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9話 三刀流

 めでたく神宮南高校の一年生となったアズ。

 一時限目の授業を終え、一息付いた休憩時間、授業中に何度も手を挙げて先生の問題に答えていた優等生が、イジメの標的になった。


 自分が出来るというアピールを頻繁にする、一際目立っていた生徒を、不良グループが取り囲んだ。

 イジメに遭っている同級生を見たアズが、

「やめろよ! いじめるの、カッコ悪いだろう」

 と言って、間に入った。

「なんだとぉ! チビのくせに、生意気な!」「子供は引っ込んでろよ!」

 悪そうな不良グループがアズににらみを利かすが、

「オレ、子供じゃないぞ!」

 脅しにひるむことなくアズが言い返す。

 教室内がざわついた――。

 不良グループが詰め寄り、アズと睨み合う。

 ひと波乱起きそうな展開。


「おい、見みろよ! こいつ、目が青いぞ」

 アズの顔を見て、不良グループの一人が言った。

「お前、ガイジンか?」「変な奴、教室、間違ってんじゃねえのか」

 皆が笑ってアズを馬鹿にするが、

「お前こそ、ヨシカワくんに似て金色の髪だし、お前はセイヤに似ていて茶色だしな」

 負けじとアズも言い返す。

「ヨシカワ? セイヤ?」

 と口ずさみながら首をかしげる。すると、

「え! あのサンダーの吉川さん?」「お前、吉川さんを知っているのか?」

 次々に仲間が声を上げた。

 

 彼ら不良グループにとって、数々の武勇伝を持つ吉川先輩は憧れの的だった。

 最近では、スクランブル交差点を破壊したという、あやふやな情報が、まことしやかに囁かれていて、悪のカリスマ性をさらに引き上げた。

 というのも、スクランブル交差点の陥没事故直前の防犯カメラに、バッチリと吉川先輩の顔が映っていたからで、地盤沈下による自然現象とされたものの、警察との大捕り物を演じていた吉川先輩が実行犯として疑われた経緯がある。

 まあ、関わったことは事実だが、実際に破壊したのはサリナ先生であることを、メンバー以外の誰もが知らないことである……。


「吉川クンって、そんな馴れ馴れしい言い方……」

「じゃあ、こいつ、いや、渋谷しぶたにさんは、サンダーのメンバーなんだ」

「俺達、軽音部に入部しょうと思っていたから、吉川さんに頼んでくれよ、な、な!」

 生徒達の、アズを見る目が変わった。

 女子生徒は、お洒落番長の松岡を、男子生徒はアイドル的存在の宮崎さんを、不良グループは吉川先輩にそれぞれ憧れている。

「スバルもいるぞ」

 アズが松本昴の名を挙げるが、

「スバル? 誰、それ」

 真面目だけが取り柄の昴には関心が無く、知られていない。

 このことがあって、アズは一目置かれる存在に。クラスはもとより、学年一の人気者になった。

 


