夢
海戦での敗報を聞いたブルーノは眉を潜めた。バルダロスへの浮遊石の経路を断とうとした戦略は急遽、修正を加えざるを得なくなった。
「どうしたものか……」
今やドリアニア軍はバルダロス軍とカーラ水軍の連合軍に対し劣勢であり、南を固めたバルドはその勢いをそのままに今にも北の大地に攻め込まんとしている。迎え撃つブルーノとしては、とにかく時間が欲しかった。
ブルーノは地図上の北の大地を見た。幸いその近辺の海域はバルダロスとカーラ水軍の制海権の外にあり、その海上には城壁で囲まれた要塞がある。この海上要塞が無事である限り、バルドはこちらへは進軍できないはずだった。その間に兵を休ませ、来るべき最終決戦に向けて備える腹づもりであった。
一方、バルドは海戦の勝利からさほど時間を置かずして北の大地に向け軍を進めた。その中にはダンテとカルロも混じっている。
「うちの王様は、今度はどうするのかな」
進軍の歩を刻みながらカルロが聞いた。
「ダンテはどう思う?」
ダンテは「分からない」と首を振った。ダンテならずとも、皆にとってもそれは疑問の種だった。
カルロはさらに言った。
「北の大地は陸上ではバルダロス軍が覇を唱えつつも制海権がドリアニア軍に握られているのである。しかもその海上には難攻不落とされた海上要塞がある」
その通りだ。制海権がないまま、どうやってその海上要塞を攻めるのか。もし不利を承知で力押しすれば、物凄い反撃を受けることは想像に難しくない。
だが、バルドの策は常に敵の想像を上回って意表を突き、決して的を外さないのも事実だ。もし、その策によってこの海上要塞を落とせさえすれば、その後のこの一帯の攻略は一気に進むのである。それだけの要所だけに今回の進軍には味方のみならず、大陸全土の者が固唾を飲んで見守り続けていた。
「王様のことだ。何か考えているだろう。俺達はただその手足になるだけだ」
そうダンテは言い、カルロも「そうだな」とうなずいた。
なお、北の大地に出向いたバルダロス軍の陣容は少し変わったものだった。工兵が多くを占めているのである。それが何を意味するのかは、その時にはダンテ達には分からなかったが、ともかくバルダロス軍は海沿いの北の大地で野営陣地を張った。
その夜、ダンテはいつにも増して眠れなかった。例の草原が脳裏から離れないのである。チコは言った。自分達は何かを植え付けられたのだと。そこには植え付けるだけのなんらかの意図があったのだろうが、今のところダンテには分からず仕舞いなのだ。
ダンテはムクっと起き上がるとテントから出て野営陣地の中を歩き始めた。やがて、陣地の離れに来たところでふと思わぬ人物と対面した。
「王様っ!?」
バルドは、振り返りダンテを見るや言った。
「ダンテか」
王を前にしてドギマギしているダンテをバルドは手で制し、尋ねた。
「お前も眠れないのか?」
ダンテは驚いて聞き返した。
「王様もですか?」
バルドはうなずき言った。
「この世界に覇を唱えるため遠征を繰り返して来た私だが、時々妙な思いに駆られる時がある。この世の全ては何もかも夢幻に過ぎないんじゃないかという思いだ。次、目覚めた瞬間にはもはやこの世に私は存在せず、これまで成し遂げて来た遠征も全ては霧散し、別の何かに転化してしまう気がするのだ。そう思うと眠れなくなる」
ダンテは意外だった。まさか王様がそんな思いに囚われていたとは思いもよらなかったからだ。バルドは続けた。
「私は後々まで語り継がれるほどの偉業をこの世に残すべく能動的に生きて来たつもりだ。だが、時々、そんな私は何か別のものに突き動かされて来た気なる。ふっ、なぜだろうな、お前を見ていると、こんな馬鹿げた話をしたくなった」
不意にバルドは、空を仰ぎながら言った。
「ダンテ、覚えているか、奴隷だったお前を拾ったときのことを」
ダンテはうなずき尋ねた。
「なぜ王様は、あのとき俺を助けてくれたのですか?」
バルドはダンテが思っても見なかったことを答えた。
「お前が私と同類な気がしたからだ。そう、いつも夢に出てくるあの草原の中にいる様な、そんな気がしたのだ」




