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第3章

「おはよう、少年。準備なさい」

 ゆっくりと目を覚ますと、ベッドのそばに先輩が腰かけていた。まだパジャマのままだった。どうにか起きようとするけどまだ眠い。

「はやいんですね」

「あまり遅いと人が増えてややこしいもの。行く場所はここね」

 携帯で地図を表示している。場所は先輩の家から南に行った線路沿いのところ。でも確かここは。眠くなっていた僕の目が一気に覚める。

「少年も気づいたようね。ここはあの生徒が自殺した踏切よ」

「実地調査ですね」

「ええ。心理的なものだけれど彼女が歩いてきた道をたどってみようということよ」

 先輩が地図の上に記された赤い点の位置を指さす。民家のあるエリアだがここから近いというほどの場所でもなかった。僕の記憶だと結構人気のある場所で僕の家からも遠い。

「さ、ごはんは私が作ってあげるから少年は着替えなさい」

 先輩が衝立の向こう側に移動し包丁で野菜を切る音が聞こえ始めた。立ち上がって服を着替え始めた。といっても学生服なんだけど。僕も手伝わなくてはならない。手早く着替えを済ませて、キッチンへと向かう。二人で簡単な朝食を作り、それを胃に入れた。エネルギーにすぐ変換できるようなメニューである。ハムエッグにトースト、サラダ。

 朝食を食べ終えた僕たちは外出して、線路沿いを歩いている。先輩が昨日と同じく先頭で僕が後ろからついていく。隣の線路は、二層式になっていて上を新幹線、下が在来線っていう配置。

「ここってね。旅客線の本数が多いけど高架化してないのよね」

 先輩がこちらを向かずに、僕に向かって話し続ける。そもそも歩くときは後ろを向いたりしない。線路際で踏切が近い場所だと、安全に配慮をする。常識の外側にいるようなぶっ飛んでる人なんだろうけど、先輩は本質的なところでは常識人だと思う。そしてそこら辺にいる人より仁義に厚い。人の本気で嫌がることは、断じてしないし。

「この構造と地形だと、そういう事故があっても、高架とか難しそうですね」

 今こそ地平になっている線路沿いを歩いているけどさっきまでは、僕たちの頭上を降下線として走っていた。坂道で上ったり下りたりと勾配が激しい。

「ここよ」

 先輩が踏切の方を指さす。例の場所、あの女子生徒が自殺したという。生活道路と面しているためかそこまで広くはない。

「夜中の零時過ぎくらい、ここから線路に飛び込んだみたい」

「確かにここだと暗くてブレーキもかけづらそうですね」

 加えて直線距離になっているから、電車はスピードを出している。昼間ならともかく明かりの少ない夜では、目視によって認識もしづらい。未練も何も感じず確実に死だけを求めるような、そんな決意を感じる。

「特急は確か時刻表だと夜中は走ってなかったはずだけど……。でもこのスピードだと普通列車でも十分ね」

 先輩が一人でつぶやく。そんな中遮断機が下りた。上り下り両方向から速度を緩めることなく電車が走っていく。

「あら」

 先輩が何かに気づいたらしい。正体はすぐに分かった。踏切のそばに華を備える人影が1つ。子細に観察すれば性別は女性。年は僕たちと同じくらい。服装はいわゆる派手なギャル系。気崩した形の。

「ねえ!」

 まだ距離があるせいか先輩がきっちり聞こえるよう大声を出す。いきなりのことで僕は驚く。

「話聞かせてもらえるかしら」

「え、いや。っていうかあなた誰よ」

 怪訝そうな顔で僕たち二人を、眺める。まあ当然の反応だよなこれ。知らない人に大声で呼び止められて、話を聞かせろとか言われるんだもの。

「私はここで自殺した生徒の上級生に当たる者よ。でこの少年はその娘の同級生ね。なおかつ私の書記役」

「どうも。書記です」

 冷静すぎたのが、かえって悪かったみたい。向こうをより一層警戒させてしまった。すごい睨まれてる。怒られるから、謝ったほうがいいかなとか色々考えて先輩のほうを見やる。当の先輩の方はいつもと変わらずだった。自分のペースで物事を進めようとする。僕の時と同じ。例外としては、依頼者に会った時だけ。