 昴とアズの二人は、昼休みになると屋上で弁当を食べるのが恒例となっていた。

 大食いの割には少ないアズの弁当。

 サリナ先生と共同生活しているアズにとって、食費は一番に削減すべき項目。

 しかしながら、少なくてもいい理由があった……。


「いつも大変だな、サリナ先生。アズの弁当も、きちんと作ってるんだから、なんだかんだいって、凄いよな」

「サリナ先生は怒ると怖いけど、オレにとっては姉ちゃんみたいな存在なんだぁ」

 昴も納得、大きく頷く。


 さっきから昴の顔を見て話さない。

 ――俺を避けているのか? いや、違う。

 少し落ち込んでいる様子のアズ。

「何かあったのか? 遠慮なく言えよ」

「……オレ、病気なのかな? 顔に赤いぶつぶつが出来て……またスバルに、バケモノって言われるんじゃないかと……」

 アズの顔を覗き込むと、頬にピンク色の小さいデキモノがある。

 気にするほどのものではないものの、突然出来た吹き出物が気になって仕方なく、かといって、誰にも言えずに悩んでいたのだという。


「それ、ニキビだよ。思春期に起こる現象。気にするな。俺も出来たことがあったけど、直ぐに治ったから」

「すぐって、いつまでだよ」

 すがるようにアズが聞く。

「アズは女の子だから、小さいニキビでも気になるよな。でも、大人へと成長しているあかしだから」

「それって、へび脱皮だっぴとおんなじなんだな」

「蛇の脱皮って、もと違った例えはないのか……。そうだ、今日の帰りに薬局に寄って薬を買ってきてやるから、もう心配するな」

「うん、ありがとう」

 と一安心のアズ。

「それでこそ、いつものアズだ。これからも、困ったことがあれば、遠慮なく言えよ。出来る範囲で協力するからさぁ」

「やっぱり、スバルは良いやつだな」

 急に元気が出て来た。


 そんなアズが、

「田中に松井、宮本……クラスの皆の名前、全部覚えたぞ」

「お、偉いな、アズは。で、友達は出来たか? その前に、人間界の環境には、もう慣れたのか?」

「うん。知らないことを覚えるのは楽しいし、もっと、もっと新しいものに挑戦したいんだぁ」

「いいぞ、その調子。じゃあ、友達は出来たんだな」

「うん、他のクラスの生徒とも仲良くしているよ」

「なら、そいつらと一緒に弁当を食べればいいのに。お前が一緒に食べたいって言うから、こうして付き合っているんだぞ」

 不満そうに昴が言うものの、

「オレ、この時間が一番楽しいんだぁ。スバルとこうして一緒におしゃべりするのが」

「そうか……やっぱり、お前は変わっているな」 

 もちろん、悪い気はしない。


 昴とアズとは夜な夜なラインのやり取りをしている。

 最初は電話で直接話していたのだが、たわいもない話で深夜まで話していると、一日の出来事を全て言うんじゃないかと、話は尽きることがない。

 通話料金が高くつくからと、最近はラインのやり取りをしているのだ。


 アズにラインを教えると、ユニークなラインスタンプを添えて送って来る。

 女子の間で流行っているのか、意味不明のスタンプ。きっと、同級生に教えてもらったのだろう。可笑しなスタンプに、そこは女の子なんだな、と思わずクスッと笑う。

 極め付けなのが、サリナ先生の無防備な寝顔の写真を送って来くることだ。

 アズにとっては単なる悪ふざけのつもりだが、サリナ先生に知られると、笑い事では済まされない。

 何度も言い聞かせているが、一向にやめようとしない。昴は証拠が残らないように、その都度削除するのだった。


 一方で、パティシエになる夢は諦めてないようで、国家資格である製菓衛生師を、独学で勉強しているという。

 しかしながら、アズの努力だけではどうにもならない。というのも、製菓衛生師は二年以上の実務経験、または、二年以上の菓子製造業に従事しないと受験資格がないからだ。 

 音楽と料理の二刀流か、いや、学業との三刀流……。食欲と同じで、夢も欲張りなんだなぁ、アズは。


 たわいのないことを事細かく報告するアズ、パテォシエの資格や勉強のことなども。

 何故だろう、アズとずっと話していても飽きない。ずっと話していたいとさえ思えてくる。

「あ、そうだ、これ」

 と思い出したように昴がポケットから取り出した。

「何? それ」

