地の利
「あれがバルダロス軍か」
バルダロス軍の展開する陣地の手前まで来たダグラスは、自身の陣地を構築しつつ、その敵の威風堂々たる軍勢に思わず見惚れた。静かでありながら、山のように動かず鎮座しているのだ。
「流石は我が兄と覇を争うだけの男の軍だけある」
だが、こうも思った。
「いかに勢いがあるとはいえ、地の利は我が方にある。やりようによっては、かなり戦えるはずだ」
ただ何と言っても寡兵である。とても目の前の大軍のバルダロス軍に勝てる見込みはない。まず兵が萎縮した。だがダグラスは言った。
「我々はバルドに勝利する必要はない。我が兄に決戦のための軍を新たに編成する時間を稼げればよいのだ」
「しかし、これほどの大軍を……」
怖気付く兵にダグラスもうなずき言った。
「策がある」
「策、ですか?」
尋ねる兵にダグラスは笑って答えた。
「この俺だよ」
ダグラスは、ブルーノの弟である事を利用し、自身を囮にしたのである。
ドリアニア軍のブルーノの弟が自ら戦地に赴いて来たーーその事実を知ったバルダロス軍はたちまち色めき立った。しかも手勢は少数と来ている。当然、気持ちもはやるものがある。ダグラスはそこを巧みに突いた。
バルダロスの大軍を相手に自ら先頭に立ち打って出たのである。バルダロス軍の先発隊は、そんなダグラスの軍に一気に雪崩れを打って攻め立てた。案の定、ダグラスの軍はすぐさま敗走を始めた。
「敵が引いていくぞ!」
「今だ。ブルーノの弟を捕らえろ!」
バルダロス軍の士気は最高潮に達した。たちまち背中を向けて引き上げていくダグラスの軍を追い始めた。それはもはや統制の取れた軍とはいえないほどになっていた。
「いかん!」
遠目でそれを見ていたバルドは、思わず立ち上がった。
「あれは罠だ。直ちに引き戻させろ」
だが、もはやはやる先発隊を止められない。雪崩れ込んだバルダロスの軍勢は険しい山地に足を踏み入れた。
「来たな、バルダロスの兵どもめ」
ダグラスは、完全にバルダロス軍を引き付けた上で山頂に潜ませた伏兵に合図した。
「やれ!」
突如、山頂からにゅっと伏兵が現れ、狭い谷間にぎっしりと埋まったバルダロス軍の兵士目掛けて巨大な岩を落とし、矢を射かけ始めた。もともと統制が取れなくなっていたところにこの不意打ちである。辺りは騒然となりバルダロスの軍勢は大混乱に陥った。
「今だ。行くぞ! かかれ!」
戦機を見たダグラスは、一気に反転し、混乱の最中にあるバルダロス軍に襲いかかった。ただでさえ幅のない狭い谷間である。大軍の利が活かせないだけでなく、それが返って仇となり、突撃してくるダグラスの軍に総崩れとなった。
結局、この攻防は鮮やかなダグラスの勝利に終わった。
「流石は、あのブルーノの弟だけある」
バルドは、忸怩たる思いで敗北を噛み締めた。
「厄介な男が現れたものだ」
ここでバルドは、思わぬ足止めを喰らうことになる。相手が山地に陣を構えているだけに大軍を活かせず、思わぬ伏兵攻撃を警戒してそれ以上進めなくなったのだ。
そうこうするうちに冬が来た。バルダロス軍と山地を背景とするダグラスの軍は、互いに睨み合ったまま冬営に入った。
「ダンテとカルロを呼べ」
冬営の陣地の中でバルドは叫んだ。たちまちやって来た二人にバルドは地図を指差しながら命じた。
「この山地を隈なく調べるんだ。必ず隙がある。それを見つけて来い」
そして、バルドは金貨が詰まった袋を取り出し二人に渡した。
「金に糸目をつけるな。工作して来い。いいな」
「分かりました」
二人は拝礼し、バルドのもとを引き下がって行った。