「上級生、ねえ。にしてはあの娘と制服違うけど」

「些細な問題よそんなこと」

 至極もっともなことを指摘される。対して先輩は素直に従ったのか、内ポケットから生徒手帳を差し出した。さすがに写真に写っている先輩はセーラー服ではなかったけど。

「それを見せれば信じてもらえるはずよね」

 怪訝そうな顔をしていた彼女は、先輩の言っていることが真実だということが分かったみたい。とりあえずは嫌そうな表情をやめてはくれた。

「私たちは彼女が死んだ理由をね、ある人に依頼されて調べているのよ。あなた彼女と面識あるのかしら」

「そりゃまあ、一応友達だったし。てか同級生ならよ、そっちの奴のほうが詳しいんじゃねーの」

 僕の方を指さしてくる。まあ普通はそう思う。違う学校にいて一部しか見ていないよりも結構長い時間を過ごしている僕のほうが詳しいって、考えるのは想像に難しくない。室と取るか量と取るか。

「僕はそんなに会話したことなかったんです」

「ふーん、でもさあそれならあたしより学内で聞いたほうがいいんじゃないのっていうか」

「みんな近づくと逃げていくのよね。なんか目が泳いでたりするし」

「そうね、聞いてから思ったけど質問したあたしが間違ってたわ。あなたに近づきたいと思う人間なんてよっぽどの物好きだろうし」

 僕も物好きなんだろうな。出会って数日だけど先輩に少しずつ心入れしてる。というか初めて出会った頃から嫌悪感っていうのがなかった。そりゃ最初は戸惑ったし身構えたりはしたけど。

「正確に話を聞きたいから場所を変えましょうか」

 そう言って近くのファストフードに移動する。先輩御用達の喫茶店はここからかなり距離があるから、あまり今は使うべきでもない。

「それで。何が聞きたいの」

 脚を組んで髪を指に絡ませている。個人的に先輩のほうが美人だな。

「明るい娘っていうのは知っているわ。けど私たちが聞きたいのはそこだけじゃないの。何か変な様子がないかっていうところね。細かい物でもなんでもいいの」

「変な様子って言ってもね」

 先輩が僕にメモを取るように、手で指示を出してきたので用意だけしておく。

「あの娘、だいぶ無理してたよ」

「聞かせてちょうだい」

 先輩が手を出して先を促す。芝居ががってるとも言うべき仰々しい仕草を先輩がしたせいで相手が一瞬身構える。というかさっきまでの行動といい、今の仕草といい普通だったら逃げられるし、話もしてくれなくなる恐れもあるんだよな。でもそうなったら先輩は自分が必要と思ったら絶対、聞きだすんだ。逃げたら追いかけ続ける。

「変に話を合わせようとしてるところがあったっていうか。笑い方が今考えると不自然だったのよ。心の底から笑っていないっていうか。まるで今の関係を維持することだけが幸せで自分に対するこだわりがないっていうか」

「興味深い話ね」

 僕は彼女の話をメモしていく。書面だけではわからなかった彼女の素顔。人の心や中身なんて言うのは本人にしか知れないものだけど見る人が見ればうかがい知ることはできる。明るい雰囲気の店内に反して、僕たちの周りにだけは重苦しい雰囲気が漂う。

「だから、あいつが自殺したって聞いたときさ。やっぱり無理してたのかなって思ったのよ」

 話し終わると、背凭れによりかかって飲み物を飲見始めた、疲れているように見えるのは気のせいじゃない。僕がノートを書き終え、先輩が次の一手になるような質問を考えていた時のこと。急に彼女がそれまでの動作を中止して睨んできた。