「ヘアピンだよ。こうやって髪を分けたところで止めると、子供っぽくならないんだ」

 フクロウのアクセサリーの付いたヘアピンを、耳の上でパチンと止めた。

 前髪がカーブを描くようにしてピンで留めることで、おでこが出てスッキリした印象を与えてくれる。

「どう? 似合う」

 不安そうにアズが聞く。

「ああ、丸顔のアズにはよく似合う。子供っぽかったのに、女らしく見えるぞ」

 すると、

「す、スバルぅ~」

 うるうるとアズが瞳をにじませる。

 こんなもんで喜んでもらえるなら、安いもんだよな……。


「もう少ししたら、スバルは卒業するんだろう……」

 不意にアズが、悲しそうな顔をしながら聞いた。

「ああ、そうだな」

「学力が付けば三年生になれるんだったら、オレ、頑張って勉強するんだけどなぁ」

「そんなに急がなくてもいいだろう。せっかく人間界に来たんだし、もっと学生生活を楽しめば良いんだよ。青春って、一度しかないんだからさ」

「でも、寂しくなるなぁ……」

 アズの頭を撫ぜるようにポンポンと叩きながら、

「卒業しても、俺は消えたりしないから。アズの近くにいるよ」

 昴が慰めの言葉を掛けた。

「うん……」

 昴にほめられると成長する。それが、サリナ先生が言っていた『切っ掛け』なのだろう。初めて会った時の、下品だったアズとは違う。

 驚くほどのアズの成長ぶりに、昴は目を見張るばかりである。



 二人は屋上から見える街の景色を眺めていた。

 雲がゆっくりと流れている。

 急にアズが寄り掛かって来た。

「ん?」

 振り向くとアズは眠っていた。

 よっぽど疲れているんだろう。本来のアズは自由奔放、慣れない勉強と部活をこなし、無理もない。全力で駆け抜けようとしているんだな……。

 昴はそのまま、アズを起こさないよう、予鈴のチャイムが鳴るぎりぎりの時間までジッとしていた。



 放課後、部活動が始まる。

 同好会に過ぎなかった軽音楽部は、日頃の奉仕活動認められて晴れて部活として昇格。

 クラシック音楽に精通している、新任のサリナ先生が顧問に就任すると、途端、部長の吉川先輩が一段と部活にはげみ出した。


 そんな吉川先輩が顧問のサリナ先生に良いところを見せようと、サンダーの合言葉として考えたのが『完全燃焼』。

 完全燃焼の合言葉が起爆剤となって、軽音楽部は益々活気付く。


 お陰で、入部希望者が殺到し、アズの同級生の不良グループも入部を果たした。

 すっかり吉川先輩に飼い慣らされ丸くなった不良グループは、サンダーにあやかって、『カミナリ』というバンド名で練習しているものの、吉川先輩の使いっパシリとして活躍しているのだった。


 部活の前に、アズの空腹を満たす、部活弁当が待っていた。

 沢山のおにぎりが用意されていて、これがあるから、食欲旺盛のアズが少ないお昼の弁当だけでも我慢出来るのだ。


 昴の父親が店主を務めるコンビニの、消費期限が迫ったおにぎりや弁当の見切り品を、親会社の息子である松岡が引き取り、部活動を支える大切なエネルギー源として差し入れている。それは、過労で倒れた昴の母親への償いのためでもあった。

 コンビニを経営する父親にとっては、商品の廃棄が少なくなり、店の利益に繋がるのだ。不幸続きの松本家にとって、喜ばしい限りである。


 お腹一杯になったアズが、 

「スバル、昨日教えてくれたGコード、もう一回、教えてくれよ」

 と部の先輩である昴に教えを請う。

「薬指と小指を大きく開いて、1弦と6弦を同時に押さえる。ちゃんと指を立てて他の弦に触れないように気を付けて。そう、そう、その位置。手の小さいアズには、やりにくいけど」

 ギターの高度なテクニックをアズに教える。

 貪欲なアズは、どんどん技術を吸収していくのだった。


 彼らが部活動に精を出すのには理由がある。

 それは、10月に行われる文化祭が迫っていたからで、完全燃焼の合言葉のもと、高校最後の文化祭を盛り上げるために努力を惜しまない。


 高い志を持ち、サンダーのメンバーは協力し合って、日々技術を磨いていく。

 楽しい学園生活は続くのだった。


次週で終話になります。台風19号が接近しているので、被害が無ければ良いのですが……。

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