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想妖匣-ソウヨウハコ-  作者: 桜桃
江梨花
13/192

「ご依頼ですか?」

 部活の時間になると、江梨花は当たり前のように青夏の隣にリーゼルを置き一緒に書き始める。青夏もそこから動かないで淡々と作業を進めていた。

 そんな二人の中に入り込めず、朱里は一人で何度も消した痕があるキャンバスに目線を送る。


 そんな日々が続き、朱里は毎日ため息をついていた。自分から行動を起こせばいいのだが、そんな勇気もなく。かと言って、このままでは精神的に持たない。


 週に一度、部活が休みの日があり。そんな日はいつも季津と下校していた。


「はぁ……」

「まったく、今日何回目の溜息なのよ」

「数えるのも途中でやめた」

「途中まではしっかりと数えていたのね……」


 呆れ気味に李津は朱里に答え、なんと言葉をかけようか悩み天を仰ぐ。

 今日は晴天で、雲一つない。普通ならこのまま寄り道して帰りましょうとでも言いたくなるが、そんな雰囲気では無いため誘えない。


 朱里がここまで落ち込んでいるのは、学校の噂で青夏達がお似合いカップルとなってしまっているからだ。その噂は李津の耳にも届いている。


 歩きながら、李津はなんともないような口調を心掛け問いかけた。


「あんた、最近寝れてるの? ちゃんと疲れ取れてる?」

「う~ん。ちょっと……」

「こっちがため息つきたいわよ。大体気になるなら直接聞きなさい。うじうじしていたってなんにもならないでしょ?」


 李津のストレートな言葉に、朱里は何も答えられず俯く。思わず足を止め、肩にかけている鞄の持ち手をきゅっと掴んだ。


「聞きたいけど、でも……」


 その後の言葉が続かない。

 立ち止まった朱里は一歩前で、季津も立ち止まる。言葉が続かなくなった朱里に対し、今度は李津がため息を吐く。仮に、今の晴天が曇り。雨が降っていたのなら、この憂鬱な気持ちも一緒に洗い流してくれたのだろうか。そう考えざるにはいられない。


「はぁ、まったく──ん? そうだ、朱里」

「え、なに?」

「ちょっと気分転換に箱を開けてくれるっていう噂、確認しない?」


 手を打ちながら李津は朱里に近づき、笑顔で提案した。だが、その提案に朱里は全く乗り気ではないらしく、考えた後に首を横に振ってしまう。


「いや。私は興味無いから、別に……」

「噂を確かめるのは口実。あんた、少しは外を出歩いた方がいいよ。顔色悪いし、休めてないんでしょ? 少しは気晴らしになると思うよ」


「ほら」っと言いながら、李津は朱里の手を引いて噂の林へと向かった。


 ☆

 

 李津が朱里を引っ張り、林へと向かい始めてから二十分位で目的の場所に辿り着く事が出来た。


「ここかな?」


 朱里達の目の前には緑が生い茂っており、風が吹く度カサカサと葉音が聞こえる。

 自分達より大きな木が沢山立ち並び、入ってしまうともう戻れなくなってしまうような雰囲気に、二人は仲に入ろうとしない。だが、ここまで来た以上、引き返すのも勿体ないと感じ、李津は朱里の手を離さず一歩足を前に出した。


「そ、それじゃ進もうか」

「ねぇ、本当に行くの?」


 林の中を覗くと薄暗く、雰囲気が怖いため入るのが戸惑われる。それでも李津は、朱里と中へ入ろうと腕を引いた。


「大丈夫だって。ほら、行くよ?」

「あ……、待って!!」


 李津に手を引っ張られ、そのまま林の中へと足を踏み入れた。

 

 林の中は、女性二人が縦で並ばないと進めないほど細く、道を逸れてしまうと草木で手や足が切れてしまう。

 二人の足音だけがカサカサと響き、朱里は怖くなり李津の手をぎゅっと握った。不安な気持ちを少しでもなくすため、ピタッと後ろを付いている。


「ちょっと、歩きにくいわよ」

「だって……。ねぇ、もうやめよう?」


 二人が林に入ってから三十分くらいは経過していた──にもかかわらず、噂である小屋は見えてこない。奥に行けば行くほど太陽の光は遮られ、足元が見えにくくなる。先が暗く、鳥の羽ばたく音だけでも驚き二人は声を上げていた。