「……断っておくけど別にいじめたり、仲間はずれにしたりなんかしてないわよ。そこだけ誤解しないでちょうだい。一応警察にも話したけど」

「大丈夫よ。いじめの可能性は除外しているから。そこらへんは関係者に聞いたから」

 飲み物がなくなってしまったため、先輩がお代わりを、買うために席を立つ。僕と参考人のギャル学生二人が残される形になった。残念ながら、僕は先輩ほど喋りが得意なわけじゃないから少しばかり緊張してくるわけで。無言でも別に僕は平気だけど、相手がそうだとは限らない。

「……あんたたちの方こそ、大丈夫?めちゃくちゃヤバいことに首突っ込んだりしてない?」

 紙コップに刺さったストローをいじりながらこともなげに聞いた来る。描いていたノートを鞄にしまって彼女に焦点を合わせた。先輩は人と話すとき、ながら行動のようなことをしないで相手と向き合う。だから僕も少しだけ、真似をしてみることにした。

「法律を犯すようなことはしてません」

 事実を端的に。相手が聞きたいことを分かりやすく伝えるのが一番重要だ。

「先輩がある人から依頼をされて真相を追う。僕はその手伝いをしているだけです」

「真相ね。まあでもあたしもあの子がなんで、自殺したのかはしれるなら知りたいかな。仲間の中で一番気が利いて勉強も何でもできるこだったし」

 絵に描いたような優等生だ。おまけに友達もいる。しかし。それは彼女が無理やり作っていた虚像の姿だったのだろうか。でも全てが偽りってわけではない。どの部分で彼女が無理をしていたのか。素顔の彼女はどんなものだったのか。偽ってでも欲しかったもの。彼女がきっと大事にしたかったのだ。結果的にそれを維持するのに限界が来てしまった。

僕の発想ではこの辺りが相場。ノートに考えたことを続けてまとめていた時。

「少し混んでて時間かかったわ」

 先輩が戻ってきた。

「じゃあ、あたしそろそろ行くから。用事があるし。いいわよね」

「ええ。構わないわ。呼び止めたりして悪かったわね」

 先輩と入れ違いで彼女が立ち上がる。

「何か話してたのね」

 先輩が僕の書いていたノートを指さす。少しだけ思ったこととか、推測したことを先輩の真似をしてまとめてみただけなのだけど。

「単純に確認とられたんですよ。変なことに首突っ込んでないかとか」

「それでなんて答えたの」

「一応、法律には触れていないと」

「そう」

 簡潔にそれだけ答えると先輩は、お代わりで持ってきた紅茶をストローですすり始める。多分何言っても気にしないんだな。自分のやっていることにある程度の自信を持ち依頼は完遂する。

 全く手を付けていなかった飲み物を、僕が飲み始めてしばらく沈黙が支配する。ただそれは僕たちの机周囲だけというごくごく狭い範囲のものだった。昼食時間に差差し掛かりそうになってきているので店内の回転率も高くなってきてる。

「ねえ少年]

氷だけになったカップをストローで突き刺しながら砕く先輩が口を開く。

「少年が推測してみてくれないかしら」

「僕がですか」

「そうよ。少年はたぶんノートに考え方をまとめていたのよね。別に間違ってるとかそういうこと追及するつもりは今回もないわよ。自分の意見をまとめるのも一つの訓練よ。この先自分の思考を形にして指針にするっていう過程を、一人でやらないといけないのだから」

 先輩の話が終わると僕はノートに加筆をする。さっき思った意見のうち。何が偽りの姿になっていのかを。

 成績優秀な優等生としての姿

 友達思いで友情を重んじるリーダー格の姿

 理想たる姉や長女としての姿。

 どれかが無理をして演じていた、彼女のことを苦しめてしまった。失いたくないがために自分の命すらなくしてしまった。おそらく時間にしてみれば大した時間は流れていない。けれど僕は話していた、一秒一秒がとても重く感じて緊張していた。先輩の前では怖がる必要も何もないというのに。

