懸念
ダンテとカルロが持ち帰った浮遊石と施設の設計図は、バルダロスに計り知れない価値をもたらした。バルド自らダンテ達を労ったほどである。だがダンテの表情は複雑だった。
「どうしたんだダンテ、そんな顔をして?」
尋ねるカルロにダンテは、うつむきがちにうなずいた。あの街で会ったグレゴリーの目といい、目の前に現れた猫といい、あのカラクリ装置といい、ダンテに取ってはどこか引っ掛かる事ばかりなのである。
「心配しすぎだ。兄弟」
カルロは笑うもののダンテは、胸騒ぎの様な物を感じていた。
その後、バルドは軍を東へと動かし、それに対しドリアニアも大軍を集結させ山脈の東側の平原でバルダロスを出迎えようとした。そこは、大軍を展開するのに絶好の場所であり、ブルーノとしてはその地での決戦を望んでいた。対してバルドは、大軍が展開するのに不利な海と山地に挟まれた狭い空間が広がっている山脈の西側にドリアニアを誘い込むことを目論んだ。
ここでバルドがある作戦を仕掛ける。ブルーノをこの地に誘い込むべく進軍を完全に止め遊興に明け暮れる等をして、時間を浪費し始めたのだ。
バルドの意図はまもなく明らかとなった。ブルーノが集結させた大軍の弱点、つまり補給の問題が露わになり始めたのだ。大軍は、確かに戦う上では有利だが、大軍ゆえに長くその軍を維持する事が出来ない。
しかもドリアニアが展開する平原は、海からも河川からも離れており輸送に水運が使えず、能率の悪い陸上輸送に頼るしかなかった。たちまちドリアニアの兵糧は干上がり始めた。
「流石、バルドだね」
ブルーノは、残りの兵糧を睨みながら軍師のグレゴリーに尋ねた。
「爺、どうする?」
「欺瞞しましょう」
グレゴリーは、机上の駒を動かして見せ、それを見たブルーノは言った。
「出来るかな」
「フォッフォッフォ、爺にお任せ下さい」
「よし、それに賭けよう」
ブルーノは、グレゴリーに作戦を託した。
それは、夜の事だった。野営しながらドリアニアを山脈の西側を南下し、山脈を避け南側から進出してくるであろうドリアニア軍を待ち受けるバルドの斥候を担うダンテとカルロは、暗闇の中、幾つもの松明の灯りが近づいてくるのを見つけ、本隊に報告した。
いよいよドリアニアがやって来たと判断したバルドは、夜襲を警戒しその松明の灯りに注視し続けた。だが様子がどうもおかしい。
「ダンテ、あれ、なんか変だぞ」
カルロが首を傾げ、ダンテもうなずき言った。
「近づいてみよう」
二人は、辺りを警戒しながらその動く松明の塊に近づいて行き、やがて、目の前の光景に息を飲んだ。そこにいたのは、ドリアニア軍ではなく、角に松明を付けられた牛の群れだったのである。
「しまった。謀られた」
ダンテは、思わず舌打ちした。
「じゃぁドリアニア軍はどこにいるんだ」
尋ねるカルロにダンテは、首を振った。
「分からない」
ドリアニア軍だと思っていたのが牛だったと分かり、バルドは動揺した。敵の位置がさっぱり分からないのである。そして、その知らせは突如、やって来た。
何とドリアニア軍は、バルドの裏を掻き山脈を直接越えてバルダロス軍の北側に現れたのである。つまり、バルドは山脈と海に挟まれた西側に閉じ込められ、自身の退路を絶たれてしまったのだ。




