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7話 魔男

 渋谷の地下は海水で満ちていた。

 とっさに放ったサリナ先生の魔法が、メンバーの体を包み込む。

「まるでウォーターボウルの中に入っているみたい」

 宮崎さんが物珍しそうに周りを見ながら言った。

「――ここは海の中?」

 透き通った綺麗な海の中。透明度抜群の海。

 まるで朝が来たのかと見間違う、明るい世界だった。


 丸い透明な膜で覆われているため、海中でもおぼれることはない。

 タイやマグロ、スズキやハマチなどが回遊している。まるで水族館の水槽の中にでもいるようで、ここは食材の宝庫だった。

「どれも高級魚ばかりだな。誰かが養殖しているのか?」

「馬鹿な、渋谷の地下にそんなものがあるか? 聞いたことないぞ。あっても、地下鉄ぐらいだろう」

「いや。確か『首都圏外郭外放水路』とか言う、洪水対策のための巨大な治水施設があったな」

「でも、ここはまんまの海、まぎれもない海の中だ」

 溺れずにホッとしたのも束の間、最大の危機が訪れる。


「そう、呑気なこと言ってられないぞ。あれを見ろ!」

 浮かれているメンバーにサリナ先生が注意を促す。

 彼らの目の前に巨大な海洋生物が近付いて来た。

「クジラか?」 

「いや、シャチだ!」

 松岡が言った。

 背中が黒、腹が白色で両目の上には白い模様がある。温厚なクジラなどではなく、凶暴なシャチだった。


「海のギャングと恐れられる、シャチか!」

 慌てて逃げようとするも、ウォーターボウルの中では身動きが取れず、歩くぐらいのスピードしか出ない。

 必死に手足を動かして逃げようとするが、大口を開けたシャチが容赦なく襲って来る。

「サリナ先生! 自慢の雷で」

 と吉川先輩が危険回避のための指示を出すが、

「あんなもの、そう何回も撃てるか! 一回が限界だ。一回撃てば、しばらくは動けないぐらい体力を消耗するのでな」

「え! 」「えーーーっ!」

 じゃあ、と昴と吉川先輩が、もうひとりの魔女であるアズを見るが、不安定なボールの中、立つこともままならない。駄目だよな~、全く頼れない。

 抵抗することも出来ず、6人は大口を開けた巨大なシャチに丸飲みされた。



「――ここは? みんな、大丈夫か!」

 吉川先輩が声を掛けると、

「俺はここにいる」「私もいるよ」「俺も」「私もだ」

 それぞれが返事する。

 何も見えない真っ暗な世界。

 暗い場所、狭い所が極度に苦手な昴が、

「俺、暗い所が苦手なんだよなぁ」

 怯えた声で言った。

「オレ、ここにいるぞ。スバルのそばにいる」

 そう言ってアズが人差し指の指先に力を入れる。

 すると、指先から炎が出てロウソクのように辺りを照らす。

 魔法の力で指先がランタンのように輝いて、周りが明るくなった。

 じゃあ俺も、と昴がスマホを取り出しライトを付ける。

「でも、電池の消耗が速いからな……」

 不安そうに言った。

「あの時、俺達はシャチに飲み込まれたんだよな。だとしたら、ここはシャチの胃袋。どうやら俺達、消化されずに助かったみたいだな」

 吉川先輩が言った。

 何事も動じない。数々の修羅場を潜り抜けてきたのだろう。余裕の表情だった。


 大きな胃袋の中を探索してみると、至る所にクラゲのようなものが壁に張り付いている。

 手に取ってみると、

「これ、ビニールだ。間違って食べたんだな」

 一帯を見回すと、沢山のペットボトルに大きなポリバケツまである。

 胃液で消化し切れないプラスチック類が至る所に散乱していた。まさに、今問題になっている海中ゴミだ。

 海洋プラスチックゴミ問題――2050年には、海にいる全ての魚よりプラスチックゴミの方が多くなるという。

「大量のゴミの処分に困ってるからって、誰のものでもない海に捨てたんだろうけど、勝手過ぎるよな」

「海の中は目には見えないから、罪悪感が無いんだよ、きっと」

 口々に不満を漏らす。


 慎重に歩いて進んで行くと、人影が――。

「ほう、生きてここまで来るとは」

「誰だ? おっさん」

 いかにも怪しげな人物。睨みを利かしながら吉川先輩が聞く。

「ワシはここを住処すみかにする者。ようこそ、我が家へ」

「我が家だって? どう見たってゴミ屋敷にしか見えないけどな」

「どうだ、この中は、気に入ってくれたかね。ここから南に行った所にある豊富な水産資源に恵まれた海域を、そのまま、この地下に持って来た。ここにいれば、新鮮な魚が食べ放題なのだが、最近やたらゴミが、特に透明なゴミが多く、クラゲと間違え飲み込んでしまう。厄介なのは、分解されずにいつまでも残っているから増える一方だ。自慢の相棒はゴミ箱じゃないというのに……」

