ジオマラ
航海に出てから一月が過ぎたある日、海の向こうに陸が現れた。
「ジオマラだ」
以前、世界を一周したときに寄った島国である。何より久しぶりの陸地に船内はたちまち色めき立った。
「陸地だ」
ダンテは、目を見開いて遠望に広がるジオマラを眺めた。こんなに陸地が恋しいと感じたのは、生まれて初めてである。だが近寄るやその表情は変わった。どこもかしこも何者かの襲撃を受けた様子なのである。荒れ果てた大地に上陸したダンテ達は、辺りを警戒しながら先へと進んでいくと、原住民の教会の様な場所にたどり着いた。至るところに白骨化した遺体が転がっている。
「以前、ここに来たときは、いい商いが出来て歓迎されたんだけどね」
カーラが異様な光景に眉を潜めながら話した。
やがて、ジオマラで食料と水を調達したカーラ達は、いよいよゼノスへと向かうべく船を再び出した。
「あたいの勘が正しければ、この数日でゼノスが現れるはずだ」
カーラは、以前、無人船で押収した航海日誌を元に独自の計算を加味した暦と座標に賭けていた。
その夜、ゼノスへの船旅の中、ダンテが満天の星空を仰ぎながら寝転んでいると、カルロが話しかけて来た。
「なぁダンテ、お前、ゼノスを本当に信じるか?」
「今更だな」
ダンテは、苦笑しつつ、カルロに言った。
「現にドリアニアは、浮遊石を軍事に転用し始めている。その技術の出所はゼノス伝説しかないだろ」
「あぁ、だがな兄弟。あの無人船といい、ジオマラの襲撃を受けたらしい村といい、どうも俺は嫌な予感しかしないんだ」
その点について、ダンテは否定はしなかった。確かに胸騒ぎの様なものは自身も感じていた。
「だが、ゼノスを見つけて接触を持つのが俺達の任務だ」
そう言い返すダンテにカルロは、うなずいた。
「まぁな。とにかくカーラが言うにこの数日が山場らしい」
「この数日、か……」
ダンテは、ふうっと溜息をつき、ふと吹き始めた風に上体を起き上がらせた。
「風が出て来た」
その風は、やがて、大きな風となり、それまで大人しかった波が荒れ、船を大きく揺らせ始めた。
「嵐だ」
ダンテとカルロは、遠くに走る稲光を眺めつつ、船内に入った。
辺り一帯は、たちまち暴風雨に巻き込まれて行った。
「エセル、しっかりつかまって」
波風に叩きつけられながら、よろめくエセルをダンテが支えた。
「大丈夫です」
エセルは、気丈を装い柱に必死に掴まっている。だが風はますます激しくなっていった。黒い雲が空を覆い尽くし、稲妻が駆け巡っている。そんな嵐の中をカーラの船は、ひたすらに進んで行く。舵を握るバリーがカーラに叫んだ。
「お頭、大波だ!」
見ると船を軽く覆う程の波が迫り上がって来ている。カーラが叫んだ。
「船体を正面に向けるんだ。怯んだら持っていかれるよ!」
バリーが操舵輪を一気に回し、波の方に舟先を向けた。と、その大波に乗り上げた船が衝撃で揺さぶられ、船体が軋んだ。
「お頭、船が持たない!」
叫ぶバリーに、カーラは落ち着いて航海日誌を手に空を睨みながら言った。
「ゼノスは嵐の中だ。そのうち道が開ける。それまで踏ん張るんだよ」
だが、そこへありえない事が起きた。波が海を離れ、宙へと浮かび始めたのだ。そして、あたり一帯を覆い尽くすほどの波が海から切り離されて船を飲み込み、その衝撃に船体がバラバラに引き裂かれた。
「エセル!」
手をすり抜け、海へと叩き落とされていくエセルを助けようとしたダンテとカルロは、しかし、自らも海に投げ出され、その衝撃に気を失ってしまった。




