「自然と動いた」
明人は真っ直ぐ、前だけを見て走り続けた。まだ完全に体力は回復しておらず、何度か転びそうになってしまうが、それでも声が聞こえる方へと走り続ける。
音禰達と別れてしまった道からは真っ直ぐ一本道だったため、そのまま走り続ける事が出来た。そして、徐々に道が広くなり、明人が足を止めた時には、再奥まで辿り着いていた。
「ほう、生きていたか。しぶとい人間だ」
ベルゼが楽しげに明人の方を振り返る。その顔は血で赤く染まっており、瞳も左右非対称に歪んで妖光して見える。
明人は肩で息をしながらベルゼの奥側に目を向けようとするが、彼が壁になり、その奥に何があるのか明人の位置からでは見えない。だが、壁に巡らされている鎖、周りに散りばめられている血痕を見るに、只事ではない事は安易に予想できる。
状況整理しながら明人はゆっくりと歩みを進め、ベルゼに近づこうとした。漆黒の瞳は、楽し気に笑っているベルゼに向けらる。
「おっと、それ以上近づくでない。せっかく書いた魔法陣が台無しになってしまうだろう」
右手を前に出し、ベルゼは明人を制する。彼の足元には、大きな魔法陣が描かれたていた。
明人はその魔法陣を踏む一歩手前で立ち止まる。足元に目を向け、再度顔を上げベルゼの方を見た。先ほどより近くなった分、ベルゼの後ろにあるモノが見えやすくなってきた。
いつもはうるさいほど話す明人が何も口にしないため、ベルゼは何かを企んでいるのかと警戒する。だが、明人の目と自身の視線が合わないことに気づき、ベルゼは口角を上げた。
「こいつが気になるようだな? なら、見せてやろうぞ。ほれ──」
ベルゼが後ろに一歩下がった事により、今まで見えなかった人物を確認する事が出来た。
明人の目に映ったのは、体や顔が血で赤色に染まり、いつも見えている黒い瞳は姿を隠し。力なく鎖に吊るされているカクリの姿だった。
胸元が抉られており損傷が酷い。今も地面に血が落ち、血溜まりが作られて行く。生きているのすらわからない。
「あともう少しで、こやつの力は我の物になる。邪魔をしないでいてくれると助かるんだが」
ベルゼはわざとらしく肩を落とし、ヤレヤレというように明人に目を向けた。そんな彼の言葉など聞こえておらず。明人は真っ直ぐカクリを見ている。その目には微かな動揺が見え隠れしていた。
「どうした。大切な相棒がこのような姿を晒して残念か? 悔しいか。だが、それはお主らの弱さゆえ仕方あるまい。諦めるんだな」
ベルゼは大きな声で笑い、二人を馬鹿にする。それでも、明人は何も口にせず、カクリからやっと目を離し俯いた。
「なんだ、返す言葉もないか。まぁ、そうだろうなぁ。我は正しい事しか口にしておらん。状況を把握したのであれば、早くここから去るが良い。貴様にももう用はない。邪魔するようであれば──殺す」
自身の右手についた血をひと舐めし挑発するベルゼ。明人は何も言おうとせず、行動すら起こそうとしない。ただ、その場に突っ立っているだけ。
その事にベルゼも不思議に思い
、首を傾げ始める。
「どうした。目の前の光景が予想外すぎて頭がおかしくなったか。ある意味予想範囲内だったのではないか? どうせ、我に関わったものは全て死ぬ。これぐらい、貴様なら予想していたであろう」
今の明人に、ベルゼの言葉がしっかりと聞こえているのか。反応が何もないため分らない。もしかするとカクリの姿を目にし、動揺のあまりな割の情報全てを遮断してしまっているのかもしれない。
さすがになんの反応も見せない彼に痺れを切らしたベルゼは、眉間に皺を寄せ影を操り始めた。
「先程から無礼な人間だな。人が話している時は、その人の目を見るのは常識だろう。それに、先ほどから何をしている。今更何か打開策があるとでも言うのか?」
その言葉にも返答はない。ベルゼは舌打ちをし、明人へと近づく。
「やはり、今ここで殺そう。そうすれば邪魔をする奴はいなくなる。ゆっくりとあやつの力を手に入れられる」
ベルゼが明人の目の前で立ち止まり、頭を掴み顔を無理やり上げさせた。その時の彼の表情は『無』そのもの。何を考えているのかわからず、何を思っているのか読み取れない。
ただどこかを見ているようで、何も見えていないのではと思わせる黒い瞳には、ベルゼの顔が映る。
「何もする気にはなれぬか。なら、遠慮なく殺らせてもらおう」
左手にナイフくらいの大きさの影を作り出す。
「殺られるのがお望みのようだな。なら、一思いに終わらせてやろう。これが最初で最後の、我からの慈悲だ」
ベルゼは、明人の左胸に作り出したナイフを突き刺そうと操作する。その際、目線は彼から離し、ナイフを見続けていた。ナイフを追うように動く瞳。そんな瞳がナイフと共に、明人の胸元に移動した。
勢いよく飛んでいくナイフ。刃先は明人の胸元。
迷う事無く飛んでいくナイフが、明人の胸元に刺さろうとした。
「────は?」
目を見開き、ベルゼは突如として驚きの声を上げる。左右非対称の瞳に映るのは、明人ん胸元で無理やり止められているナイフ。
先程まで何も返してこなかった明人が、影を掴み刺さる直前で止めた。
「まだ、動く気力があったか」
「そうだな。自然と動いたと言った方がいいかもしれん」
影を素手で掴んでいるため、血がぽたぽたと流れ落ちる。それでも、明人は力を込め影を動かさないように掴み続けていた。
「たかが悪魔が、よくここまで出来たものだな」
「『たかが』だと?」
明人の言葉に苛立ち、ベルゼは影を消し距離をとった。彼は影が消えたことにより、血が流れ出ている手を横に垂らした。
「それなら、たかが人間がよくここまで生き長らえたものだ」
「そりゃどーも」
明人はカクリの方にもう一度目を向ける。
血の量、怪我の度合いから見ても、生きている希望はほとんどない。だが、まだ微かに肩が動いているのが見え、息がある事を確認出来た。
「────おい」
明人がベルゼに目線を戻し、声をかける。
「なんだ。今更命乞いか? 悪いがもう遅いぞ」
「なるほど。それは残念だな」
息を吐き、彼はベルゼと目線を合わせた。
「今のお前が完全体なのか?」
「さぁな。それを聞いたところで意味は無いと思うが? 完全体だろうとそうでなかろうと、人間にとっては同じ事よ」
「確かにそうかもしれねぇな。だが、残念な事に、俺は完全なる人間では無い。妖と契約している」
「そうだな。だが、それは人間に毛が生えた程度の力。どの道、人間への負担は大きい。強い力を手に入れるのは不可能のはずだ。本物の人外である我には敵わん」
いくつもの影を操りながら話し、大きな槍を作り出した。
「それに加え、ここは魔の力が集まっておる。我にとってここは住みやすく、心地良い。だが、人間にとっては害でしかない。強い力は身を滅ぼすだろう。早くここから出た方が良いのではないか?」
ベルゼが楽し気に笑いながらそう言うが、逃げさせる気など毛頭ない。明人が後ろを振り向いた時、作り出していた槍で出入口を塞いだ。
「おいおい、口と行動が合ってないだろ」
「出られたらの話だ。さぁ人間よ、我に挑むが良い。楽しもうぞ」
洞窟に、ベルゼの笑い声が響き渡った。
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