「遊んでこい」
「あら、どうしたのかな。照史君、おいで。お兄さんに迷惑でしょ?」
静江は手を伸ばし、照史をだき抱えようと触れるのだが、明人の服を掴み全力で拒否している。
「照史君。行きたくないの?」
明人の優しい声掛けに、照史は小さく頷いた。それを見て、静江は眉をひそめ手を離した。
「照史君。ほら、お母さんが昨日すごく心配していたわよ。早く会いたいでしょ?」
笑みを浮かべ、諭すようにそう問いかける静江に、彼は蔑むような目を向けていた。
「…………照史君は嫌がっているようなので、私が直接親御さんの所へ行きますね。失礼だとは思いますか、住所を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
すぐに顔を外面に切り替え、静江にそう問いかける。
「いえ、それは勝手に教えることができません。照史君を連れてきていただいた事には感謝しております。ですが、それだけです。見知らぬ方に住所をお教えすることができません」
「そうですか。でしたら、ここで親御さんをご一緒に待たせていただいてもよろしいですか?」
照史の怯え方は異常だった。
普通は知らない男性より、見知った女性の方に走ってでも行きそうなところを、照史は静江の方へと移動しない。それどころか、声を上げずに涙を流すほど怯えてしまう。
カクリは肩に乗りながら明人に目線を送る。それに応えるように、彼も小さく頷いた。
「…………分かりました。ですが、園長へのご報告が先です。待っていてください」
「分かりました」
静江はそう口にし、怪しみながらも園内へと戻って行った。
「明人よ」
「あぁ。またしても面倒くさそうだな。だが、あいつの匣は良い色に仕上がっている。いただく他ないな」
怪しい笑みを浮かべ、静江の向かった方を見る明人に対し、カクリはげんなりした表情を浮かべる。また、なにかよからぬ事を考えていると瞬時に察したのだろう。
照史はまだ震えており、彼の服にしがみついている。
「おい、さっきから何ビビってんだよ。もうおっかねぇねぇーちゃんは居ねぇぞ。今だけな」
最後の明人の言葉に肩を大きくビクつかせ、一瞬手を離しそうになっていたが、またすぐにしがみついてしまった。
「明人よ……」
「事実を口にしただけなんだけどな」
そんな会話しながら彼は、周りを見回した。すると、遊具がある所で1度、目線を止める。
「お前、遊具とかで遊んだことあるか?」
「ゆうぐ?」
「ブランコや滑り台。砂場とかで友達と遊んだことはあるか?」
「…………ない」
「そうかよ。なら、遊んでこい」
明人が地面へと優しく下ろし、遊具へと向かわせようとしたが、照史は戸惑い遊具と明人を交互に見ている。
「いいの?」
「良くなかったら言わねぇわ」
そう言うと、照史は目を輝かせ遊具へと走っていった。すると、何を思ったのか途中で止まり振り向き、また明人の方に戻ってしまう。
「あ? なんだよ」
「お兄ちゃんも遊ぼ!!!」
明人の手を子供の小さな両手で掴み、遊具へと引っ張ろうとしている。
「いや、俺はいいわ」
「っ、遊ばないの?」
「いや、遊ばせていただきます」
照史が涙目で、今にも大泣きしそうな顔で聞いてきたため、明人はこんな所であの泣き声を聞くのはごめんと思ったらしく、死んだような目で全てを諦めたように答えた。
カクリはそれを見て、1人静かに笑いを堪えている。
「ありがとー!!! いこう!!」
大きな手を手を引っ張り、最初はシーソーに向かった。
「これで遊びたい!!」
「なら乗れ」
明人のぶっきらぼうな返答には何も返さず、照史はウキウキとした表情でシーソーに座った。
「落ちるんじゃねぇぞ」
「はぁい!!!」
元気に返事したことを確認し、彼は照史の座った反対側まで移動する。だが、シーソーには座らないで、手でゆっくりと上下に動かし始めた。
「うわぁ! 楽しい!!!」
「それは良かったな」
「うん!!」
楽しそうに笑う照史を見て、彼は優しい笑みを浮かべている。
カクリも2人を見つつ、肩の上で気を休めていた。
それから滑り台や砂場。ジャングルジムやブランコなどと、様々な遊具を遊び尽くした照史だったが、それに付き合っていた彼は体力の限界らしく、ブランコに座り肩を落としていた。
「はぁ……はぁ……。おいクソガキ……。体力無限……かよ……」
「お兄ちゃん! 次これで遊ぶぅ!!!」
「少しはお兄ちゃんの様子を気にしてくれ」
照史はまだまだ遊び足りないらしく、次はまたシーソーで遊ぶと彼を呼んでいた。
「つーか。もうあれから1時間以上経ってんぞ。なんで誰も出てこないんだよ」
顔を青く、手をパタパタと動かし風を送りながら、明人は保育園の出入口を見ていた。すると、親御さんらしき人達が園内へと足を踏み入れている所を目撃する。
「あぁ、もう迎えの時間か。なら、照史の親も──」
照史はシーソーに座り、彼が来るのをウキウキとした表情を浮かべながら待っていた。無邪気で、今この瞬間を大いに楽しんでいる。この後、何が起きるのか分かっていないし、何も考えていないのだろう。
明人はその様子に心痛めたように、悲しげな瞳で自身を待っている照史を見つめている。
「まったく。それでラストだからな」
「うん!!」
小さく息を吐き、明人はブランコから立ち上がり照史の待っているシーソーへと向かった。
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