チコ
ダンテとカルロはパジロでそのローチェ家と関わりを持つ少年を見つけ出すことに成功した。名前をチコといい、ローチェ家当主の従兄弟に当たる。チコはダンテとカルロをバルダロスの内偵だと見抜いた上でこう言った。
「バルダロスへの亡命を希望する」
その要望を聞いたダンテとカルロは、思わず顔を見合わせた。チコの顔は真剣そのものだ。それを見てカルロが言った。
「どうやら事情がありそうだな」
「バルダロス陣地で事情を聞こう」
答えるダンテにカルロは、辺りを見た。
「でも今は昼間だ。人目がある」
二人は、話し合った末、チコを連れパジロを密かに脱出することにした。見つかるわけにはいかない。パジロの民の目が至るところで光っている。とにかく夜まで待って、人目を忍んでこっそりパジロを出払ったダンテ達は、その後、一心不乱にバルダロス軍の陣地を目指した。その間、チコはずっと無言である。
やがて、パジロから離れた村落まで来たところで宿屋を見つけたダンテ達は、体を休めるために泊まることにした。夜通し歩いて来ただけに疲れ切って眠りにつくチコを見ながら、ダンテは考えた。
ローチェ家は、この下界を賭場に変える執行機関であることはすでにダンテは知っている。だが、その構成などの詳細については闇であるがそこには鉄の結束が囁かれていた。そんなローチェ家から亡命者が、しかもこんな子供で出たのである。ダンテは驚きを隠せなかった。
「このチコから、個人的に色々聞くべきことがある」
ダンテはそう考えたものの、とにかく自身も疲れていたこともあり、すぐさま横になった。
やがて、しばらく経ったときだった。チコがむくっと起き上がった。
「チコ?」
不審に思ったダンテが気にかけるとチコが怯えている。
「来る……」
と何かの気配に身構えている様子だ。ダンテは尋ねた。
「来るって何が?」
「奴が……来る」
「奴?」
ダンテは辺りを見渡すものの誰もいない。だがチコはなおもダンテに迫って言った。
「お前も見ているんだろう。あの草原を」
それを聞いたダンテは、はっとしてチコを見た。チコの目は真剣だ。ダンテはすぐにいつも夢に出て来るあの覇者がぶつかり合った後の朽ち果てたあの草原の光景を思い出した。
「あれはただの草原じゃない。お前は植え付けられているんだよ。僕と同じく」
「植え付ける? 何を?」
だがチコはかぶりを振って答えた。
「分からない。けど、何を植え付けられたのは事実なんだ。そこからは逃れられないんだ。僕達ローチェ家は常にそう言う運命にある。今回の浮遊石の暴発事故もそうなんだ」
「あれは、お前がやったのか?」
尋ねるダンテにチコは、涙目で答えた。
「仕方がなかったんだ。でも僕だってあんなことになるとは、思ってもみなかった。でもそれが奴の意思なんだ」
「その奴っていうのは、一体、誰なんだ」
「決まってるだろう。この世の創造主だよ」
それだけ言ったチコは、目を見開いて何かに震え続けた後、そのまま痙攣を起こして泡を吹いて倒れ込んだ。
「おいチコ、しっかりしろ」
慌てて抱き抱えるダンテに隣で寝ていたカルロが、目を覚まし始めた。
「どうしたんだ?」
寝ぼけまなこで尋ねるカルロにダンテは、言った。
「チコがやばいんだ」
「チコが?」
カルロは、ガバッと起き上がり、横で倒れているチコに目を見開いた。
「おいチコ、しっかりしろ」
その後、ダンテとカルロの必死の介護もあってなんとかチコは息を吹き返した。
「一体、このガキはどうなってるんだ?」
首を傾げるカルロにダンテも「分からない」と首を振るしかなかった。