「まぁ、そうだね。やっぱり、噂は噂なのかな」


 李津が不満そうにだが帰る意思を見せ、朱里は安堵の表情を浮かべ引き返そうと振り向いた。だが、何故か踏み出そうとした足を突然止め、周りをキョロキョロと見回し始める。


「あれ、なんだろう……」

「どうしたの? 朱里」

「うん……」


 朱里は周りを見回すが、あるのは先程と同じように木々ばかりだ。他に変わったものなどはない。だが、彼女は何かを感じているのか、周りを忙しなく見回している。そして、道から逸れるようにいきなりゆっくりと歩き出してしまった。


「あ、朱里? ま、待って!!」


 突然歩き出してしまった朱里の後ろを、李津は慌てて付いて行く。

 今までとの様子の違いに、まるで他人に操られているように感じ始め、李津は腕を掴もうと手を伸ばす。だが、タイミングよく突風が吹き荒れ、李津は咄嗟に顔を隠すように手で覆った。


「ちょっ、なに?!」


 突然吹き荒れた突風はすぐに止み、李津はゆっくりと顔を上げ手を下げた。すると、何故か先程まで何も無かった空間が急に開かれ、そこには古い小屋がポツンと建てられていた。


「──え」


 驚きの声を上げ、李津は朱里を見る。すると、彼女も何故か驚いた表情を浮かべながら小屋を凝視していた。

 顔を青くし、口元を震わせている。


「うそ。さっきまでなかったのに……」


 二人は突如として現れた小屋に対し恐怖を感じ、そのまま後退りしてしまっている。それでも、目を離すことが出来ないらしく、目線だけはずっと小屋に注がれていた。


 いきなり現れた小屋は、もう何十年、何百年と建ち続けているのかと思うほど古臭く、人が住んでいるようには見えない。所々には蜘蛛の巣とかが張っているため、ここは廃家なのではと認識させる。


「ここじゃ、ないよね?」

「そうだと思うけど」


 お互い顔を見合わせ、もう一度小屋に顔を向けた。


「中、確認してみる?」

「うん……」


 恐怖で震えていた二人だが、それでも好奇心が勝り。震えながらも、小屋へと近付いた。


「開けるよ?」

「うん」


 ドアノブを握り、李津は不安げに問いかけた。朱里は力強く頷き、決意を表すように李津はドアをバンッと、勢いよく開けた。


 中は外装とは違い、すごく綺麗で温かみがある。

 木製の家具で統一されており、本などが沢山あるが、それは全てを壁側に立ち並んでいる本棚にきちんと収まっていた。しかも、ただ入っているだけではなく、巻数も揃えられており、ジャンルまでも綺麗にまとめられている。


