バリー
自室に戻ったカーラを尋ねる者があった。船員達だ。
「お頭、何であいつらを……」
カーラは話を手で遮って答えた。
「気分じゃなかったからさ。お前達の腹は分かるよ。ドリアニア支持だね」
船員達はうなずき、口々に言った。
「お頭、常識に従えばドリアニアです。なんと言っても帝国です。国土は広く将も兵も勇猛だ。それに……」
「分かってるよ。帝国故にバルダロスの様な小回りを利かした動きは出来ないが、それを改革しようとする新星のブルーノの手腕には、未知数ながらもあたいも惹かれるものがある。お前達の考えはよく分かった。とにかく後は一人で考えさせてくれ」
「へい」
下がって行く船員達を見届けたカーラは、しばらく経った後、頬杖をつき考え込みながらふと扉に向かって言った。
「バリー、そこにいるんだろう」
扉が無造作に開き、そこにバリーと呼ばれた男が現れた。
「流石、お頭、よくお気づきで」
カーラはバリーに扉を閉める様に促すと、ため息混じりに言った。
「船員達はあの様だ。すっかり買収されちまってる。今度のドリアニアの新王のブルーノは相当に手が早いね」
「ま、そうだね。でもお頭は悩んでいる」
「あぁ、そりゃ悩むよ。この決断でカーラ水軍の今後十年が決まっちまうんだからね」
悩むカーラにバリーは、言った。
「でもお頭は、実は既に心ではどっちか決めているんじゃないか?」
カーラは、ふっと笑い答えた。
「あたいは楽しそうな方でいつも決めてきたからね。確かに常識に従えばドリアニアだ。けど、ドリアニアにはない魅力をバルダロスに感じてる。バルダロスでは、身分が奴隷であれ、バルドの目に適えばたちまち重用される徹底した実力主義を掲げている。現に今日あたい達を調略しに来た使者のダンテがそうだ。制度や伝統に囚られない臨機応変さも持っているバルダロスの方が才覚の渡世な気はするね」
「じゃあなぜそう言わないんだ?」
「そう簡単な事じゃないよ。実際、まだ決めかねてる」
「いっそのこと八卦でもやったら?」
「やった」
「結果は?」
「ドリアニア」
苦笑するバリーにカーラは聞いた。
「そう言うお前はどうなんだ。バリー?」
「おいらかい?。おいらならどっちでもいいよ。お頭が決めた方ならね」
それを聞いたカーラは、ふんっと鼻を鳴らしながら言った。
「お前は気楽でいいね」
「まぁね、けど、もしお頭の決断に異議を唱え、お頭を売ろうとする様な輩が出たら、おいらは迷わずそいつを斬る。それだけは確かだ」
そう答えるバリーの目は真剣だった。
やがて、バリーを下がらせたカーラは、なおも悩んでいる。
「こんなに悩むなんて、あたいらしくないね」
自嘲するカーラは、外の空気を吸いに部屋を出たところでふと、デッキで海を眺めているエセルに気がつき声をかけた。
「どうしたんだい。寝れないのかい?」
「はい……」
エセルはうなずき、真剣な表情で聞いた。
「あの……カーラさん。カーラさんはどうして海賊をやっているんですか?」
エセルの質問にカーラは、腕組みしながら考えた。
「うーん、性に合ってるかな。一攫千金には持ってこいだ」
そう答えつつ、カーラは逆にエセルに尋ねた。
「そう言うエセルは、どうしてバルドの元にいるのかな?」
「え?」
思わず俯くエセルをカーラはズバリ聞いた。
「あたいは勘が鋭いからね。ダンテ達と一緒にいるのは、何か目的があるからなんだろう」
エセルは、黙っている。
「ゼノスかい?」
尋ねるカーラにエセルは、コクリとうなずいた。
「なぜそんなにゼノスにこだわるのか……は、聞いても教えてはくれないんだろうね」
「すみません」
申し訳なさそうに答えるエセルにカーラは、笑って手を振った。
「いいよいいよ、誰にだって話せない事情はあるだろうしね。でもまぁ、ゼノスが目的なら確かにダンテ達と一緒にいるのは得策かもしれないね」
「え?、そ、そうですか?」
「あぁ、ゼノスがあると噂されるジオマラ近辺は今、内紛に明け暮れている。素人がおいそれと近づける場所じゃない。あたいらだって今は無理だ。その点、バルドの遠征がこの先も成功するなら、いずれジオマラへの道も開けるだろうからね。エセルがダンテ達といるのもその中でゼノスへの道を探るためなんだろう」
うなずくエセルにカーラは、笑って言った。
「だったら、今のままで行くのがいいんじゃないか?。間違ってもあたいらみたいな海賊に入るか悩む事はないよ」
「え?」
「言っただろう。あたいは勘が鋭いからね。あんたの考えてる事なんかすぐ分かるよ」
恥ずかしそうに顔を背けるエセルにカーラは、笑いながら言った。
「これでもう寝れるんじゃない?」
「はい、エセルさん。ありがとうございます」
律儀に頭を下げるエセルは、そのままダンテ達が眠る部屋へと帰って行った。それを見届けたカーラはふぅっとため息をついた。
「さて、このあたいはどうするかねぇ」
月夜に照らされた海を眺めながら、一人、カーラは考え込み続けた。
そしてやってきた翌朝、カーラは船員一同とダンテ達を集めて高らかに宣言した。
「いいかい。よく聞きな。カーラ水軍が同盟を結ぶ相手はバルダロスだ」
たちまちあたりがざわついた。
「お、お頭……」
「あたいは決めたんだ」
カーラは剣を引き抜きデッキに突き立て、異議を唱えようとした船員達を制すや、睨みを利かせながら言った。
「今後、ドリアニアに組するものは出ていってもらっていい。引き留めない。ただし、その後は敵同士って事になるからね」
凄みを利かせるカーラに船員達は、互いに顔を見合わせ、やがて、恐れ慄いた様にカーラの前に跪いた。それを見たカーラは突き立てた剣を元の鞘に戻し、にっこり笑ってダンテ達に言った。
「と言う訳だよ。詳しくはこの書状に示した。帰ってバルドに伝えてくれ」
「カーラ、本当にありがとう」
頭を下げるダンテをカーラは、ケラケラと笑いながら、言った。
「これからもよろしく頼むよ、ダンテ、カルロ、そして、エセル」
やがて、船から去って行くダンテ達を見送るカーラにバリーが近寄って来た。
「よかったのかい。バルダロスで」
「あぁ」
カーラは、うなずきバリーに聞いた。
「どうだい、船員達の様子は?」
「混乱してる。まぁ面従腹背ってところだね。この先、一波乱あると思う」
黙ったままのカーラにバリーは言った。
「だが、そこはおいらに任せてくれ」
カーラは、うなずき言った。
「頼むよ、バリー」




