危機
やがて、形勢はバルダロス軍にとって劣勢に傾き始めた。バルドが軍を分離したことが仇となったのである。次々と名だたる武将が討ち取られていく中、バルドは虚空を睨んだ。
「分隊の到来はまだか」
ここまで来た以上、分離した軍の合流まで耐え凌ぐしか活路はない。それまでバルドは必死に粘った。
「早く来てくれ」
バルドは、祈るような気持ちで遠方を睨んだ。
今の現状は、明らかにバルダロス軍が危機に陥っているのであるが、そのバルドの分隊が到着しさえすれば、今度はブルーノが危機に陥るのである。それまでにブルーノは決着をつけてしまう必要があった。
「バルドはまだ捉えられないのか?」
側近に怒鳴り散らすブルーノは、居てもたってもいられなくなり、やがて、自ら立ち上がり言った。
「この俺が行く!」
「お、お待ち下さい。ブルーノ様」
「えぇい。黙れ」
ブルーノは、止めに入る側近を振り払い、槍を取り馬に跨るやグレゴリーに叫んだ。
「爺、後は任せた」
「はっ、お任せ下さい」
白髪白髭のグレゴリーは、ニンマリ微笑みブルーノに頭を下げた。それを見たブルーノは、周囲の兵に言った。
「皆の者、この私について参れ!」
ブルーノは遂に手持ちの全軍を率いてバルドの陣地に襲いかかり始めた。辺りは相変わらず霧垂れ込みよく見えない状況が続いている。そこへつけてこの乱戦模様である。
「バルドはどこだ!。どこかわからない」
そこへ遠方から到来する新手の軍を発見した。おそらくバルドの分隊であろう。
「くそ、これまでか」
ブルーノは、吐き捨てるように罵り振り返ったときだった。その目に無防備なバルドの陣地が飛び込んで来た。
明らかにバルドらしい男がいる。だが、その側にも同じような男がいた。実はバルドは、いざという時のために自身とよく似た男を影武者として側に置くようにしていたのだ。ブルーノは迷った。
「どっちが本物だ?」
そこへ片方の男が何やら指図を下すのが見えた。その様子をみたブルーノはほくそ笑んだ。
「そっちか!」
ブルーノは、馬を鞭打ち一気に単騎で駆け出した。
バルドは、凄まじい勢いのドリアニア軍を前に必死の防戦を繰り返した。だが、敵の勢いは止まるところを知らない。
「もはやこれまでか」
次々と破られていく陣形を前にバルドは死を覚悟したときだった。側近が遠方を指差しながら叫んだ。
「バルド様、分隊が来ました!」
遂に待ちに待った分隊がバルドの陣地に到着したのである。それを受けてバルダロス軍はたちまち息を吹き返した。
「勝った……」
そうバルドが確信した矢先、バルドの目の前に突如、現れた単騎の男に目を見開いた。ブルーノである。
「バルドぉ!」
馬上から槍を振り下ろすブルーノにバルドは、思わずよろめき、側にあった刀でブルーノの槍を防いだ。だが、ブルーノの槍はバルドの刀を振り払いその身を貫いた。だが残念ながら致命傷にまでは至らなかった。
「もう一撃」
さらに打撃を与えるべくブルーノが体制を立て直したとき、異常事態に気がついたバルドの側近が、慌ててブルーノの馬を槍で突き刺した。たちまち暴れる馬を落ち着かせようとしたブルーノは、バルドを守るように取り囲む兵に舌打ちした。何はともあれ、ここはバルダロス軍の本陣のど真ん中なのである。単騎で事を成すには、あまりに無謀過ぎた。
「バルド、この次はその首を貰い受ける!」
そう叫び、ブルーノは、バルドの元を引き上げて行った。




