カルロ
ダンテがバルドの軍に入って一月が経った。その間、軍は東へと進軍している。幾つかの戦にも出会ったがいずれもバルドの軍の圧勝に終わった。
「強いだろう」
そう話すのは、カルロだ。ダンテと同じくアロルドの隊にいる年の似た仲間である。
「いずれにせよ。問題は次だな」
そう話すカルロにダンテもうなずいた。進軍の止まらないバルドに対して、東の大国ドリアニアがいよいよ本格的に戦の構えを見せ始めたのだ。今、ダンテとカルロはその様子を探りに斥候に出ている。
遠目にドリアニアの軍の本拠地を確認しながら、ダンテはため息をついた。
「大軍だな」
まさに一帯を埋め尽くすその大軍は、バルドの軍の倍ほどはあろうかと言う規模だ。もともと西の小国に過ぎなかったバルドの軍がその東の大国ドリアニアとの決戦に挑むのである。無謀にも程がある。
「だが、そこは俺達の王様だ。何か考えるだろう」
そう話すカルロにダンテも言った。
「俺達もそこで手柄を立てないとな」
「おうよ。兄弟」
ダンテとカルロはうなずき合い、斥候を終えるとアロルドの隊の元へと引き上げて行った。
斥候からの報告を受けたバルドは、地図の上に記された敵を前に考えている。
「大軍ですな」
そう話すアロルドにバルドはうなずいた。
「あぁ、敵将は誰だ」
「デニスと言う武将です」
それを聞いたバルドはほくそ笑んだ。バルドは近年ドリアニアについて調べ上げている。特にどんな将がいてどんな性格なのかも逐一把握済みだ。その中でもデニスは奇襲に長けた武将で知られていた。
ふとバルドは地図上の湖に目を止めた。アロルドが報告した。
「その一帯は大軍を展開するのに適した場所です。おそらく敵将のデニスもそこを狙ってくると思われます」
「うむ。他に何か特徴はあるか?」
「はっ、朝方に濃い霧が発生することで知られています」
「霧?」
「はい。大軍を隠せるほどの霧が発生するそうです」
それを聞いたバルドの目が光った。
「よし、この湖の西の畔に展開する」
「しかし、ここは……」
「いいからやれ」
異議を唱えるアロルドを制止し、バルドは命じた。
湖の西の畔にバルドが軍を野営させたとの報告を受けたドリアニアの将のデニスはほくそ笑んだ。大軍を展開させて決戦させるには、もってこいの場所である。遠目に湖岸から煌々と照らすバルドの野営陣地の灯火を確認しながらデニスは罵った。
「昇り調子のバルドも焼きがまわったな」
そして、配下に命令した。
「行軍は明朝だ。霧に紛れて進軍する」
配下はうなずいた。
「明け方になった頃には、連中の目前に展開しているって訳ですな」
「そうだ。バルドを驚かせてやろう」
何にもなしてデニスにはバルドを凌駕する大軍がある。その自信は確信に変わった。
やがて、明朝になった。あたりは濃い霧に溢れている。その霧に紛れて軍を密かに動かしたデニスは、ふと前に現れた小規模の部隊に目を見開いた。
「なんだ奴らは?」
「はっ、おそらくバルドの斥候部隊かと思われます」
「蹴散らせっ!」
デニスの命を受け、先頭の部隊が動き始め、小競り合いとなった。
霧の中でデニスの部隊と戦闘を繰り広げた斥候部隊のダンテとカルロは、敵の猛攻を防ぎながら必死に戦った。だが大軍である。結果は火を見るより明らかだ。
「よし、そろそろだ。撤退だ」
隊長のアロルドはダンテ達に言った。
「いいか、少しずつだぞ」
その命を受けたダンテとカルロは、周りの部隊とともにデニスの部隊を引きつけつつ撤退を始めた。
撤退して行くダンテ達に引きずられる形でデニスの軍は、縦に長く伸び始めた。ただでさえ霧の中である。前後との連絡は取りにくい。そして、それは突然やって来た。
前のダンテ達の斥候部隊を襲っていたはずのデニスは突如、側面から降り注ぐ投げ槍の雨に次々に串刺しにされて行った。
「何っ!?」
バタバタと崩れ落ちるデニスの部隊は、さらに現れた大軍の猛攻にされ始めた。
「なんだ、こいつらは!?」
たちまちデニスの軍は大混乱に陥った。それはバルドの本陣だった。現れるはずのないバルドの本陣が目の前に現れたのだ。
「そんなバカな!」
デニスは、信じられなかった。
「連中は、湖の西の畔に展開していたのじゃなかったのか!?」
実は、遠目に湖岸の灯火を確認出来るほど展開していた野営陣地はオトリで、この絶好の機会をデニスが逃す筈がないと見込んだバルドは密かにそこに至るまでの間道に伏兵を夜通し展開させていたのだ。そして、霧が出るこの中で軍を動かすデニスを逆に霧を利用して伏兵を配していたバルドが一斉に襲いかかったのだった。
側面を北から圧迫されたデニスの軍は、たちまち南側へと押し込まれた。だが、そこは湖である。逃げ場所はどこにもない。
デニスの部隊は次々に討ち取られ、それまでいた大軍は一時間もたたないうちに蒸発してしまった。そして、デニスは混乱の中で訳が分からないまま、命からがら包囲の一角に空いた穴から逃げ出して行ったのだった。
鮮やかなバルドの戦勝だった。