 総て話し終えると先輩は、顎に手を当てて何かを考える素振りをした。

「少年の話を聞いて、次の目的地が決まったわよ」

「どこにいくんですか」

「それはねー」

 まずは地図を広げる。増え始めた人々の喧騒で聞き逃さないよう僕は先輩の話に耳を澄ませる。その中で彼女が赤いペンで印をつけた場所というのは―。

 3

 歩みを止めたのはどこにでもあるような民家。といっても所得の高い地域ゆえに大きな家だ。多分僕の家より2倍くらいの面積はある。問題はここが誰かの家かというと。

「少年はインターホン連打するタイプ?」

「あれって連打できるんですか」

「ってことはしないのね」

 僕がボタンを押して、僕があまり聞いたことない本名を家の主に名乗るとそんな質問を投げかけてきた。気が短いほうではないしボタンは一回押して終わりだった。

「私はエレベーターのボタンを連打はするタイプね」

「逆に遅くなるっていう噂を聞いたことあるんですけど」

「遅くなるのかしらね本当に」

 立ち尽くしてボタンを連打するっていう、色んな人がやりがちな談議に花を咲かせていると家の中からバタバタという落としが聞こえ始めた。その音がやがて大きくなリサイ後。

 ガチャリと鍵が開場される音が響く。開くドアの中から顔を出したのは見慣れた人。

「お待ちしてました」

 あの依頼人の少女だった。僕が考えた情報から、先輩が導き出した次の目的地、それがここ自殺した生徒の家。先輩も実を言えば候補として考えていたという。そこに僕が同じ予測をしたことから、後押しになったらしく優先順位がいちばん上になったのだった。

「家の人は?」

「いません。その仕事で」

「そう。まあある意味では好都合ね」

 靴を脱いで上がりこむ。少女がリビングに案内しようとするのを先輩が手で制する。お茶でも出そうと思っていた彼女は一瞬戸惑った。本題に切り込んで、真相を明らかにしようとする先輩らしい。

「あの娘の部屋はどこ?」

「え、あはい。二階に上がってください。そしたら廊下があるので右に曲がって突き当りの部屋です」

「わかったわ」

 短く返答をすると目的地を目指し、再び歩く。階段を一段飛ばしでどんどん進んでいくものだから早いのなんの。一般住居の階段で大した量がないから、追いつけなくなるなんてことはないけれど。これがマンションとかどっかの神社の参道だったら大変だ。あっという間に先輩は超常に到達してしまう。

「いらっしゃい少年」

「早くないですか」

「そんなことないわ」

「ありますよ絶対」

 そんなことを言いつつ、僕も二階に上がる。そのすぐ後ろを妹様がついてきた。案内人というか見届けるために彼女の役割は必須なのだ。

 息が上がるほどでもないけどいつもより心拍数が上がってるのがわかる。でも意識したことなかったな。今まで一人でいることが多かったから。うん。そして同じようにゆっくりと上がってきた彼女は特に変わった様子もない。別に僕みたいに先輩に追いつかなければっていう理由とか、大義名分みたいなものがなかったから。

「そうね。少年はもう少し体を鍛えなさいな。今の線が細い華奢な状態でも可愛らしいとは思うけれどね。私の作業を手伝う以上体力は必要だから」

「それならまず具体的に考えてから実行しますから。時間かかりそうですね」

「長い目で待つわ」

 指示された行き先にある扉を二人で開けた。中は時間が止まっている部屋。少し前まで彼女はきっと確実にここで生活していたのだ。机の上に置かれている教科書、きれいに直されたベットの上の布団。そしてスクールバッグ。

「少年は、棚を探して。私は机を探すから」

 それだけ言い残すと先輩は机を開けて上にある物を机上において丹念に調べていく。プリントの類だけど、全部見終わるとまた戻した。

「作業する前に言うけれど、泥棒のようなことは絶対にしちゃだめよ。見込みを付けて荷物とかを取り出したらまず取り出した分だけ調べる。ちゃんと調べ終わったら元あったところに戻す。調べることの鉄則。覚えておきなさい」

「はい」

 先輩の忠告に従って棚の物を抜き出していく。参考書やら雑貨やらが多い。参考書を指ではじいて、何か挟まっていないか探してみた。何も出てこないがきっちりとマーカーが引かれメモに対しても余念がない。することがなかったから、教科書と問題集を行ったり来たりするという予習復習に無駄に時間を使っている僕とは違って、的確なものだった。多分これを他の生徒にも使わせれば、成績は一気に上昇するはずだ。 

