「一眠りでもするか」
正司が尋ねてから一週間。お店に1人の男性と少年が入ってきた。
「いらっしゃいませ!!」
秋穂は笑顔で挨拶すると、男性も微笑みを返して会釈をする。すごい紳士的な対応に、秋穂は少し頬を赤く染め嬉しそうに歯を見せて笑う。
その男性は、白いポロシャツに灰色のコートを着ていた。
少年は白銀の髪で、鋭い黒い目をしており美しい。
「あらあら、あの2人凄く綺麗じゃない。狙いに行ったら?」
「じょっ、冗談はやめてくださいよ皐月さん」
皐月が補充分のパンを持ち、ふふっと笑いながら品出しを始める。秋穂は「もうっ!!」と頬を膨らませながらレジに立った。
男性は10分くらいでパンを決め、レジへと向かう。
「こんにちわ、いらっしゃいませ。失礼します」
挨拶をし、パンを数えレジを打つ。
男性が選んだパンは、クリームパンとメロンパン。クロワッサンとチョコパンだった。
「1400円になります」
「こちらでよろしいですか?」
男性は2000円を手渡した。
秋穂はそれを受け取りお釣りを返し、パンを袋へと詰める。
「ここは素敵なお店ですね。雰囲気も良く暖かい。評判はよく聞いておりましたので来てみて正解でした」
ニコリと微笑みながら男性がお店を褒めてくれたため、秋穂はその言葉に胸が暖かくなり、自然と笑顔になった。
「はい!! ここは皆様に幸せを届ける〈幸せ処〉です。また来てください。お待ちしております」
「はい、また来ますね。ありがとうございます」
男性はパンの入った袋を受け取り、少年とお店を出て行く。
少年は出入口で1度立ち止まり、お店の中を見たあと、何も無かったかのように男性の後ろを着いてそのままお店を出ていった。
「素敵な人だったなぁ」
秋穂はそう呟き、レジへと向き直し他の人の接客に戻った。
「明人よ、早く帰ろう」
「お前なぁ、なんで俺がこんな所まで足を運ばなきゃいかねぇんだよ」
先程お店にいた紳士的な男性とは、猫を被った筺鍵明人だった。そして、近くにいたのは人の姿をしたカクリ。
2人が何故わざわざ林の奥から出てきてパンを買いに行ったかと言うと、明人が読んでいた雑誌にたまたま幸せ処が載っていたからだ。
本当に小さく書いてあったが、カクリはそのページを雑誌を本棚に戻す時に見つけ、明人に見せつけたのだ。
『明人よ、行くぞ』
『…………行かねっ──』
『行くぞ』
『…………ウィッス』
カクリは明人に雑誌を向けたあと断られるのがわかっていたらしく、いつの間にかカクリの右手は明人の左胸あたりに置かれていた。
《これ以上断るのなら、貴様を人形にしてやるぞ》
と、そう言っているような雰囲気に、さすがの明人も冷や汗を流しながら頷くしか無かったのだ。
「はぁ、寒いしめんどくせぇし寒いしうざいわ」
「何をイラついておる。さっさと戻ってパンを食べるぞ」
カクリはパンを両手で持ち、目を輝かせながらウキウキと歩き進めている。
「…………気持ちわりぃなお前」
「うるさいぞ明人よ」
「へいへい………」
2人はそのまま歩き進めていると、前方から黒いスーツを着た男性が歩いて来ている。
その男性はホテルを建てるため、幸せ処に通っている正司だった。
明人に気付かなかったのか、肩がぶつかってしまう。
「あ」
明人は咄嗟に猫を被ろうとしたが直ぐに辞め、正司はぶつかったあと、舌打ちをし、ちらっと明人の方を振り返りそのまま歩いていってしまった。
「大丈夫か?」
「──ちっ、めんどくせぇな」
珍しく文句を言わずに、彼は再度歩き始め、それを不思議に思ったのか、カクリは首を傾げた。
「あいつの匣は、どのように染まるのかねぇ〜」
小さな声でボソッと呟く。その口元には笑みが浮かんでおり、カクリは眉をひそめ大きくため息をついた。
「さぁ〜てと。帰ったら一眠りでもするかぁ〜」
「あまり私を巻き込まないでおくれよ……」
カクリの呆れたような言葉は明人には届かなかった。
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