「どういたしまして」
小屋の中、明人はもう目を覚ましており小さな椅子に座っていた。
依頼人である麗華はまだソファーの上で眠っており、その様子を、隣で立ちながらカクリは見下ろしている。
「明人よ。なぜ今回匣を抜き取らなかった」
「ちっ、未だうるせぇ奴らが外を彷徨いてるからな。抜き取ると今後めんどくさい事になる。ただ、それだけだ」
明人がドアの方に目を向けながら冷静にそう口にしたため、カクリも彼の目線を追うようにドアを見る。
今は何も音が聞こえない。カクリがドアに強めの結界を張っているため、中の音は外に漏れず、外の音も中には聞こえない。だが、外で起こっていることを彼はわかっている様子だ。
「これで今回の依頼も無事に終わった。くそっ、めんどくさかったな……」
「最近は難しい依頼ばかりな気がするな」
「厄介な奴が絡んでっからそう感じるんだろうが」
明人の言う厄介な奴とは、悪陣魔蛭のことだろう。
「しかし──」
カクリがまた言葉を発しようとした時、麗華が体をビクッと動かした。
「んん、あれ。私……」
目を覚ました彼女は、上半身をゆっくりと起こした。周りを見回し、今まで何をしていたのか思い出そうとしている。
「お前の匣は開けた。あとは好きにしろ」
「貴方……」
麗華は向かいに座っていた明人の方に顔を向け、何かを考え始めた。
「あの、私に何をしたんですか?」
「そうか。それがお前なんだな」
彼女の質問がまるで聞こえていなかったかのように、明人は小さく呟いた。
「……はぃ? お前なんだなって。いやいや、私は私ですよ。意味わかんないこと言わないでください」
明人の言葉に、彼女は不愉快というように眉間に皺を寄せ、彼を思いっきり睨んだ。
「前来た時は気持ち悪いほどの甘い声と、語尾が聞き取りにくいくらい伸びてたからな。あれは本当に酷かったわ。耳が腐り落ちるかと思った」
「そんな声を人間が出せるわけないでしょうよ!!!」
そう叫んだ彼女は、自分の口調の変化に気がついたらしく、咄嗟に口元を手で隠した。
「俺的には、今のお前の方が話しやすいけどな」
視線を外し、明人はボソリとそう口にした。
その声は麗華にしっかりと聞こえたらしく、顔を少し赤らめ、急いでその場から立ち上がった。
「あの、ありがとう、ございました」
「…………どういたしまして」
依頼人の言葉に、彼は素直に返した。それをカクリは驚いた表情で見ている。
麗華はお礼を口にしたあと、ドアノブに手を置き静かに開く。
外には目に涙を浮かべている麗羅と、汗を流し手にいくつもの傷を作っている静空の姿があった。
ドアの近くには大小様々な石や木の棒が散乱しており、静空に出来た傷は、これで作ったんだろうと推測できる。
「れい……か」
「麗羅……」
2人はその場で動かなくなってしまったが、そのうち麗華が麗羅に抱きつき、大声で泣いてしまい、聞き取りにくい声で何度も謝罪した。
麗羅も麗華の背中に腕を回し、こちらも大きな声で泣いてしまい、林の中に響く。
そんな2人の様子を静空は腕を組み、優しげな笑みを浮かべ見守るように見ていた。
明人は3人がしっかりと合流したことを見届けると、薄く笑みを浮かべ、静かにドアを閉めた。
3人はその場で沢山泣き、話し合いながら家へと帰っていく。
その表情は前までとは違い、真っ直ぐに綺麗な笑みを浮かべ、楽しげに笑いあっていた────
「まったく。今回はほぼタダ働きだぞ」
「だが、しっかりと記憶は貰っているだろう」
明人が麗華から貰った記憶は〈寂しかった頃の記憶〉だ。
環境が変わり、周りの自分を見る目が変わり、麗羅の態度も変わった。
それにより前みたいに一緒にいる時間が無くなり、自然と人の温もりを感じたくなった麗華の記憶。
その時の記憶の欠片を、明人はそっと抜き取っていた。
「んじゃ、俺は寝る」
「ゆっくり休め、明人よ」
カクリは今回明人が寝ることには何も言わずに、いつも通り小さな椅子に座り本を読もうと手に取る。だが、本のページを1枚開いた時、視線を感じたのか彼の方に顔を向けた。
「なんだい? その、人を疑うような目は」
「お前が素直に俺を寝かすなんて有り得ねぇ。なにか裏があるわけじゃねぇだろうな」
明人の目には疑いが混ざっており、カクリに対して投げかけていた。
今までカクリは、明人の眠りを妨げることを沢山してきたため、彼も少し警戒している様子だ。
「今回は何も考えていない。それに、明人は呪いとの格闘もあり疲れているだろう。次、どのような依頼が来るのかも分からない。だから、今のうちに休んでおいた方が良いと考えたまでだ」
カクリのその言葉を明人は最初疑っていたが、それを気にせず本を広げ始めたため、彼も鼻を鳴らし寝る体勢を作った。
「依頼人が来たら起こせ」
「分かっておる」
彼はいつもの言葉を発して、カクリも静かに答えた。
小屋の中にはいつも通りの静寂が訪れ、ゆっくりと時間が進んでいく。
林の中も気持ちが良さそうな風が吹き、葉の重なる音や鳥の鳴き声などが響き、自然の奏でる音楽が2人を優しく包み込んだ。
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