 二人が中に入り周りを見回していると、奥にあるドアがいきなり開き、肩を震わせた。


「ご依頼ですか?」


 ドアから出てきたのは、顔の右半分を前髪で隠してしまっている男性、筺鍵明人きょうがいあきと


 二人は明人から放たれる異様な雰囲気に立ち尽くし、端麗な顔立ちに頬を染めた。


「おや、大丈夫ですか?」


 動かなくなってしまった二人に、明人は近付き優しく問いかけた。

 その声にはっと我に返った二人は、明人との距離の近さに驚き、慌てて離れようと後ろに一歩下がろうとした。だが、焦りすぎて足がもつれてしまい、後ろへと転倒してしまう。


「いたた……」

「うぅ、いったい……」

「すいません、驚かしてしまいましたね」


 転んでしまった二人を見て、明人は一人ずつに手を差し伸べる。

 その振る舞い一つ一つが気品に溢れており、どこかの執事でもやっていたのではないかと思うほど美しかった。


「では、お話をお聞かせ願いましょうか」

「お、お話?」


 二人をソファーに促し、明人はソファーの前にある木製の椅子に座った。


 朱里は彼の言葉を理解出来ておらず、李津も同じく分からないようで首を傾げていた。


「噂を聞きここまで来たんですよね? でしたら、なぜここに来る事にしたのかの経緯をお話していただけますか?」


 明人の微笑みと纏っている異様な雰囲気で、二人はどうすればいいのかわからず口をつぐむ。


「え、えっと……」


 何かを伝えようと口を開くが、目を泳がしてしまう。

 話す事に躊躇している朱里に、明人は先を促すように言葉を重ねた。


「貴方がここに来れたのは、何かしらの理由があるからです。お悩みを抱えているのでしょう。口に出すだけでも楽になる時があります。さぁ、お話ください」


 妖しい明人の笑みに二人は身体を震わせた。

 朱里は顔を下げ考え込んでしまう。それと同時に手が白くなってしまうほど強く握り、下唇を噛む。


 それから数秒後、朱里は覚悟を決めたようにパッと頭を上げ彼を見た。


「本当にお話──聞いていただけるんですよね? どんな話でも……」

「はい」


 明人が笑みを消さずに頷いたため、朱里は安心したように今までの悩みを話し出した。


 ☆


「分かりました。簡単に言いますと、好きな相手が先輩といきなり仲良くなり不安になったと。真実を知りたいがその勇気がない。そういう事ですね」

「はい……」

「分かりました。そういう事でしたら私の力でもどうにか出来そうですね」

「本当ですか!!」


 朱里は明人の言葉に体を乗り出し目を輝かせた。

 李津も笑顔で朱里に声をかけるが、次の彼の言葉により、二人から笑顔が消えてしまう。


「ですが、結果がどうなるかは分かりませんよ」

「えっ……」


 朱里は不安そうな表情に切り替わり、明人を見返す。


「貴方は今こう考えたでしょう。『これで先輩と一緒にいられる』と」

「えっ、ええ?」


 明人の言葉に驚きを隠せず、自分の顔を手で触り確認していた。その様子を彼は、細長い手を口元あたりに持っていき、控えめに笑ったあと説明を続けた。


「顔にも少し出ていましたが、それだけではありませんよ。こういう仕事をしているのです。人の感情は少しなら読めます」


 微笑みながら話す明人の漆黒の瞳は、全てを見透かし。人の闇までも見ているように感じ、知られたくない自身の感情までも握られているような感覚に陥ってしまう。


「話を戻しますね。貴方が思っているようになるかは分かりませんが、それでも"匣"を開けますか?」


 朱里はその質問に答える事が出来ず戸惑っていた。その様子を李津は横目で確認し、片手を遠慮気味に上げ質問する。


「あの……、箱を開けるとはどういう事ですか?」


 その質問に朱里はハッとなった。


 今回二人は、噂が本当なのか確認するためだけに林の中へと足を踏み入れた。そのため、箱は持ってきていない。それに、なぜ明人は朱里達のお話を聞いたのかも謎だった。


「おや、お二人は意味をしっかりわかっていると思っていましたが、そうではなかったのですね」


 少し目を開き驚く明人だったが、直ぐに普通に戻り、テーブルの下からペンと紙を取り出し何かを書き始めた。


「漢字の違いですね。意味も変わってきますが……」


 書き終わり、明人はペンの蓋を閉め紙の横に置いた。そして、書いた紙を持ち上げ朱里達へと見せる。


 紙には"箱"と"匣"の二文字が書いてある。どちらも"ハコ"と読める文字なため、朱里達は意味がわからず困惑の表情を浮かべた。


「こちらの"箱"は、物を大事にしまうもの。そして、こちらは蓋がしっかり閉まっており開かない事を指します」


「簡単な説明ですが……」と付け加え、紙とペンをテーブルの下へと戻す。


「さて。貴方達は少し勘違いをしていましたが、内容は変わらないですよね?」


 確認の意を込めて、明人は目を細め問いかけた。


「あ、あの……。一体、何をするのですか?」


 朱里が躊躇いがちに聞くと明人は笑顔を絶やさず、右の人差し指で朱里の胸元を指しながら言い放った。


「もちろん。貴方の心の中にある"匣”を開けるのです」

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