 そして先輩の指示通り、最後に元の棚に戻す。そうやっているうちに一番上の棚は全て調べ終わってしまった。結局それらしいものは何も出てこない。無理やり成果があったような風に見せるなら、彼女の本来の姿は成績優秀でいるために、勉強を怠らない性分の持ち主だったということ。仮面でやっているとしても限度があるはずだ。どこか元々持っていた気質のようなものがないとのめりこむほどに、まとめるようなことはできない。

「少年、何かあったかしら」

 机の中身を調べ終わった先輩が座り込む。手で僕にも座るよう、促してきた。正座を崩したような座り方で腰を下ろした。どうやって答えるべきか。ないといえばないしあるといえばある。微弱なものでも成果として、報告すれば多分先輩はそのまま承認してくれる。

「まああったといえばあったし、なかったといえばなかったというか」

「あったということにするわ。報告してみなさいな」

「じゃあ少しだけ待ってください」

 さっき仕舞ったノートと参考書を、一冊ずつ取り出した。そして任意のページを先輩の前に広げる。

「彼女の本来の顔を証明する資料ともいうべきものだと思います」

「勉強熱心で優等生であるってことね」

 決定打にはならない。そもそも成績が優秀であれば、それだけで支えにはなる。ただそれだけのみに頼り切るのではなく、何かを破壊するようなものがあるはずだ。

「じゃ続きを探しましょうか」

 そして先輩は部屋を見渡す。今触ったのは棚と机。棚の中も物が多いので、当たりを付けないと結構時間がかかりそうだ。証拠を絞るために必要なものはなんであるか。僕も座り込んだ状態から先輩を倣って探してみる。

「あ」

「どうかしたの」

「いや、ここ僕が昔訪れたことのある場所だなって思ったんです」

 見つけたというか目に入ったのはウッドウォールに差し込まれた写真。そこに移る夕焼けの海のものだった。誰と一緒に行ったかも思い出せないような遠い記憶。だけれどそこで見た景色だけははっきりと覚えていた。

「きれいな場所ね。写真の腕前も中々」

 先輩が立ち上がり、目線を近くにして写真を眺める。壁にはそれ以外にも何枚も写真が貼られていた。友達と写ったもの。学校で撮ったと思われる集合写真。最近のものと思われるものから、彼女が小学生だった時のもの。服装とかでそう判断したわけだけど。

「待って。もしかしたら」

 先輩が何やらつぶやき黙り込む。顎と唇に弓を当てて考え始めた。その仕草は何気ないいつものものだけど、とても絵になる美しいものだった。

「少年。この部屋にある写真類の物を調べて頂戴。アルバムでも壁に貼ってあるんものでもなんでも総て」

 言うが早いか、先輩は飛び起きると机の一番下の引き出しを開いた。写真アルバムのようなかさばるものであれば、そこに入れるはずだと判断を下したのだ。僕の方は受け持ち分となっていた棚の方を調べていく。しかしそこに写真が貼られているようなものは、卒業アルバムくらいしか存在していなかった。ただ重要なものではあるので、一応中身を検閲はしてみる。中学校のときのものではあるが、この時から彼女はどこか笑顔の中にどこか無理をしているように感じた。心の底から楽しんでいないようというか。一体彼女は何をそんなに恐れているのだろう。分かりそうで分からない。そこまで失いたくなったものとは。彼女にとって何よりも大切だったはずのもの。二度と手に入らないようなものなのかな。

「先輩」

「なにかしら」

 わざわざ作業を止めさせてしまった。会話をするとき、は何かを並行するという作業を良しとしない先輩だから。 

「珍しいわね。初めて少年から私に質問をしてくれるのね」

 嬉しい、かもしれない内容の言葉を継ぐが声のトーンは今まで通り。でもそれでいいかもしれない。常に同じトーンで、笑顔を基本とした先輩。ただ笑顔を作っても何か考えているということがまるわかりのものだけれど。安心するのだ。

