11.城にいる候補者
「お聞きしましたよ、リシャール様。」
「何をだ、セバス。可笑しな事はしていないぞ。むしろ、今日は上々の出来だと自負しているが?」
なにしろ、現宰相の息子であるウーゴと良好な関係を築けたのだから。その上ウーゴが彼の父の様な宰相を目指してみると言っていたから、最低でも優秀な文官にはなるだろう。セバスの求めていた以上の結果だと思っているのだけれど。
「ウーゴ・マルティン様と紙の普及についてお話しなさっていたとか。」
「その事か。可笑しいと思うか、セバス。」
「とんでもございません。とても良い案かと。お二人のご歓談を耳にした侍女や護衛達が天才の邂逅を見る事が出来たと喜んでおりました。」
「ウーゴにも言ったのだけれど、僕はお前たちが思っている程優れている訳ではない。」
私の言葉を聞いてより一層笑みを深くするセバス。これは私が謙遜していると思っているな。まあ、そう思われても仕方はないのだけれど。
ゲームと同じ様にイベントが起きていけば私の下には多くの天才が集う事になる。そうなれば私の能力がどれだけちんけな物かが分かるだろう。
「そういえば、顔合わせをしていないのにも関わらず僕の講義を受けている様子を見に来た奴等がいた。礼儀も知らない様な者を従者候補として城に置いておくのは体裁が悪いと思うが。」
「ご安心を。ロレンツィオ様が陛下や王妃様とのお茶会の際にその様子をご報告なさったようです。お二人とも大層お怒りになられまして、その者達は全員送り返されました。」
「待て、僕の記憶が正しければあの場にいた候補者は四人だ。そしてセバス、呼んだ候補者の数はルーセルを含めて六人のはずなのだが。」
セバスの言っている事が本当ならば、今この城にいる候補者は本命であるルーセルと、私が従者にしたいと感じたウーゴだけ。選考の儀に応じてくれた時点で、今後私が失望させない限りルーセルは私の従者になる。ウーゴは今日の顔合わせで私へ仕える事を前向きに考えてくれている。こんな中で選考の儀を行う必要はあるのか?
「明日はルーセル様との顔合わせでございます。明後日からはリシャール様のお望みのままに候補者であられるお二方とお過ごしください。」
セバスが笑みを深めた。
もしかしなくとも、セバスはこの事を想定して候補者を選んだのでは?今回、候補者を最終的に絞り込んだのはセバスだし、彼が私に半端な者を意味もなくあてがうとは思えない。
だが私の従者にルーセルやウーゴがなる事での利益はセバスに見込めない。セバスはルーセルとの繋がりはないし、ウーゴとの繋がりもない。
「お前は僕に何を望んでいるんだ?選考の儀は、より良い従者を選ぶための物だろう。どれだけ僕が望んでいるとしても選考の儀がほとんど意味をなさない様にしてお前に何の得があるんだ。」
「……もしやリシャール様はルーセル様と出会われてからのご自身の変化に気づいておられないのですか?」
私の変化?ルーセルと出会った前後でそんなに変化した事はないと思うのだけれど。別に成績が良くなった訳でもないし、生活態度に変化が出た訳でもない。強いて言えば、美術の講義の際にルーセルをモチーフにした物を多く作るようになった事だろうか。けれど三回に一回の頻度だからあまり変ではないと思う。
「ルーセル様と出会われる前、リシャール様は感情の起伏をあまり表へ出されませんでした。音楽や美術の講義の際に少し見られる程度で。その時に浮かべられていた表情は無機質で儚げなものだったのです。」
私が困惑している様子を見てセバスは微笑みながら述べた。
そこまで言われる程私は表情がなかったか?確かに気持ちを外に出さない様に多少頑張ってはいた。セシルの時の様に私の表情一つであの両親が強権を発動させる可能性があるから。だが、セバスの言うような無機質で儚げな表情にはならないと思うのだけれど……。
「最近では、ルーセル様のお話をされる度に表情を浮かべられる様になられました。とても人間らしくなられて、我々従者は安堵いたしました。昔、合理性のみを求めて政治を行った非道な王がおられましたから。」
セバスが何としても私とルーセルをくっつけたかった理由は分かった。分かったけれど、気持ちが顔に出るのは王として問題がある気がするのだが気にしてはいけないのだろうか。子供が無表情で物事を行うのは不気味ではあるけれど。
「だが感情が表に出過ぎるのは王としてどうなんだ。駆け引きの時に足を引っ張るだろう。」
「ご安心ください。リシャール様の表情の変化は未だ微々たるものですので。判別できるのは私や、リシャール様が赤子であられた時からお側にいた侍女ぐらいでしょう。ルーセル様への笑み以外の表情を他の方々が判断できるとは思えません。」
これは褒められているのだろうか……。貶されている様にしか聞こえないのだけれど。いや、微笑ましい物を見ている様な表情だからセバス自身に貶している気は微塵もないのだろう。しかし、何と言うかとても複雑な気持ちだ。