「命が危ないぞ」
明人はいつものポロシャツではなく、黒色のフード付きパーカーに、下はいつものジーパンを履いていた。
タオルで髪をガシガシと乱暴に拭きながら、カクリが待っている部屋へと向かう。
「来たか」
「たくっ、人の入浴を邪魔しやがって。何が『来たか』だよ。ざけんな」
イラつきを隠しもせず、ソファーへと乱暴に座る明人を横目に、カクリは読んでいた本をテーブルに置いた。
「何があったんだい?」
「何がだよ」
「明人の様子がおかしいと言っておる」
「言ってなかっただろーが」
明人はカクリの言葉に淡々と答えているが、カクリも諦める訳にはいかないと。少しムッとした表情で問いかけ続ける。
「一体何をしていた。何があった。答えよ明人」
「めんどくせぇなお前」
「明人が答えればすぐに終わることよ」
「ちっ────呪いが進行した」
明人はバツが悪そうにカクリから目を逸らし、小さく呟いた。その言葉でカクリは言葉を失い、額から一粒の汗を流す。
「体の方に違和感などは──」
「今はねぇよ」
「先程はあったという事か。呪いは進行し続けると命が危ないぞ」
「わぁってるっつーの。俺も予想してなかったんだ仕方がないだろうが」
イラつきながら自身の肩に手を置き、珍しく不安げに見つめている。先程の激痛がまだ感覚的に残っており、気になっていた。
「痛みなどはなかったのかい?」
「めちゃくそ痛かったわ、激痛だ。あれは人を殺しにかかってたね。俺は殺されるかと思ったわクソが」
「あながち間違えてはいないのだが……」
呪いは人を蝕むもの。明人の言う『人を殺しにかかっている』もあながち間違えてはいない。
「とりあえず今はなんともねぇし、俺は疲れた。依頼人来たら起こせ」
近くにあった雑誌を広げ、明人は顔を隠すように乗せ寝息を立て始めた。
「危機感はないのか」
カクリは呆れたように息を吐き、自身の読んでいた本を手に取りまた読み始めた。
☆
今、知恵は廊下を一人で歩いていた。
あともう少しで次の授業が始まるため、自分の教室に入ろうとドアに手を伸ばした時、教室内に居た人の方が早くドアを開けてしまった。
知恵に気付かなかったらしく、そのままぶつかってしまう。
「っ!! いってーな!!! 何しやがんだ」
「ご、ごめんなさい」
教室内から飛び出してきたのは、優等生の香美だった。
額に汗を滲ませ、肩を上下に動かしている。何をしていたのか分からないが、相当疲れている様子。
手には、少し汚れている雑巾が握られていた。
「何してたんだてめぇ……」
「別に、ちょっと机が汚れてたから拭いてあげようと思って──」
『あげよう』と言っている辺りで自分のものでは無い事は明らか。意味がわかんねぇと、知恵はこれ以上は突っかからずに自身の教室へと入る。
「な、なんだよ。これ」
自分の教室に入りいつものように椅子に座ろうとした瞬間、机に落書きされていた事に気付く。
少し消した跡はあるが、机に何が書かれていたのかすぐに分かるくらいには残っていた。
『消えろ』『学校来んな』『迷惑してんだよ』『なんのために生きてんの』
丸く可愛い字だが、書かれている内容は人を罵倒するものばかり。それを黒いペンで書かれていた。真ん中には、一番目立つように赤ペンで『死んでよ』と書かれている。
知恵は怒りを抑える事をしないで、机を蹴り飛ばしクラスにいる全員に叫び散らした。
「おい!! 誰だこんな事しやがった奴!!! 出てこい!!」
その声に周りは体を縮こませたり、距離を置いたりするばかりで誰も自分がやった、誰かがやっていたなどと言う人はいなかった。
それに対してもイラつき、顔を赤くし周りを見回し続ける知恵は急にハッとした表情になる。
「まさか、さっき優等生が持っていた雑巾が汚れてたのって──」
香美と知恵はクラスが違う。にもかかわらず、なぜか香美は知恵の教室が出てきた。
汗を滲ませていたのは、必死に机の落書きを消していたからだと推測出来る。
「ふざけんなよ。これで何か要求するつもりかよ……」
右の親指の爪を噛み、怒りを何とか抑えようとする知恵。騒ぎに気づき、違うクラスの人達も知恵のクラスへと集まってくる。
周りの目は好奇心でいっぱいだった。だが、その中には、心配そうな表情を浮かべている貴音の姿もあり、戸惑いながらも知恵に声をかけた。
「何やってんだよお前。何があったんだ?」
「っ、うるさい! あんたには関係無いでしょ!!」
頭に血が上ってしまっていた知恵は、勢いのままキツイ言葉吐いてしまい、顔を青くする。
貴音は驚いた後に眉を下げ、悲しげな顔で彼女を見続けた。だが、すぐさま眉を吊り上げ問いかける。
「なにがあったんだ」
力強い目と言葉に知恵は目を逸らし、逃げるように貴音の隣をすり抜け教室を出た。
この日、知恵は初めて学校をサボってしまった。
その姿を笑みを浮かべながら見ている女子生徒が一人。影から見ていた事など、誰も気付かなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます
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