「先輩は何かを失ったとしたらどうしますか」

「抽象的な質問ね。もう少しわかりやすくしてほしいわね。といいたいところだけどいいわよ。答えてあげる。少し時間を頂戴ね」 

 といい。先輩は沈黙した。代わりに聞こえてくるのは紙がすれる音。

「失ったとしたらそれを全力で取り返しに行くわ。私がそれを必要としているんだもの」

「もしそれが取り戻せないものだとしたら?」

「そうね。大庭の物はさっき言った通り、取り返しに行くし取り返せないものは基本的にはないんだろうと思っているけれど」

 作業を止めて思考に集中する。

「少年がそこまで限定的に条件を付けて聞いてくるってことは、本当に抽象的なものってことなのね。そうなってくると、うん」

 考えが終了し人差し指を立てて、デスクチェアに腰かけた。足を組んで太ももがあらわになる。けど気にする様子はない。

「また作る。これに限るわ。抽象的で形が見えないものってね、心によってその在り方が決められるのよ。難しいけれど再建するっていう選択肢を選ぶわ」

「強いんですねやっぱり先輩は」

「諦めきれないっていうか。負けっぱなしなのが、性に合わないのよ単純に」

 そこで終らない。たとえ傷ついたとしても、決してくじけない。なんというか。先輩のその言葉を聞いたとき、彼女がどこか輝いて見えた。

「まあでもほとんどの人間にはここまでの発想を思ってはいても、実現することは難しいはずよ。だって、奪われた、失ったっていうのはエネルギーも持っていかれるということだから」

「いつだって先輩は前向きです」

「そうね。それはあるわね。だって今もこうやって、と。少年に写真を必要とする理由を話していなかったわね」

 貼ってあった一枚の写真を指さす。

「写真があるかどうかっていうのはね。私たちの推測をある程度確信にさせるために必要なのよ。いわば人生の軌跡」

「履歴書みたいですね」

「少年に探してほしい肝心の写真を伝えるわね」

 先輩の話を聞いて、僕は探すべき写真を認識した。

 日記とかが出てこなかったし、これといった心情、生活、思考を断定するものが存在しなかった。ならば間接的に知ることができるのが多分写真。それで先輩に指定された条件を満たす写真を探していたけれど。

「写真、ないですね」

「そうね。場所を変えましょうか」

 立ち上がり一階へ通りていく。リビングの扉を開けると、依頼人の彼女がソファに腰かけていた。二人して入ってきた僕たちのほうを見やる。

「どうしましたか」

「書斎とかはどこにあるかしら。あなたのお父さんの」

「玄関出て右側の方ですけど。書斎に何か用でも?」

「アルバムを探しているのよ。この家のどこにある買って考えた時に候補として挙がったところを一つ一つつぶそうと思ったの。書斎を選んだのは私の家でアルバムがある場所だからね。深い意味はないわ」

 先輩が息継ぎせず一気に言い切る。やっぱり肺活量が尋常ではない。どういう鍛え方をしているのだろう。

「そういうことなら、アルバムはそこにあります」

 立ち上がるとテレビのある方向へと向かった。テレビの隣に大型の棚がが置かれており一番下のとを開いた。何冊かに分けて、机の方へと運んでくる。量が多そうなので僕と先輩が助けに入った。

