情事
エセルと南国の夜の情事に溺れ、その交わりが絶頂を迎えようとしたとき、はっと思い当たる節にダンテは手を止めた。
ーーそうだ、俺はこれを一度、経験している。
ダンテの頭の中に今まで眠っていた記憶が呼び起こされた。それは、ダンテが今とは全く異なる別の次元で過ごしていた記憶である。
ーー俺は、ここにいる前、別の場所にいた。そして、そこでエセルと……
その生命の起源にまで遡る記憶は、だが、肝心なところで途絶えた。
ーー駄目だ。思い出せない。
焦燥に駆られるダンテをエセルは、不思議そうに見つめている。そこへふと影が二人の上空を遮り、振り返って見上げると一隻の浮遊船が飛んでいた。
「船だ」
ダンテとエセルは起き上がり、両手を上げて手を振った。
船はカーラ水軍の物で、ゼノスから浮遊石を運んでいる最中の物だった。幸いその航路で拾われたダンテとエセルは元の海辺の街まで戻ることが出来た。
やがて、バルダロスの本陣の元へ帰って来たダンテとエセルをカルロが出迎えた。
「エセル!。無事だったのか」
「……」
エセルは、ただ笑顔で答え、そんなエセルにカルロは言った。
「もうゼノスから戻って来ないのかと思っていたよ」
黙ったままのエセルをカルロは、不審に思った。
「どうしたのエセル?。俺の事、忘れたのかい?」
見かねたダンテが言った。
「カルロ、エセルは以前の記憶がないんだよ」
「記憶がない?、そうなのかい?」
尋ねるカルロにエセルは、うなずいた。ダンテはそんなエセルを横目に考えた。
ーーこのエセルは、あのエセルではない。だが一緒にいるうちに必ず尻尾を出すはずだ。それまでは様子を見よう。
バルドは、ダンテからカーラの返事の書状を読みながら考えた。その書状には、浮遊石の確保のためにゼノスとの航路を確立したが、ローチェ家との浮遊石の奪い合いが激しくなっている。さらにローチェ家は新たな企みを起こしているらしいとあった。
「ローチェ家か……」
バルドは、苦々しくつぶやいた。各国に王と臣下を輩出し隠然たる力を持つこのローチェ家は、バルドにとっても隅には置けない存在だった。今は戦力を蓄える時期だが、いずれドリアニアとの一大決戦が待ち受けている。それまでにこの厄介な存在を黙らせておく必要がある。
「今のうちに手を打っておこう」
そう考えたバルドは、側近に言った。
「ダンテらを呼べ」
ダンテ達は、バルドから新たな任務が与えられた。ローチェ家の企みを探れ、との任務だ。その任務はダンテにとっても歓迎すべきものだった。この謎多きローチェ家にこそ、エセルの謎が潜んでいる気がしていたからだ。
「よし、早速出向こうぜ。兄弟」
立ち上がるカルロにダンテとエセルはうなずきローチェ家が暗躍していると噂される街へと赴いた。例の旅芸人としてのなりである。旅路につきながら三人は、道中を話しながら進んで行った。
「しかし、ローチェ家の奴らは一体、何がしたいんだろうな」
カルロが問いかける疑問にダンテは、黙っている。ダンテは既にローチェ家の正体を知っている。ゼノスが下界の戦さを賭場として成り立たせるための工作機関だ。今回の噂もその一環のものだと推測された。
ーー問題は、エセルだ。
旅の道中、ダンテはずっとエセルを監視している。だが、今のところあの本性を晒したときのエセルは姿を見せる気配はないようだ。
ーー焦る必要はない。
ダンテは、そう自分に言い聞かせた。ここまで来れば、根比べである。エセルが尻尾を出すまでひたすら腐るまで待つまでだった。




