「公表するぞ」
静江が気を失い、床へと倒れ込んでしまった。そんな彼女を支えるようなことはせず、明人は立ったまま倒れてしまった彼女を見下ろしていた。だが、その後すぐ、明人も膝をつき頭を支えてしまう。
「ちっ、カクリが居ねぇとめんどくせぇな」
「お兄ちゃん。先生はどうしたの?」
膝をついた彼の裾を掴み、不安そうな表情で問いかける照史の頭を優しく撫でてあげた。
「先生は疲れて眠ったらしいわ。遊びたかったか?」
「ううん。先生、痛いことするから」
静江に目を向けながら、照史はそう小さな声で呟いた。
子供である照史には、この状況は分からないだろう。理解することも難しい。たがら、明人は子供でもわかるように『寝た』と口にした。
もう、目覚めることは無い。永遠の眠りについた──と。
「さて、お前はどうする。お母さんの所に行くか?」
「お母さんは嫌だ。お父さんに会いたい」
「お父さん?」
その言葉を聞き、彼は少し考え込んだ。その時、ドアの隙間から子狐姿のカクリが姿を現し、ゆっくりと2人に近づいていく。2人を見上げ、その場に座る。
「外の者はもう少しで目を覚ますだろう。どうするつもりだ?」
「そうだな。まずは──」
明人が立ち上がろうとした時、ドアが開かれ、そこから60台位の男性が汗を流しながら入ってきた。
「あの、これは一体どういうことでしょうか。これは一体何が起きているのです!」
そう叫ぶ男性の胸元には『園長』と書かれていた。
この保育園の園長をしているのだろう。その男性は、髪は薄く、眼鏡をかけていた。
代表的な駄目なおじさんといった姿に、明人は心底嫌そうに顔をゆがめ、園長を見据える。
その顔を見ると、最初は何も言わなかった園長だったが、何かを感じたらしく怒りが芽生え、一気に顔を赤くし彼に怒鳴りつけた。
「貴様、なんだその顔は!! それに、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!! 今すぐに警察を呼んでもいいんだからな!!」
そう捲し立てる園長に、明人はただただ面倒くさそうにため息をついていた。それはカクリも同じらしく、狐の姿でため息を吐いている。
照史は何も分かっていないらしく、彼の裾を掴んだままぽかんと口を開いていた。
「別に呼んでもいいが、困るのはお前だろ。ここで起こった事実は全て園長であるお前に責任が行く。それは分かってんのか?」
「何を言っている。これは立派な犯罪だろう!! 不法侵入の罪だ!!」
「あぁ、めんどくせぇ。俺はお前より大事な話をしなきゃなんねぇ奴がいんだよ。そこどけや糞ジジィ」
「じっ!? もう良い。今すぐに警察をここに──」
「好きに呼べばいいだろう」
そういう彼は、横でよく分かっていない照史を抱え立ち上がる。そして、出入口まで歩き始めた。
園長の横を通り過ぎようとした時、明人は園長の肩に手を置き耳元で囁いた。
「もしこのまま続けるのなら、お前の悪事、公表するぞ」
その言葉に、携帯を弄っていた園長の手が止まる。
「悪事──だと?」
「そこに転がっている先生と共に、園児達を自由に扱っていたらしいじゃねぇか。証拠はしっかりとある。お前を守るため、警察は呼ばない方がいいじゃないか?」
「俺には関係ないが」と言い残し、明人はそのまま園を後にした。
残された園長はパソコンに急いで向かい電源を付けた。
そこには、監視カメラの映像が残されており、園長と静江の会話がバッチリと残されていた。
「なん──だと?」
急いで消そうと操作するが、全てを自分以外の人達に任せていたらしく、パソコンの使い方を分かっていない園長は直ぐに消すことが出来ない。
そのうち、静江に助けを求めようと体を揺さぶるが、匣を抜かれた静江は虚ろな目でその場に横になっているだけで、一向に起きようとしない。
そのうち、焦った園長は他の保育士に助けを求めていた。その時に、先程までカクリによって眠らされていた親御さん達が次々と起き始め、保育士達の話が聞こえたらしい。
顔を青くし、震えた手でなにやら携帯をいじり始め、耳に当てていた。
────すいません警察ですか?
そんな会話がこの保育園のなかで交わされていたことを明人は知らないはず。だが、外に出てから少し歩いていると、いきなり口角を上げ、楽しげな表情を浮かべ始めた。
「さて、1つ目の用事は済んだ。もう1つ──」
そう呟き、彼は照史を抱えながら歩き続けた。
保育園から出て10分位経った頃、照史の道案内の元1つの家に辿り着いた。
「…………化け物屋敷か? いや、こういうのをゴミ屋敷って言うんだったな忘れてたわ」
目の前の建物は二階建てで大きく、普通の人なら1回は住んでみたいと思うくらい、立派な家が建てられていた。だが、白いはずの壁は黒く変色しており、玄関の近くにはチラシや新聞紙が散乱している。
左右を見るとゴミ袋が複数あり、烏が集っていた。めちゃくちゃに荒らされてしまっているため、袋の中に入っていたであろうゴミが周りに散らかっている状態だ。
「…………くっさ」
明人はあきれ眼でその家を見ていると、照史が小さく自信なさげに呟いた。
「ここ、僕の家」
その言葉を耳にした時、明人は今までにないほどに顔をゆがめ、鼻をつまんだ。
「────最悪だ」
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