「タダで済むと思うなよ」
病室のドアがゆっくりと開き、看護師の一人が笑顔で音禰に話しかけた。
「神霧さん。今日はいかがでっ───ぎゃーーー!!! せせせせせ先生!! 先生を呼んでください!! 床が赤く染っていますぅぅうう!!!」
入った瞬間、病室内の惨状を目にした看護師は勢いよく廊下へと戻り、周りにいる看護師に叫びかけた。
病室内は音禰がベットで寝ているのはいつもと変わらないが、普段白いはずの床が赤く染まり。
外は風が吹いており、窓が少しだけ開いている。そのため、カーテンがフワフワと動き、音禰の髪も揺らしていた。
「死ぬかと思った………」
「今回だけは同感してやるよ」
窓の外には、カクリを抱えた明人と魔蛭が息を切らしながら座っていた。お互いその場から直ぐに動く事が出来ず、息を整えている。
「ギリギリだっただろうが」
「うるせぇわ。早いもん勝ちだ」
明人の文句を魔蛭は軽く聞き流し、着ているシャツをパタパタと動かし、風を入れ暑くなった体を冷やしていた。
「ここが一階で助かったわ。窓も幸い開いてたしな。不用心な病院があったもんだ」
「換気のために開けていただけだろ。それに、鍵が閉まっていたところで開けて外に出ていただろうが」
二人は、人が来た事に気づき、慌てて窓に目を向け逃げようとした。だが、二人は焦りのあまり一つの窓から出る事しか考えられず、早い者勝ちというようにお互い押しのけながら外に出た。
「つーか、お前本当に人間かよ。そんだけの怪我しといて動けるって……。絶対に人間じゃない」
「アドレナリンって知ってるかお前。興奮すると分泌され、血まみれになったり骨折しても痛みを感じないと言ったケースが存在する。医学では世界共通でアドレナリンでは無くエピネフリンとも呼ばれるものだ。それぐらい知らないでよくここまで人生を歩めたもんだな。それに驚きだわ」
「このくそ天才野郎が」
「おめぇからの褒め言葉とかくそほども要らねぇよ」
「褒めてねぇから安心しろ」
そんな会話をしていると、明人が立ち上がり歩き出した。
「とりあえず今日はここら辺にしといてやる。疲れたからな。それに、ここに長くいるわけにもいかねぇ。だが、次会った時にはもっと詳しく教えてもらうからな」
横目で魔蛭を見たあと、明人はそのまま帰ってしまう。それを彼は、「そうかよ」と小さく零し見送った。
大きなため気を吐き、空を見上げていると急に彼の目の前に黒いモヤが現れ、そこからベルゼが姿を現した。
「遅せぇよ」
「会うなど聞いていないからな」
「どーせ見てたんだろ」
「面白かったのでついな」
「クソガキ」
そんな短い会話をした後、二人もその場から影に溶け込むように姿を消した。
☆
小屋の中では、ソファーにカクリを寝かせ、明人自身は奥の部屋へと向かった。
記憶保管部屋の一つ奥のドアを開け中へと入る。そこは荷物置きになっており、明人の着替えやスーツ。ビジネスバッグや、他にも必需品が多数あった。
明人は真っ直ぐ部屋の端にある救急箱に手を伸ばし、蓋を開けた。中には包帯やガーゼなど。治療に必要な物が一式揃っている。
蓋を開けたあと、明人は腰に巻かれていた魔蛭のパーカーの一部を外し服を脱いだ。
腹部の傷は深く、まだ少し血が流れている。三箇所にカクリの爪がくい込んだらしく、穴が開いていた。
「これは酷いな。たくっ、主をなんだと思ってやがんだよあいつ」
救急箱からガーゼを数枚取り出し、ピンセットで掴む。まず傷口の汚れや血を拭き取った後に、消毒液を傷口に付けた。
「つっ!! たくっ、もっと滲みない消毒液とかねぇのかよ。クソいてぇな」
顔を歪めながらも傷口の手当をしていく。最後に包帯を巻いて終わらせると、彼は救急箱を元あった場所に戻した。そのまま今日の出来事を頭の中に巡らせ、思考する。
「あの女が口にしていた名前。俺達の人生を狂わせた人物……。魔蛭は元凶じゃなく、利用されてたって事か。そして、俺はついでで、本命は違う奴……。一番に憎むべき相手は──」
明人は救急箱を強く掴んでいるため、指先が白くなっている。無表情のまま何も無い空間を見つめ、歯を食いしばった。
「俺自身にかけられた呪いや失った記憶だけじゃなく、もう一つ難関が出現かよ。解決するどころか増えるって……。俺の体もいつまで持つか分からない。死を待つのだけなんてごめんだぞ」
救急箱から手を離しドアへと移動した。その時の明人は、怒り以外の感情は読み取れず、両目からは怒りの炎がメラメラと燃え上がっていた。
静かな怒りが、今の明人を動かしている。
「絶対にこの世から抹消してやる。俺達にこんな事をしておいて、タダで済むと思うなよ。悪魔の分際で」
その言葉を最後に、明人は部屋を出ていった。
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