「今じゃない」
家に帰り、知恵は部屋へと直行しベットに寝っ転がる。枕に顔を埋めて、何も考えないように耳を抑えていた。
「ほんと、最悪」
後悔が含まれている呟きが零れ、体をムクリと起き上がる。巻かれている茶色の髪が横に垂れ彼女の顔を隠す。
涙を流している訳ではないが、今にも泣き出しそうな表情を浮かべてい。悔しさと虚しさで胸が痛む。右手をそっと胸元に持って行った時、ドアがノックされた。
知恵はドアの方を確認し、小さな声で「どうぞ」と返事した。
入ってきたのは知恵によく似た人。ふわふわの髪を後ろに一つで結び、服は白いシャツにロングスカートだった。
その人は、知恵の母親である凪紗だ。
「今日は学校どうしたの?」
ドア付近で立ち止まり、彼女は優しく問いかける。その問いに知恵は顔を背け、だんまりを決め込む。
凪紗はその様子を見ても諦めずに、今度はベットに近付き知恵の隣に座った。
「貴方が学校をサボるだなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
知恵は今まで学校をさぼった事は無い。それどころか、風邪などで休んだ事すらなかった。
噂は酷いものだが、知恵自身は不真面目ではなくまじめな方。時々授業をサボったりはするが、勉強はしっかりとしており男遊びなどはしていない。タバコやお酒なんて手にした事すらなかった。
「………特に何も。ただ、居たくなかった。それだけだよ」
「そう、ならいいわ。でも、明日はしっかり学校に行きなさいね。そして、謝りなさい」
「なんで私が悪い前提なのさ。悪くないもん」
「それでも謝るの。そうすれば相手もきっと謝ってくれるわ。それに、意地を張っても意味は無い。いえ、今意地を張るのは意味が無い。その意地は、違うところで張りなさい」
力強く笑みを浮かべながら言い切る凪紗に、知恵はちらっと目線だけを向け小さく頷いた。それを見た凪紗は満足し「今日はゆっくり休みなさいね」と、頭を撫でてあげ部屋を出て行く。
「意地を張るのは、今じゃない」
知恵は少し心が軽くなり、勉強机に向かった。
☆
次の日、彼女はいつもより早く家を出てある場所に向かっていた。
「ゲームを届けた時以来かな」
目的の場所に辿り着き、目の前にあるインターホンを鳴らす。
機械を通しているが、それでも明るいと分かる声が聞こえ、彼女は直ぐに名前を名乗った。すると、声の主は相当驚き「すぐに行く」と慌てて切った。その直後、ドアの奥からドタドタと忙しない音が聞こえ始め、知恵は心配そうに眉を下げる。
「そんなに慌てなくても…………」
音が聞こえ始め数秒後、ドアは勢いよく開かれ中からは乱れた制服を着た貴音が顔を赤くし驚き顔で出てきた。
「ど、どうしたの知恵」
「……別に。ちょっと話したい事があっただけ」
目が合わせられず、知恵は俯きながら小さく答える。貴音はその様子を見て、首を傾げ彼女の次の言葉を待った。
「──昨日はごめんなさい。勢い余ってあんな事を言ってしまって……」
鞄をぎゅっと掴み、目を泳がせながら頬を染め。小さな声で謝罪した。それを聞いた貴音はその場に固まり、知恵を凝視。何度も瞬きをして、ぽかんとしていた。
その目線に耐えられなくなり、知恵は顔を赤くして恥ずかしさを紛らわすように、大きな声を出した。
「ちょっと!! 人が謝罪してるのに何も無いわけ?!」
「い、いや、驚いた。まさか知恵が素直に謝るなんて……。熱でもある?」
「ないよ!!!」
失礼な貴音の頭を知恵はベチッと叩いた。
「痛い!」と頭を抑える貴音を無視して知恵は帰ろうと振り向くが、後ろから呼び止める声が聞こえ、足を止める。
「待って!!」
「…………なに?」
「たまには一緒に学校行かない?」
いきなりの申し出に、知恵は目を丸くし振り返る。瞬きを繰り返す彼女からの返答を、ソワソワと落ち着きなく、貴音は待ち続けた。
「──なら、早く準備してきて」
目線を逸らし、知恵はそっけなく答えた。その言葉に貴音は満面の笑みを浮かべ、「うん!!」と頷き急いで部屋へと戻って行く。
その様子を彼女は、にやける口元を抑えながら見届けた。
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