「暴れんじゃねぇぞ」
「なんだその目……」
「怪しむような目。元々歩けたんじゃねぇの?」
男性は頭の痛みがようやく治まったらしく、手を下げ見えない地面に手を着いた。そのことに対し、少し気持ち悪く感じでいるのか、眉間に皺を寄せている。
「なら、人間は先程、頭の痛みを感じていなかったという事だな」
「ふざけんな。痛がる演技する必要皆無だわ」
「なら、歩けない演技をするのも皆無だ」
「お前は、歩くのをめんどくさかっただけだろ」
「何故あの距離を横着しなければならない」
そのような口論を繰り広げながらも、男性は何かを考えているのか周りを見回し、地面に置いた手を探るように動かしている。
「今の餓鬼なんてそんなもんだろうが。手を伸ばせば届く距離を、伸ばすのがめんどくせぇから取れ〜って言うぐらいだぞ」
「そのような者を見たことがあるのかい?」
「記憶にねぇわ」
「なら言うでない」
呆れ声でカクリは会話を終わらせた。男性はそんな声を気にする様子を見せず、その場から立ち上がった。
「……………前に進めねぇな」
「だからそう言っているだろう。先程私が前に進めたのは偶然──」
「お、こうすると進むのか」
「なに?」
男性は最初、前に進もうと足を出したがその場から動けなかった。だが、2回目は普通に歩きカクリの反対側へと移動出来た。
そのことに対し、何が違うのか分からないカクリは驚きの声を上げる。
「先程と同じに見えるが……」
「見た目は変わらん。そーいや、さっきお前俺に何をした?」
「さっき?」
カクリが歩けたことに驚いていると、男性はすぐに話を進めようとする。
「俺が頭痛で苦しんでた時だわ。なにかしたんだろお前。何した」
「特別なことはしていない。想いがここでは影響していると思い、お主の『痛い』と言う想いを取り除いただけだ。本当に出来るとは思わなかったが、出来て安心した」
カクリは先程、手を前に出し何かを操作していた。それは、男性の『痛い・辛い』といった負の感情を操作し、少し抑えたらしい。
「想いを操作しただけで治まった──か。ちっ、あんだよ。簡単だったじゃねぇか。難しく考えすぎたわ」
「どういうことだい?」
男性はカクリの前にしゃがみ、肩に手を置いた。
「な、なんなのだ」
戸惑いながらも、カクリは男性から目をそらさず、困惑した表情で見返す。
「暴れんじゃねぇぞ」
「なに?」
右手でカクリの肩を抑え、左手の人差し指を額に突きつけた。すると、いきなりカクリは息が荒くなり、汗が流れ始めた。
顔を青くし、手に力が入っているのか自身の服を強く握っている。
「はぁ………はぁ……なっ……、何を」
「……………なるほど。まぁ、上手くいかないか……」
そう呟くと、徐々にカクリは落ち着きを取り戻し、そのまま力が抜け男性の胸に倒れ込んでしまった。
「あぁ。悪かった。いきなりすぎたわ」
「いや、何をしたのだ……」
息はまだ荒いが、カクリは呼吸を整えながらも何とか受け答えをしている。
男性はそんなカクリをしっかりと受け止め、その場に座り直し楽な体勢を作る。
カクリの頭を支え、体は横にしてあげた。
「今、お前の脳内に俺の想いを送り込もうとした」
「想い?」
「そうだ。俺は『ここから出る・力を分ける』を単純に考え念じた。だが、2つだったからなのか、それとも想いが強すぎたのか。お前の脳はパンク寸前になったらしい。ちっせぇキャパだな」
淡々と今あった出来事を伝える。その説明にカクリは、怒りとはまた違った感情が内に芽生え、呆れ顔を浮べる。
「そういう事は、最初に言って欲しいものなのだが?」
「………悪かった」
目を逸らしながら棒読みで謝罪を口にする男性。全然反省の色が見えない態度に、カクリはジト目で男性を見上げている。
「反省していないな……」
「……………ふん」
一切カクリの方を向かない男性に対し、諦めたらしく体をゆっくりと起こした。
まだ力が入らないのか、体が微かに震えている。
「おーい。無理すんじゃねぇーぞ」
「誰のせいだ……」
ため気をつき、カクリはまた男性に寄りかかった。
「はぁ、おい餓鬼。俺の言う通りに念じろ」
男性の言葉に、カクリは顔を見上げ不思議そうに首を傾げた。だが、そのような様子を気にせず男性は、どんどん話を進める。
「一言、強く頭の中で念じろ。『戻れ』」
「戻れ?」
「早くしろ」
細かく説明せず、男性はカクリの頭をぺちぺちと叩きながら急かした。
その手を払い、カクリは目を瞑る。
それから数秒後。
「……………なに?」
カクリは目を開け、寄りかかっていた体を起こした。その後に、自身の手を動かしたり、周りを見回したりしている。そして、地面に手を付き立ち上がった。
先程までは体が震えて、座っているのもままならない感じだったが、今は普通に立てている。
「なんともない」
「だろーな」
ドヤ顔を向ける男性に、カクリは何を思ったのか真顔で近づき──
「いってぇぇええ!!!!!」
男性の肩に思いっきり噛みついた。そのため、暗闇の中には男性の高い叫び声が鳴り響いた。
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