12.どこへ連れて行こう
今日はいつもより少し速足でダイニングに向かう。思った通り、食事の準備は終わっていないようで扉は閉まっている。扉の前で立っていたルーセルが私に気づき近寄って来る。昼食の際に顔合わせとなっているが、その道中で出会ってしまったとしても何の問題もない。意図的に会った訳ではない事が重要だ。意図的に会った訳ではないとも。ただちょっと普段よりも速足だっただけ。そうだとも。
「僕はリシャール・ペルナントと申します。今一度お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「ルーセル・アラールと申します。殿下に再びお会いできて嬉しいです。」
「ルーセル様、僕の事はどうかリシャールとお呼び下さい。」
「ありがとうございます、リシャール様。」
ルーセルは真白い肌を赤く染め嬉しそうに話す。
ルーセルの服には漆黒の糸で刺繍が施されている。恐らく選考の儀に招待されてから急いで仕立てたのだろう。なぜならこの世界では基本的に服に漆黒を使う事は無い。私以外に使われるとするならば喪服や影の者の服ばかりだ。白の中でも純白は漆黒と同じくらい使われにくい。どちらの色も自然から採取するには難しく高額な物になってしまう。ただ、他の色が多少混ざっている物なら使われる。他の色よりは高くなるが、ちょっとリッチな気分を味わえるため人気なのだそうだ。
「その黒糸の刺繍、繊細なデザインでとても美しいですね。もしかして僕をイメージしてあるのですか?」
「は、はい。両親が折角なのだから、と。」
パーティでは結婚相手や婚約相手、またはそれに近しい者の髪色の刺繍を施す習慣がある。刺繍でなくアクセサリーを身に付ける時もある。公式の場以外では相手への好意を表す。つまり、私とルーセルの仲はご家族公認!!
「そうでしたか。ルーセル様によくお似合いです。」
ああ、どうしよう。にやけてしまってはいないだろうか。だらしがない顔になってはいないだろうか。きちんとリシャールとしての威厳を保った顔でいるだろうか。
「殿下、お食事の準備が整いました。」
「ご苦労。ではルーセル様、食事にしましょう。」
考えるよりも先に体がさっとルーセルをエスコートする。流石リシャール、完璧だ。今はまだパートナーという訳ではないため腰に手を回しはしないが、いずれは絶対に。
先程よりもずっと近い距離に戸惑ったらしく、ルーセルはそわそわと目を泳がせる。初々しい姿がとても庇護欲をそそる。今の体では全てから護る事はできないが成人となる十七歳までにはどんな物からでも護れる位にならねば。
話したい事も聞きたい事も山ほどあるが何から話そうか。それよりも、この後彼をどこへ連れて行こうか。
ウーゴは本が好きだという事前情報があったから図書室へ連れて行き、その後は知識の共有として多くの事を話した。ルーセルはどうだろうか。図書室へは連れて行きたくないな。もし本に夢中になられて私と話してくれなかったら、私は本に嫉妬してしまうかもしれない。
「ルーセル様は花園に興味はありませんか?」
「花園ですか?」
「はい。今はアマリリスやゴデチアという花が咲いていまして、とても美しいのでぜひルーセル様にも見ていただきたいのです。」
……いや、普通に考えてこの年代の男子が花へ興味は持たないよね!どれだけルーセルが可愛いからって女の子と同じ扱いしたら引かれるよ。
だからと言って二時間ほどの休憩で他に連れていけるところなんて騎士の訓練場ぐらいだし、そんなところへ連れて行ったら私がルーセルに騎士になって欲しいみたいじゃないか。私はルーセルに護られたいのではなく、私がルーセルを守りたいのだからそんな思い込みをさせたくない。
「見に行きたいです。その、王家の花園は滅多に見られるものではないので……。」
「ああ良かった。ルーセル様と行きたい場所が花園しか思い浮かばなかったのです。もしルーセル様が花に興味を持たれていらっしゃらなかったら、つまらない思いをさせてしまう所でした。」
「ぼ、僕はリシャール様とご一緒できるのなら、どこでも嬉しいです。」
へにゃっと笑うルーセルが可愛らしすぎて愛おしすぎて、抱きしめたくて仕方がない。いっそのこと正室にしたいのだけれど。
……流石に駄目?時期早々?婚約してしまうと簡単には取り消せないから?……はい。