亡命
その後、なんとかバルダロス軍の陣地までやって来たダンテとカルロは、バルドにチコを引き合わせた。なんと言っても悪名高きあのローチェ家からの亡命者である。バルドは、チコを丁重に扱うことにした。早速、バルドはチコの身をダンテに預け、浮遊石の潜在力を探らせる役目を言いつけた。
チコは言った。
「皆、浮遊石の正体が分かっていない」
「どういうこと?」
尋ねるダンテにチコは、続けた。
「浮遊石の真の姿は、この世界に取って害悪なんだ。それをゼノスは隠してローチェ家やカーラ水軍を通じて流通させている」
チコが言うには、浮遊石は単に物を浮かせたり、瞬間移動させたりするだけではなく、もっと根源的な存在意義があると言う。それをチコから聞き出し研究するのが、バルドからダンテに与えられた使命でもある。
ダンテにとっても疑問だったことがある。そもそも浮遊石は何から出来ていて、どうやって産出されるのかだ。それについて、チコは言葉を濁しつつ、こう言った。
「時が来れば、分かる」
「時っていつ?」
「そのうちさ」
チコは、そう言ったきり黙りこくってしまった。万事この調子である。チコは何やら核心めいた事を言ったかと思えば、煙に巻いて水を濁すことを繰り返す。その肝心の浮遊石の正体については、全く要領を得ないままだった。
かと思えば、突如、「奴が来る」とまた何かに怯え切って震え続け、ダンテを困惑させるのである。そんな得体の知れないチコの謎の奇行に振り回されたダンテは、すっかり疲れ果ててしまった。
「どうだ? あのガキは」
久しぶり斥候任務から戻って来たカルロがダンテに聞いて来た。
「相変わらず禅問答みたいな事ばかりしてるよ」
肩をすくめるダンテは、逆にカルロに聞いた。
「ドリアニア軍とは、今どうなんだ?」
「あぁ、小競り合いを繰り返している程度だ。パジロがあんな事になった後だしな。両軍とも動きづらいだろう。当面は小康状態だ」
「そうか」
ダンテの目的は、あのドリアニア軍の軍師であるグレゴリーの、この世の創造主としての正体を突き止めることにある。そのためにもバルダロス軍にいて情報に通じている必要があった。その後、ダンテはカルロと盛んに情報交換し合った後、再び任務に去って行くカルロを見送った。
そんな日々を過ごしていたある日、ダンテがふとチコのもとへ行くと、チコは浮遊石を目的の順に従って並べていた。
「時が来るよ」
チコが不意に口を開いた。
「?」
キョトンとするダンテにチコは続けた。
「浮遊石の謎を探りたいんだろう。今夜、配列が揃うんだ」
「配列?」
「見ていれば、分かる」
それだけ言うとチコは、作業を黙々と続けた。ダンテは訳が分からなかったが、何か意味があるのだろう。そのチコの作業をただ見守り続けた。
その後もチコは、盛んにあれが必要だ、とかこれが要るとか言い、それにいちいち応えたダンテは辺りを走り回り続けている。チコが何をしようとしているのか、ダンテにはさっぱり分からなかったが、何やら大事な儀式のようだ。ただひたすら言われるがままに動きつつ、夜を待った。
やがて、その夜がやって来た。チコとダンテの前には、床一面に一定の法則で浮遊石が並べられている。チコはその中から一つの浮遊石を手に取るとダンテに手渡し、言った。
「行くよ」
その途端、床に配置された浮遊石が作動し、辺り一面が光に包まれた。驚くダンテが光の中で辺りを見渡していると、やがて、光が過ぎ去り一面の光景が草原に変わった。
「ここは!?」
ダンテは、驚いた。あの夢に何度も出て来た草原がまさに今、目の前に現れたのである。