「これで全部です。お父さんたちが取ったやつは」

「ありがとう。十分だわ。あと、あなたに追加で聞いておくことができたわ。少年はアルバムで写真を探して頂戴。探しているものがあるかどうかね」

「わかりました」

 先輩が少女を呼び出してダイニングテーブルに腰かけた。

「喉、渇いていませんか。やっぱりお茶だしますね」

「そうね。いただこうかしら」

 立ち上がるとキッチンにある冷蔵庫へと向かっていった。

「あなた、お姉さんが笑っていたのを見たことあるかしら。ここ最近でいいけれど」

「あります」

 二人は、カウンターを挟んで会話を始める。

「それはどういう状況下を教えてほしいのだけれど」

「ご飯を一緒に食べているときです。学校で楽しいことがあると、それを私に話してくれるんです」

 僕が初期の任務からがなれているために先輩は、自分でノートを開いてペンを走らせていく。

「食べるっていうのはあなたたち二人だけかしら」

「はい、お父さんもお母さんも多忙だったりするので。それに私とお姉ちゃんも、塾とかで遅かったりするので一緒に食べたりなかったりってこともよくありました」

「先輩、終わりましたよ」

「どうだったかしら」

「やっぱり思った通り見当たりませんでした」

 僕と先輩とのやり取りを不思議そうな、様子で見ている。そういえば写真だけ見せてほしいとかしか言っていたなかった。なんで僕たちが写真を探しているのかっていう詳しい事情を知らないのだから子のリアクションは当然といえば当然。

「あの」

 案の定少女のほうが先輩に対して聞こうとしている。

「そういえば説明していなかったわね。私たちが写真をどうして探しているのか。少年、持ってきて頂戴」

 先輩が僕にアルバムを持ってくるよう指示を出す。手ごろな一冊を僕が選んでテーブルへ持ってきた。実際証明ができればいいので、持ち運びやすいサイズのもの。

「少年の考え方によるとね、あなたのお姉さんはいくつかの顔を持っていたようなの」

「顔、ですか」

「友人の人気者としての貌、成績優秀な優等生としての貌。つまりは居場所を維持するために必要なものね」

 先輩の話に聞き入り始めた。最初は落ち着かなかったようだけれど息をのむ。

「結論から先に言ってしまうならば、あなたのお姉さんは居場所を失うことを、恐れたゆえに自殺してしまったのよ」

 少女が目を見開き、先輩のことを見つめる。魚の水槽と先輩の語る声だけが、室内に響き渡る。遮るものは何も存在しない。

「友達と遊んでいる華やかな姿でいられる自分。そんな自分を認めてくれる場所。それが彼女にとって支えとなっていた]

「私に相談してくれればよかったのに、お姉ちゃん」

「難しかったんでしょうね。あなたに対して弱みを見せたくないっていう、思いが強かったのか」

「写真を探してもらったのは確証を得るため。家族の中で穏やかな空気が流れているかどうか、彼女にとって家の中がどういうところなのかを把握しておきたかったからよ」

「家族で写っている写真があるかなって、調べさせてもらったんです」

 家の中に居場所はなかった。相談できる相手もおらず徐々に居場所として大切にしたかったものが彼女を蝕んでいく。

「だから写真を……」

 彼女がアルバムのページをめくって目をつぶる。僕たちは何か言葉を引き出せようとすることはしない。向こうが自分の言葉で表現してほしいのだ。やがて目を開くと1つ1つ言葉を紡ぎ始める。

「ありがとうございました」

 依頼人たる少女が立ち上がり深々と頭を下げた。僕と先輩はそれを見ると割れの言葉を口にして家を後にする。

「少年、初仕事はどうだったかしら」

「慣れないので大変でした」

 雲一つない晴れ空。そういえば、今は昼だけど夕焼けが見えると次の日も晴れるとかいう話を聞いたことがある。

「そうね。昨日も触れたけど人の生死にかかわることもあるから慣れないでしょうし体力も精神力も消費するでしょう。ねえ少年。私はね本当に死にたいと思っている人間っていないと思ってるのよ。孤独でも誰にか助けを求めて生きようとする。私は寂しいと思っても、近くにお姉ちゃんとかが住んでて平気だったけれど。少年は感情を封じてしまって、生きるという道を選んでしまったのかもしれないわね」

「どんな時も行きたいって思おうとする力……」

 先輩の言葉。人間はどんな時も死を選びたがらない。胸に残り続ける言葉だった。

「じゃあ少年。次の仕事も手伝ってもらうわよ」

「はい。先輩がお望みならばどこまででも」

 そう告げると。左手で僕の手に触れてきた。指を絡ませ決して離れぬように。固くつないで。これが僕と先輩の関係を深めた絆の証なのだ。人が生きる意味と進んできた道。失われた思いを知るために。

 この関係が何を呼ぶのかは。僕も先輩もまだ知らない。


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