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「また来ます」

 次の日、秋穂は学校帰りにバイト先である幸せ処に向かっていた。


「おはようございます」

「おはようね、秋穂ちゃん」


 笑顔で挨拶を返してくれた由紀子は、昨日のことはもう気にしていないようにいつも通りに振舞っている。

 秋穂は由紀子の様子を確認し、安堵の息を吐いたあと笑顔で「着替えてきます」と更衣室に向かった。


「あら、秋穂ちゃん。おはよう」

「おはようございます!!」


 更衣室では皐月が化粧直しをしていた。


「今日は何も無かったんですか?」

「うん。今日はいつも通り平和だったよ」


 鏡を見てチークを付けてながらそう答える皐月に、秋穂は胸を撫で下ろす。


「そんなに気にしないで。秋穂ちゃんは少し不安かもしれないけど、ここを売るなんてことはしないと思うよ」


 ポーチに出していた化粧品を戻しながら、彼女は笑顔でそう伝えた。だが、表情は少し疲れているらしく弱々しい。


「皐月さん……」

「さぁ、今日もお客様を迎え入れるよ。頑張ろうね秋穂ちゃん!!」


 伸びをしながら更衣室を出ていく皐月を見送り、秋穂も急いで着替えを終えて、お店へと向かった。





「今日は何も無くてよかったぁ……」


 バイトが終わり、今は家に帰っている途中だった。

 今日は少し冷えるため手にはカイロを持っている。空は雲がなく、星が沢山散りばめられているためすごく綺麗に澄んでいるように見える。


 空を見上げながら歩いていると、前から歩いてきていた男性に気付かずにぶつかってしまい、秋穂はしりもちをついてしまった。


「いたた……」

「大丈夫ですか?」


 手を差し出してきた男性は、黒いスーツに身を包み片手にはビジネスバッグが握られていた。

 黒いメガネをつけているため真面目そうな印象だ。だが、表情が硬いため少し怖い雰囲気もある。


「あ、すいません。ありがとうございます」

「前を見て歩かなければ危ないですよ」


 男性は秋穂を立たせたあと、そのまま歩き去ってしまう。

 秋穂も帰ろうと歩き出そうとした時、足元に何か落ちているのに気付きそれを拾い上げる。

 小さな紙に会社名と名前が書いてあった。恐らく、先程の男性が持っていた名刺だろう。


「あ、あの!!」


 慌てて振り向き、男性を追いかけようとしたが、もう姿はなく、追いかけることが出来なかった。


「まぁ、紙1枚くらい気にしないよね」


 そう呟き、秋穂は自分のバックの外ポケットへと入れた。


 紙には──


株主会社詩月かぶぬしがいしゃしづき詩月正司しづきしょうじ


 ────と、書かれていた。





 秋穂とぶつかった男性は、真っ直ぐ幸せ処へと向かっていた。そして、辿り着きお店のドアを開ける。


「いらっしゃ──また、貴方ですか」


 レジ締めをしていた由紀子は、ドアが開いたことに反応して笑顔で挨拶したが、入ってきた人物を確認すると険しい顔になってしまった。


「貴方が頷くまで私は何度でも来ます」

「もう来ないでください。何度来ても結果は同じです」

「それでも来ます。あと、これを」

「受け取りません。貴方の名刺は最初に受けとり名前も伺っております。詩月正司さん」


 由紀子は出された名刺を受け取らず、鋭い視線を送っている。それでも正司はお店を出ていかずに、その場に留まっていた。


「周りの方々にはもうサインを頂いております。あとはここだけなんです」

「だからなんですか。私は絶対にサインなんてしません。お帰りください」

「このお店はここ以外でもできます。なぜこの場所にこだわり続けるのか………。私には理解できません」

「えぇ、貴方には理解出来るわけもありませんし理由を話す気もありません。お願いですからお帰りください」


 由紀子が男性に近付きそう言い放った。すると、男性は何を思ったのかビジネスバッグから紙とペンを取り出し差し出したのだ。


「な!! なんですか。私はサインなどしません。お帰りください」

「貴方の意思がどうであれ、ここにサインをして頂かなければなりません。でなければ、無理やりにでも出て行っていただくことになります」


 抑揚がなく淡々とそう言う男性に、由紀子は顔を青くした。


「さぁ、ここにサインしてください」


 名刺に書いてあった会社名、株主会社詩月。

 その会社は大企業なため、こんなに小さなパン屋など簡単に潰すことが出来てしまう。

 それでもサインをいただくように説得しているのは、少しでも良心が残っているからだろう。だが、もう我慢の限界らしく正司は脅しにかかった。


「それは………」

「脅しではありません。本当にここのパン屋を潰すことができますよ。名刺を受け取ったのでしたらどこの企業かもおわかりかと思います。なら、ここにサインした方が貴方達に取っても良いことなのではないでしょうか」

「…………」


 由紀子は震える手でペンを掴もうとした時、皐月がお店の奥から出てきた。顔を赤くし怒っているように見える。


「待って由紀子さん!! ダメよそんなの。そんなの誰も納得しないわ」

「皐月ちゃん………」

「今日は帰ってください。いくらなんでも酷すぎます!!」

「──今日は帰らせていただきます。ですが、ここが潰れるのは時間の問題かと」

「ご心配なく。それにサインするくらいなら最後の最後まで足掻いてみせますよ!!」


 皐月はキッと男性を睨み付け言い放った。


「絶対にここは貴方達に渡しません!!」

「そうですか。では今日はこれで──また来ます」


 そう言って男性はお店を出ていき、残された2人はその場から動くことが出来なかった。

ここまで読ませていただきありがとうございます。

次回も読んでいただけると嬉しいです。


出来れば評価などよろしくお願いいたします(❁´ω`❁)

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