しんがり
「バルド様、お怪我は?」
側近達が駆け寄る中、九死に一生を得たバルドは、自らを襲い、そして引き上げて行く単騎の敵を指差し尋ねた。
「あれは一体、何者だ?」
側近は、確認した後、言った。
「おそらく、敵将のブルーノの様です」
「ブルーノだと?」
バルドは目を丸くして言った。
「敵将がたった一人で、自らこの私の首を取りに来たというのか」
バルドは、その勇猛さに唸った。
「そうか、あれがブルーノという男か……」
呟く様にバルドは、ブルーノの名を唱えた。
やがて、戻ってきた分隊と合流したバルダロス軍は、次第に優勢に立つようになり、ドリアニア軍を押し返し始めた。
「くそ、あと一歩だったのに……」
すんでのところでバルドを取り逃したブルーノは、忸怩たる思いで周りの兵とともに引き上げ始めた。こうなった以上、一刻も早くこの戦場から離脱する事である。
「グレゴリー、任せたぞ」
ブルーノは、馬に鞭打ち撤退を開始した。
「フォッフォッフォ、爺の出番の様ですな」
殿を務めるグレゴリーは、崩壊する自軍を取りまとめ、迫りくるバルダロス軍の侵攻を食い止めるべくその矢面に立った。そんなグレゴリーに最も迫っているのがダンテとカルロである。二人は、ドリアニア軍陣地の奥深くへと斬り込んでいた。
敵の降り注ぐ矢を盾で防ぎつつ、一歩一歩前進するダンテの目にあの白髪白髭のグレゴリーが飛び込んできた。
「グレゴリー、覚悟しろ」
ダンテは、一気に距離を詰め、杖を片手にこちらをニンマリと見るグレゴリーに剣を振り下ろした。だがその剣は何者かによって防がれた。
「何だ? 女?」
ダンテは突如、目の前に現れた女剣士に剣を取り直した。仮面をしていて女剣士の顔は見えない。だがなかなかの腕である。
「フォッフォッフォ、戦うがよい」
グレゴリーは、ダンテと女剣士の戦いを眺めながら、手駒の兵を巧みに捌き、軍を引き上げて行った。老練なグレゴリーならではの技である。この世の創造主でありながら、自らプレイヤーとして戦いを楽しむ姿がそこにはあった。
全軍崩壊の体を呈しつつも何とか撤退の形を保てたのは、このグレゴリーの殿の賜物である。
「グレゴリーに逃げられる」
ダンテは焦った。だが、目の前の女剣士が立ち塞がってこれ以上、進めないのである。
「兄弟、助太刀するぜ」
カルロがその女剣士に迫った。二対一となったところで優勢に立ったダンテの太刀が、女剣士の仮面を振り払った。一瞬、垣間見えた女剣士の顔にダンテは、はっと息を飲んだ。
そんなダンテに女剣士は懐から浮遊石を取り出すと、一瞬にしてダンテの前から姿を消してしまった。
「逃げられたか……」
そうダンテに歩み寄るカルロに、ダンテは黙っている。やがて、呟く様に言った。
「あの顔、間違いない……エセルだ」
そうだった。明らかにエセルの顔だった。
「え? なんだって?」
聞き返すカルロにダンテは「何でもない」と首を振った。
結局、グレゴリーの殿を得てブルーノは命からがら戦場を脱したが、その様は散々たるものだった。バルドの側近はさらなるブルーノへの追撃を求めたがバルドは、かぶりを振った。
「武士の情けだ。勝敗を決しきれなかった以上、もう戦いは無用のものだ」
バルドは、そう言いながらブルーノから受けた槍の傷を押さえた。貫かれた時の痛みが未だに体に残り続けている。確かにブルーノを退けたもののバルダロス軍が受けた傷も深刻だった。名だたる名将はことごとく討ち取られ、あるいは傷を負い使い物にならなくなった。兵も多くを失った。その意味で両軍は痛み分けでこの戦いを終えたのだった。




