った。その瞬間、二人の目が合った。今まで決死の覚悟で覇を競い合った間柄である。様々な感情がお互いの中に沸き起こった。

 やがて、ブルーノは、カブトを脱ぎ取り、放り捨てるや、バルドの方に突進した。

「バルドぉ!」

 死を覚悟したその突進の前にバルダロス軍の矢が一斉に降りかかった。ブルーノは、目をかっと見開いたまま、全身を貫く矢の前にガクッと落馬した。

「ダグラス……今、そっちに……行く」

 ブルーノは、そう呟き、遂に力尽きた。この瞬間、数年間に渡る長き攻防を繰り返して来たバルダロス軍とドリアニア軍との決着がついた。足掛け十年がかりのバルドによる遠征が、ほぼ完成に近づいた瞬間でもあった。


 大将を失ったドリアニア軍は、総崩れで敗走して行った。やがて、夜になり追討戦も一区切りついたところで、ダンテは陣地に戻って来ると、そこには戦友が立っていた。

「カルロ、生きていたか!」

「よぉ、兄弟。勝ったな」

 二人は互いの無事に肩を叩き合った。戦勝がこんなに嬉しかったことはない。それがお互いに分かっているだけに笑顔がとまならなかった。

 そんな中、ふとダンテは気になることを聞いた。

「グレゴリーの姿がまだ見つかっていないんだが、カルロは何か知っているか?」

「グレゴリー? あの白髪白髭のドリアニア軍師のか? さぁ知らないな」

 ダンテは、考えた。

 ーーグレゴリーのことだ。次の戦いに向けて何か準備をしているのだろう。

 何はともあれ、まずはバルダロス軍の勝利である。今までこのために自分達は戦って来たのだ。こみ上げる喜びを抑えられなかった。

 陣地には次々にバルダロスの将が帰って来ている。その一人一人を王のバルドはねぎらった。

「諸君、勝利だ。今宵は皆で祝おう」

 やがて、酒宴となり、陣地では戦勝祝いの酒が次々と運ばれた。バルドも上機嫌である。十年がかりの遠征の峠を遂に越したのである。後はこの東の地を平定するだけだ。それでバルドは大陸の覇者となれるのである。

 皆もそれが分かっている。新しい時代が来る。それも自分達が切り開いた未来である。皆がその美酒に酔った。


 酒の席で散々、カルロに飲まされたダンテは、フラフラで自身のテントに戻ると酔いに任せて眠りについた。その夢の中で例の如く草原が出て来たのだが、そこに一人の人影が立っている。よく顔は見えなかったが、それは自身がよく知っている人影だった。その名を呼ぼうとしたところでふと、ダンテは目が覚めた。

「?」

 何やら辺りが騒がしい。カルロが慌てた様子で走って来た。

「どうしたんだカルロ?」

「ダンテ、大変だ……」

 寝ぼけ眼のダンテはカルロが何を言っているのかはじめは分からなかった。だが、頭が冴えてくるに連れてその知らせれた事実に愕然とした。


 この日、バルダロスの王ーーバルドが死んだのである。

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