航海日誌
カーラは、無人船から入手した航海日誌の内容を自身がこれまで集めたゼノスに関する情報と付き合わせて、確信した。
「この航海日誌は、本物だ」
やはり、あの船はゼノスへ行っていたのである。その航路も明らかとなった。月日と場所が一致すればたどり着けるはずである。
「ただ……」
カーラは、考え込んだ。あの船で一体、何があったのかである。手がかりは、押収した航海日誌と得体の知れない文字が書かれた紙のみだ。その航海日誌には、かなりの混乱ぶりが記されている。冒険に危険は付き物だが、船を無闇に危険に晒す訳にはいかない。そんなことを考えながらカーラが待っていると、やがて、ノックが鳴り、目的の人物が部屋に入って来た。
「お呼びですか?」
エセルだ。
「あぁ、ちょっとね」
カーラは、うなずきエセルに椅子に掛けさせると、その得体の知れない文字が書かれた紙を見せた。
「あたいには分かるよ。エセルはこれが読めるんだろ」
エセルは、躊躇いつつも、ゆっくりうなずいた。
「やっぱりね。あたいが見たところ、これはゼノス語だ。どうやら通行手形の様だね。なぜこれがローチェ家の船から出て来たのか、そして、それをなぜエセルが読めるのか気になっている」
カーラは、エセルの目をじっと見ながら続けた。
「エセルは、以前、どうしても自分はゼノスへ行かなきゃいけないと言っていたね。その理由を教えてくれないかい?」
だがエセルは、黙りこくっている。カーラは、警戒を解く様に言った。
「言える範囲でいい。秘密は守る」
やがて、エセルはポツリと言った。
「私は、この世界の人間じゃないんです」
「この世界の人間じゃない?」
聞き返すカーラにエセルはうなずき言った。
「私は、フィオナ姉さんとともに天空の世界から訳あって落とされた人間なんです」
そして、そこから話す内容は、とてもカーラの信じられるものではなかった。とても自分が想像していたものとは次元が異なっていた。その全てを聞き終えたカーラは呆然としている。やがて、我に帰った様にエセルに言った。
「分かったよエセル。このことは内緒にする。帰っていいよ」
エセルは黙ってうなずき、席を立つと部屋を出て行った。それを見届けたカーラは、放心した様に大きな溜息をつき、そして、頭を抱えて考え込んでしまった。
「とんでもないものを抱えてしまった」
それがカーラの第一印象だった。世界一周を果たし、この世界のことを誰より知っていると自負していたはずが、さらにその上を行く世界があることを知らされたのである。
「厄介なものを拾ってしまった。それがこんなに楽しいなんて」
そう呟くカーラは、ゾクゾクとする気持ちを抑えられないでいる。
「こんなのは久しぶりだ」
カーラは、得体の知れない文字が書かれた紙を手にじっと考えた。エセルの言っていることがどこまで本当なのか分からない。だが、嘘を言っている様には見えなかった。そして、この事実を知っているのは恐らく自分だけである。バルドもブルーノも知らないのだ。カーラは、世界を手に入れた気分だった。
「あ、エセル」
カードゲームに興じていたダンテとカルロは、戻って来たエセルを仰ぎ見た。
「結局、あの無人船のことも分からず仕舞いだったんだろ」
尋ねるダンテにエセルは、黙ってうなずいた。
「それで、カーラはなんて言ってた?」
黙って首を振るエセルにダンテとカルロは、互いの顔を見合わせた。やがて、いつもと様子が異なるエセルを気にしてダンテが聞いた。
「エセル、何かあったの?」
だが、エセルは首を振り、ポツリと言った。
「別に」




