4.精神年齢が幼くて
さて、生まれてから数か月が経ったが私の侍女達の話から分かった事がある。どうやら側室となったセシルという者はもう身籠っているらしい。ゲームで同い年であったから当然ではあるのだが。
母がなかなか妊娠しない事を理由にし、大叔父が自分の子供を嫁がせた様だ。しかし、セシルが懐妊するよりも先に、母ソフィの懐妊が発覚。そして生まれた子の魔力は稀な闇属性かつ量は膨大。次期王としては申し分ない子供だ。
この世界での免疫力の高さは魔力量に比例しており、膨大な魔力を持つ私が病気で死ぬ事は滅多にない。セシルが産む子が男であった場合、王位継承権は私より低く、また私の代わりが必要となる事もないためその子の必要性がない。この国では基本的に結婚できる王族は王とその姉妹のみであり、王位継承権があるのは王の子のみだからだ。
私が殺害されれば話は別であるが、父が母を溺愛しているために私に付く侍女や護衛は熟練の者ばかりで鼠一匹通さない程の警備がされている。そのため、私が殺される可能性はほとんどない。成長につれて私も強くなるであろうから、更に替え玉は必要なくなる。この事に気が付いたセシルはかなり荒れている様だ。子が流れぬ様に安静にはしているものの、自身に付いた護衛や侍女を怒鳴りつけているという。彼女等は生まれるのが女児であれば落ち着くかもしれないと希望観測をしているが無駄である。私は知っている、生まれてくるのは双子の男児である事を。
「それにしても、リシャール様は滅多に泣かれないわよね。」
「ええ。泣くのは食事を望まれる時と下着や肌着の交換を望まれる時だけ。人肌を恋しがられて泣く事が無いのは少し心配ですわ。」
「けれど音楽隊が練習されている時には、お歌いになるかの様に話されていらっしゃるから問題ないと思いますわ。芸術面に秀でた感性をお持ちなのかも。」
心配をかけている様で誠に申し訳ない。大人であった時の記憶がある分、寂しくて泣く事ができないんです。分かって。あと、ここの音楽は好きです。とても好き。教育の一部に音楽とかあるよね?この前父が演奏していたの見たからね。楽しみにしてるよ。
「私、リシャール様の将来が楽しみですの。国王様も王妃様も素晴らしい美貌をお持ちでしょう?リシャール様もその美貌を受け継がれるはず。リシャール様の横にお立ちになるのはご婦人かしら?それとも殿方かしら?」
待って。ちょっと待って。男性が隣に立つってどういう事?右腕とかかと思ったけど、女性と比較されるって事は結婚相手とかそういう意味だよね?
「どちらであれ、些細な事ですわ。リシャール様がお選びになった素晴らしい方というだけですもの。さあ、そろそろ音楽隊の練習の時間です。リシャール様のお邪魔にならぬ様、静かにしなければ。」
常識なのね、この世界では。まあ、今知れなくても教育されるような歳になれば教えられるだろうし気にしなくてもいいか。
ゴーンゴーンゴーン
遠くにある教会の鐘が時を告げる。これは三時の合図だ。鐘の音が鳴り止むと城の音楽隊が演奏を始める。パーティや季節の行事等で演奏するための練習らしい。今日はクラシカルな曲を演奏している。
「あー、うー、だぁー!」
私が楽しくなると勝手に体が動くし声が出る。流石に体が動くと言っても手足が揺れる程度ではあるけれど。最初はどうにかして止めようと思ったのだけれど、どうやら赤ん坊の体は随分と気持ちに素直な様だ。
はたから見ると、とても楽しんでいる様に映るらしい。事実楽しんでいるのだけれど、気持ちが駄々洩れであるのは少し恥ずかしい。
おぎゃぁぁぁああ
演奏を楽しんでいた時、いきなり赤ん坊の泣き声が聞こえた。私ではないから、おそらく弟達が生まれたのだろう。確か双子を産んだ事により、セシルは死に至ったはずだ。精神が病みかけている時に体に大きな負担が掛かったが故の衰弱死だった気がする。
しかし、今の私にとって重要なのは音楽が止んでしまった事だ。もっと弟達の事を考えなければいけない事は理解している。しかし、精神年齢が体に引っ張られている様で私の思考の大半が音楽が止まった事への悲しみに支配されている。
「うぇぇぇえ」
ついに泣いてしまった。まず泣かない私が泣いた事で侍女達が慌てているのが見える。二、三人が急いで部屋を出て行ったのも見えた。そこまで慌てる必要はないんだ。お気に入りが取られてちょっと悲しいな、程度の気持ちなんだ。赤ん坊はこれで泣くけども、私はこれでも成人済みだったんだ。
ああ、どうしよう。止まらない。子が生まれる事はめでたい事なのだから泣くべきではない。そう思っているのに体が言う事を聞いてくれない。
悲しい。嫌だ、嫌だ。もっと聴いていたかった。