9.無礼な候補者達
「リシャール様、従者候補の方々がご到着されたようです。」
「分かった。」
候補とはいえ選ばなかった際にどんな噂を流されるか分からない。そのため服も礼服とまではいかないが普段よりも上等の物を着ている。
また、作法は隙が出ないレベルまで鍛え上げられた。私単体では完璧に行えないためリシャールの補助が付いた状態ではあるけれど。ジョルジュのご機嫌取りをしておいて本当に良かった。しかも私の気が回らないところまでリシャールが手を回してくれているから、傍から見れば私は原作通りの第一王子だろう。多少娯楽方面に興味を持ってはいるけれども。
「顔合わせは昼食からだったな。それで?今日は誰とだ。」
「本日は公爵家のご子息様です。次男で、リシャール様と同年代です。多少内向的な性格で本を多くお読みとの事。」
……内向的な性格のくだり、どうやって調べたんだろう。断言しちゃってるよこの人。内向的な性格とか絶対に向こうからは言ってこないだろう。
まさかとは思うが、セバスが統率している影達って色んな家に従者として潜り込んでいるんじゃなかろうか。そうだとしたら恐ろしいな。
「それでは本日のご予定の確認です。この後ダミアニ様による音楽講義があります。しばしの休息の後に歴史の講義がございます。候補様と昼食をとられましたら二時間の休息がありますので、候補様とのご談笑をお楽しみください。その後はダンスの講義です。今回のパートナーは候補様となります。その後に夕食をおとりください。本日のご予定は以上でございます。」
候補者との談笑ね。本をよく読むとの事ならばやはり話題は本に関わるものにするべきだろう。例え相手に対して微塵も興味がなくとも良い印象を与えるためには相手に寄り添うべきだ。
元より私自身は本が好きだったし、リシャールも知識を得るための同署は好んでいた。だから多少は話を合わせる事はできるだろう。合わせすぎて相手に期待させる訳にもいかないから少々外す必要もあるが、何とかなるだろう。
深く考え込んでも意味はないか。相手は理性的に全ての物事を捉える年齢ではまだないのだし。今はロレンツィオの講義を心待ちにしておこう。流石に邪魔をしてくる様な阿呆はいないだろう。
……私は楽観視し過ぎたのか?部屋の中に入ってこないとはいえ、扉の前で喋っている事は十分邪魔になる。声を抑えているのならばまだしも、大きな声で騒ぎ立てている。酷く忌々しい。
「リシャール様、今回は観客が多いご様子ですね。」
「ああ。世間を知らない物が少々多い気がするがな。」
私がそう愚痴を零すと、ロレンツィオは少し困った様に眉根を寄せ微笑んだ。
「本日からはヴァイオリンの練習を、と思っていたのですが流石にこの状態で新しい事を学ぶのは難しいですね。本日はリシャール様がお得意なオルガンにいたしましょう。お目当ての方もお聴きになるかもしれません。」
「先程確認したがルーセルはいなかった。」
「それではこっそりとお呼びしましょうか。侍女に迎えに行かせれば、オルガンのある部屋まで移動する間にはその方にお話が届くかと。」
そんな事をしてルーセルは来てくれるだろうか。パーティで話しただけだが、彼の性格は真面目な部類に入る気がする。リシャールに同感の意を得たから恐らくそうだ。そんな彼にそのような提案をしたら幻滅されるかもしれない。それは、とても悲しい。
「いや、いい。彼にそんな提案をして幻滅されたくはない。それに僕の演奏はまた後で聞かせられる。だから今回は呼ばなくていい。」
「そうですか。それでは部屋を移動しましょうか。」
「分かった。」
ロレンツィオの後に付いて部屋を出る。出る際の扉には先程から候補者がたむろしている。それにも関わらず、ロレンツィオはいつもよりもやや強い力で扉を押し開ける。
私達が出て来るのに気付き、バタバタと貴族にあるまじき音を立てて足早にその場を離れる候補者達。顔合わせまで合う事の無い様に、という規則が存在する事自体は知っているらしい。知っているくせに我慢をしないのか。
リシャール曰く、この程度を我慢できない者は従者にも婚約者にも相応しくないとの事。
「彼等はあのように、はしたない行いをした上でもリシャール様のお眼鏡にかなう事があると思っているのでしょうか。」
軽く溜息をつきながら、ぼそりと呟いたロレンツィオ。普段の穏やかな目が今までに見た事が無い程冷たいものになっていた。
「ロレンツィオ?確かに不快ではあったけれど、そこまで怒る必要はないぞ。」
「リシャール様はお優しいですね。あの様に躾がなっていない者を寄越すという事は、それだけ彼等の親が殿下を見くびっているという事です。殿下に多少の失礼があったとしても子供であられるから分からないであろうと思われているという事です。」
私が何か力を示した事は一度もないし、私の成績に関しては教師の者達に他言しない様に釘が刺されている。見くびられてしまっても致し方ない状況ではある。成績を口外しない様にしているのならば、頭が良いと思われる事はないだろう。優秀であるならば言っておく方が有利に働く事が多いから。
しかし父の独占欲により私や母の情報は最小限しか外に出されない。学校に通い始めれば嫌でも外に漏れ出る情報だというのに……。
「例え僕の成績を公開したとしてもただ優れているだけだ。そのくらいで扱いは変わらないだろう。」
「そこで一つご提案なのですが、二か月後にオルガンのコンテストが開催されます。その場にてリシャール様の実力をお見せしては如何でしょう。年齢別に部門が分かれていますので初めてのコンテストにはうってつけかと。」
「僕が出るとすれば四から十歳の部門だろう。始めて一年経つか経たないかの僕が賞をとれると?」
「思っていますよ。」
柔らかく微笑んだロレンツィオからは嘲りは感じられない。本気で私が賞を取れると思っているのだろう。二か月後というのならば新しくヴァイオリンを習い始めるよりもオルガンを物にする方が大切だろう。
「先生、コンテストまではオルガンを最重視して教えて下さい。」
「良いのですか?ヴァイオリンを楽しみにしていたようですが。」
ジッと私の目を見るロレンツィオ。私が本気で言っているのかどうかを見定めている。
「はい。僕の演奏はまだまだ未熟ですが、やるからには僕の全力を披露したい。だからコンテストまでには、今よりも美しい音を奏でられるようになりたいのです。」
ロレンツィオの目を見つめ返す。私が真剣である事が伝わるように。
しばしの沈黙の後フッとロレンツィオが頬を緩めた。
「分かりました。では本日からコンテスト用にスケジュールを組みましょう。」