囚われの身
「バルドを逃してしまったか」
ブルーノは、忸怩たる思いで周りに怒鳴った。
「そのこちらの陣地に紛れ込んできたガキというのは、どいつだ。この私が切り刻み首を跳ねてくれるわ」
「それには及びません」
そのブルーノの前を軍師のグレゴリーが遮り言った。
「この爺に考えがあります。あの捕虜の子供の事は私にお任せ下さい」
ブルーノは、グレゴリーをじっと睨んだ後、うなずいた。
「分かった。爺に任せよう」
「ありがとうございます」
グレゴリーは、ブルーノに拝礼し引き下がって行った。
囚われの身となったダンテは、閉じ込められた檻の中で考えていた。あのとき、グレゴリーを見たがその姿は明らかに異様なものであった。
「あれは一体、何だったんだ」
そう考え込むダンテの前にその人物は訪れた。
「グレゴリー……」
白髪白髭のグレゴリーは、目を細めると警備の兵を下がらせ、ダンテに近寄った。ダンテは言った。
「お前は、一体、何者なんだ?」
「しがない一人の老人じゃよ」
ニンマリ笑いながらグレゴリーが答えた。
「嘘をつくな!」
ダンテは怒鳴った。ダンテが見たグレゴリーはとても普通の老人とは思えない、この世のものとさえも思えないほどの醜い姿だったのだ。
この世のものとさえ思えないものーーと言うところで、ダンテの脳裏にふとゼノスで捜査官のチェスターが言っていたセリフが蘇った。
「まさかお前……」
ダンテは、グレゴリーに尋ねた。
「お前は、この世の創造主……なのか?」
エセルと繋がり、この下界を弄ぶゼノスを陰から支配するというこの世の創造主の話を思い出したダンテは、目を見開いて目の前の老人を眺めた。
「ダンテとやら、お前に面白いモノを見せてやろう」
グレゴリーは、人差し指をダンテの額に突きつけた。その瞬間、ダンテの頭の中に物凄いイメージが突き抜けた。獰猛な存在が獲物を喰らい尽くすと言うショッキングなイメージだ。
「な、何だ。今のは……」
呆然とするダンテにグレゴリーは言った。
「この世の真理じゃよ。戦いがこの世の本性そのものなのじゃ」
「戦いが、本性だと……?」
聞き返すダンテにグレゴリーはうなずいた。
「お前達は我々が喰らい尽くす肉であり、家畜であり、愛玩動物なのだ。精一杯戦うがよい。だが私はゼノスの民とは違う。私もその戦いに自ら参加する。戦いの中に身を投じるのが私の本性だからじゃ」
と、グレゴリーは指を鳴らし、その途端、ダンテの目の前が暗がり始めた。
「グレゴリー、俺に何をした。お前はこの世界を一体、どうするつもりなんだ?」
尋ねるダンテの問いにグレゴリーは、答えず笑みを浮かべながら言った。
「ダンテ、お前は運がいい。丁度、お前にやってもらいたい事が出来たところじゃ」
そう囁くグレゴリーの声のみが頭に響く中、ダンテは目の前が真っ暗になり、やがて、完全に気を失ってしまった。
ふと目を覚ましたダンテは、目の前でこちらを伺うカルロに気がついた。
「おいダンテ、気がついたか?」
尋ねるカルロにダンテは、起き上がり辺りを見た。
「ここは……?」
「バルダロス軍の本陣だ。お前、この本陣の前で倒れていたんだぞ。何があったんだ?」
ダンテは、前髪を掴みながら考えた。
「分からない。ドリアニア本陣に紛れ込んで、グレゴリーに会って、そのあと……」
そのあと何かをされたらしいのだが、それがダンテには分からずじまいだった。




