「可愛いな」
貴音の家に遊びに行ってから二週間が経った。
学校の授業が終わり、放課後になる。知恵は帰ろうと鞄に荷物を詰めていると自分を呼ぶ声が教室のドアから声が聞こえた。振り向くとそこには、子犬のようにウキウキした表情の貴音が彼女に向かって手を振っている姿が目に映る。
それを見てすごく驚いたのか目をまん丸にし、手に持っていた教科書を落としてしまった。
「なぁ、放課後どうせ暇だろ? 一緒に帰ろうぜ」
「いや、なんで」
いきなり話しかけられたのと、周りの視線が気になって仕方がない知恵は、上手く話せないでいる。すると、またドアの方で今度は貴音を呼ぶ声が教室内に響く。
よく通る高い声なため、その人物が女性なのはすぐにわかった。
「四季さん、レポートの提出をお願いしたいのですが……」
それは、一度知恵とぶつかってしまった優等生、赤羽根香美。彼女は貴音と同じクラスで委員長だ。
「あれ、でもそのレポートって明日でも大丈夫じゃなかった?」
「明日の朝には提出したいのですが……」
「そうなの?」
「はい……」
貴音は明日締切のレポートをまだ出しておらず、それを委員長は明日の朝には出したいと申し出ている。
知恵はそんなやり取りを面倒くさそうに眉を下げて眺めていると、貴音がちらっと見てきた事に気付く。
最初はなぜ自分を見ているのか分からなかったが、早くこの場から去りたかった知恵は、貴音に近づき耳打ちした。
「今日、最新作のゲーム販売日なんだっけ? 私買っておくからレポート出してきなよ」
「えっ、でも……」
「物はわかってるから。早く行きな」
知恵のドスの効いた声と威圧に、貴音は頷くしかなく、顔を少し青くし小さく首を縦に振った。そして、香美の隣を通り過ぎ、肩を落としながら自身の教室へと戻って行く。
「さて、今日は寄り道して帰ろ」
鞄を背負い教室から出ようとすると、香美がまだドアの前に立っている事に気付く。しかも、ただ立っているのではなく、知恵の方を恨めしそうにじっと見ながら。
その目を見て、彼女はなんでそんな目を向けられているのか分からず、立ち尽くしてしまっていた。
その後直ぐに香美がドアから離れていったため何も無かったが、知恵は納得のいかない表情を浮かべ、大きく舌打ちをした後、ドアを潜り乱暴に閉める。
廊下にはドアが乱暴に締められた音が鳴り響いた。
「ほんと、なんなんだよムカつくな」
苛立ちながらも学校を出て、よく貴音と一緒に行っていた最寄りのゲームが売っているお店へと入った。
「おや、知恵ちゃんじゃない。久しぶりねぇ、元気にしていたかい?」
お店の中に入るといつも話しかけてくれる店員さんが、今日も優しく声をかけてくれた。
見た目は三十代ぐらいで、優しい笑顔が特徴の人。名前は矢田花霞。
「今日は随分イライラしているみたいだけど、どうしたんだい?」
「特に何も無いよ。それより、今日新発売のゲームある?」
「あら、ちょっと待ってちょうだいねぇ」
花霞は追求せず、ゲーム売り場へと移動した。
知恵もその後ろをついて行こうとしたが、目の端に棚を見上げながら立ち尽くす子供が目に入り足を止める。何度も手を上に伸ばし何かを取ろうとしているが、どうしても届かないらしく、自身の服を掴み泣くのを我慢するように俯いてしまった。
「僕、どれが欲しいの」
「ふぇ、うぅ」
声をかけられた男の子は何とか泣かないように顔を顰め、知恵を見上げる。最初は泣かれたらどうしようと思った知恵だったが、すぐに男の子は上の棚を指さした為、その方向を確認するように顔を向けた。
「…………これ?」
指さした先には”戦隊レンジャー0”と書かれたカセットが置いてあった。
赤色や水色などのヒーロースーツを着た人と、手がカニのようになっている、黒ずくめの化け物の様な出で立ちをしている人がパッケージには描かれていた。
「それ!!!」
男の子は泣き顔から一変、笑顔に切り替わりはっきりとそれを指す。
「なら良かった。はい」
「お姉ちゃんありがと!!!」
「どういたしまして」
男の子はそのままレジへと走って行く。
「子供って……、可愛いな」
微笑みながら知恵はボソッと呟いたが、すぐにハッとなりいつもの無表情へと切り替え、花霞の所へと向かった。
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