7.私のいとこは最悪で
「父様、ただいま参りました。そちらの方々はどなたでしょうか。」
父の横には母と知らない女性とその子供であろう者。女性は父と血が繋がっているのであろうか、顔付きが少々似ている。
「リシャール、この人達は私の姉とその娘だ。同い年である二人が躍るのが良いかと思ってな。」
その子供は私のいとこか。少女はくすんだ金髪で茶色の瞳。女性は父と同じ薄青の髪であるから、少女は父親譲りの髪色なのだろう。女性は父と同じく見目美しいが少女の方は少々ぼんやりとした顔だ。しかも、ドレスや髪飾りが派手なため更に顔の印象が薄くなっている。好みではないが父が踊れと言っているのだから踊るべきだろう。
「私はリシャールと申します。お名前を伺っても?」
少女の前に立ち定型文を述べる。それだけなのに少女は瞳を輝かせ頬を上気させる。社交辞令という物を知らないのか?
「私、アメリ・ミシーナと言います!よろしくお願いしますわ、リシャール様!!」
甲高い声。耳が痛くなりそうだ。そしてとても不愉快だ。なぜこんな女にも名前を呼ばれなければならない。けれど、ここでそんな事を言ってしまえばパーティは台無しだ。私は別に構いはしないが父の顔に泥を塗る事になる。それはいけない。きちんと営業スマイルを顔に張り付けて対応しなければ。
「私と一曲踊って頂けますか?」
「もちろんです!」
「父様、私達は最初なのですよね。」
パーティの慣例として主役は最初に踊る事になっている。その時のパートナーは婚約者であったり、兄弟や姉妹であったりと親しい者と踊る事が普通だ。いとこであるから、ここにいる者の中では一番近い者である事には変わりない。
「そうだ。比較的踊りやすい曲にしてある。」
「ご配慮ありがとうございます。」
しかし、何故この確認だけで更に頬を染めるのか理解できない。まさかとは思うが婚約者として認められたとでも思っているのか?馬鹿々々しい。
「それでは中央へ向かいましょうか。音楽隊も私達が中央へ行けばダンスの曲を始めるでしょう。」
「はい!」
ダンス時に女性をエスコートするのは男性側の義務であるため、嫌でも彼女に触らなければいけないのは苦痛だ。どうやら彼女は夢見がちな少女の様だから、これで勘違いを加速されても困るがいざとなればセバスが何とかしてくれるだろう。セバスは裏で何やら色々としている様だし。
一度、セバスの白い手袋に赤黒いシミが付いているのを見た事がある。インクと言ってはいたが、それにしては黒かった。
ゆったりとした音楽が始まる。この曲はよく練習用として使われる曲をパーティ用にアレンジしたものだ。大抵のお披露目会ではこの曲を一番に演奏させるらしい。リズムが取りやすく踊りやすい上に、馴染み深い物だからこの歳で踊れない貴族はほとんどいないと言っても過言ではない位だ。
……それなのに、この女はドが付く程の下手糞だ。貴族であるならば最初に習うのは礼儀作法とダンスだ。それができなければ他の事がどれだけできようがその程度の者としてしか見られない位には貴族にとって重要な事だ。それなのになぜ踊れない?どれだけ運動音痴であっても見れなくはない程度には踊れると言われているものだぞ。こいつはきちんと練習をしてきたのか?
「私、あまりダンスが好きではなかったのです。いつも全然楽しくなくて。
けれど、リシャール様と踊って驚きました。ダンスってこんなにも楽しい物だったのですね!」
「そうですか。楽しんで頂けている様で何よりです。」
きっと私の目は死んでいるだろう。お手本の様にただ定型文を繰り返すだけで言葉に心もこもっていない。普段ならもう少しアレンジしているが、そんな気力はない。それでも一切気にせずに女は頬を赤らめ続けている。普通ならば、こんないい加減な対応をされれば怒るはずだ。それがないという事は、雑に扱われても気にならぬ程に私に惚れ込んでいるか対応の雑さに気づかぬ程の阿呆かのどちらかだ。恐らく両方だろう。一番質が悪い。
そして、こいつがダンスを楽しめているのは私とリシャールが知識と運動能力をフル稼働させて完璧なリードをしているからにほかならない。足を踏まれそうになればさり気なく避け、リードを絶対に渡さない。この女のミスで私が恥をかくなんて許せない。この女と踊るくらいならば、そこらのまだ見目の良い者と踊った方がマシだっただろう。しくったなぁ。
ぐるりと辺りを見回す。あからさまに見回す事はできないから目を動かす程度に止めているが。
ほとんどが次に私と踊ろうとこちらを見つめている。多少恐怖を感じるレベルだ。研究者以外の攻略者は私と同い年ではあれど、生まれた日は私よりも遅い。彼女等の狙いが今私一人に集中してしまうのは仕方のない事だが、友人を作ろうとはしないのだろうか。誰も仲良く会話をしている様子がない。
いや、そんな事はどうでも良いか。私には関係のない事だし。とりあえず、この女から離れるためには次のダンスパートナーを決めなければ。しかし私から話しかけてしまえば気に入られたと思って付きまとわれてしまう可能性がある。興味のない者にそんな事をされるのは避けたい。どうするべきか。
ふと、壁の華となっている者を見つけた。グラスを持ったまま俯いて、どこか落ち込んだ雰囲気を漂わせている。ギラギラと目を光らせた者と踊るよりかは気が楽だろう。まともな者ならそのまま最後まで一緒に話していればいい。
そんな事を考えていれば、いつの間にか曲がラストに近づいていた。流石にこの女も曲が終わる事に気づいたのだろう。寂しげな表情を浮かべてこちらを見てくる。
「あのリシャール様。よろしければ次も一緒に踊って頂けませんか?」
「すみません、他の方とも踊らなければいけないので。」
「……そうですか。」
さて、あの人の所へ行かなければ。