 苦々しく言って、

「街の中を這い回っていたムカデは、ワシの魔法によって人を食べる魔獣に化けたもの。ワシの可愛いペットだった」

「あいつも魔女なのか? いや、男だから魔女じゃなく、魔男まおって呼ぶのかな」

 少ない知識からひねり出し、小声で吉川先輩が聞く。

「ややこしいけど、男も魔女って呼ぶらしい」

 そう昴が説明する。


「なぁんだ。あのゲジゲジ、オレにくっ付いていたゲジゲジとは違うのか。じゃあ、この騒動はオレの責任じゃないんだな」

 と一安心のアズ。

「ああそうだ。お前と一緒に落ちたムカデは、ワシのペットによって全て食い尽くされたからな。攻撃性のあるムカデはワシが育てたペット。より強力により凶暴にな。甲殻生物の特徴を生かし、どんな攻撃からも身を守る固い甲羅に、何本もある手足で自由自在にどんな場所にも忍び込める。それに加えてあの凶暴性。まさに人間界の兵器にも勝るとも劣らぬ兵器となる。成長すれば、人間界を大混乱に陥れたであろうに。実に残念だ」


「何が目的なのだ」

 サリナ先生が核心を突く。

「復讐だよ、我がご先祖様のな。長年ワシら魔法使いが狭い世界に閉じ込められてきた。同じ人間なのに、特殊な力が備わっていたばかりに迫害を受け追い詰められてきたのだ。この人間界は力のある者が世界を制する、というルールがある。こんどは人間共を追い出し、ワシらがこの世界の主となるのだ。お前も知っているだろう。あの世界は、魔法界はもうもたない。もうじき消滅するということを」

 魔男の言葉に、

「魔法界が消滅するって、本当なのか?」

 魔法界を案じた昴が振り向きアズに聞くと、

「うん。町長さんも言っていたんだ」

 アズが答える。

 サリナ先生も知っているらしく、何も言わない。

「だとしたら、早い時期に、この人間界に我々の居場所を創っておかねばならぬ」

「力ずくで、魔法の力で取り返すだと。多くの犠牲を出してまで」

「我々の先祖も追い出されたのだぞ。我々にも人間界に住む権利はある。安住の住処を力ずくで取り返して何が悪い」

「だからといって、力ずくで奪うなど、到底許されるものではない」

 サリナ先生が言い返すが、

「甘いな、話し合いで解決出来ると思っているのか。人間より優れた能力があるのに、それを使わない手はないだろう。野蛮な人間共が、分かり合えると思うか!」

「うっ……」

 言葉に詰まった。

「分かり合える! 魔女と人間は共存し合えるんだ」

 たまらずに昴が言った。

「口では何とでも言えるわ。ムカデに追われ、あの逃げ惑う人間どものおかしかったこと。今までの鬱憤が晴れて、スゥーっとしたわい」

 と言って、人間である昴の方を見た。


「お前、悪いやつ!」

 アズが昴の前に出て言った。その顔は怒っている。

 魔男がアズの顔をマジマジと見る。

「ほう、お前の体内から魔力があふれ出ている。子供だからと言っても、油断は出来ぬな。だが、その自慢の魔力も、この世界では力が発揮出来ぬだろう。この場は、ワシのテリトリーだからな」

「こんな人間界に接する場所で、新たな魔法界を創っては、人間との衝突は避けられぬ」

 サリナ先生が案ずるも、その言葉を待っていたかのように、

「フッ、それがワシの狙いよ。お前達はこのシャチの強力な胃酸で、跡形も無く消えてしまうのだ。事情を知らぬ魔法界の奴らは、きっと人間の仕業だと思い、怒り狂うであろう。そうなると、魔女と人間との全面戦争だ。まあ、結果は見えている。この人間界にふさわしい者は誰かがな」

 と自信ありげに言って、昴達を見た。

「お前達人間に任せておけば、人間も魔女も共倒れだ。まず手始めに、この日本という島国を魔女の住む国にする。それが、ワシの目的だ」

「クッ、言いたいこと言いやがって……この日本を乗っ取るだと、そんなことさせてたまるか! どんなことをしてでも阻止ししてやる」

 そう言った昴に、サリナ先生が言った。

「奴は最上位の魔女。お前達は下がっていろ! アズ、お前の魔法で、皆を地上へと逃がすのだ。お前なら出来る!」

 教師として、命懸けで生徒の命を守ると言ったサリナ先生の言葉に、

「うん!」

 アズが応える。


 サリナ先生が一人、犠牲になって皆を逃そうとする。が、

「何言ってるんスか! サリナ先生は強力な雷を放ってまだ時間が経っていないばかりか、6人分の空気玉を作って、もう立っているのがやっとの状態。先生こそ下がっていて下さい」

 自信ありげに吉川先輩が言って、昴の方に歩み寄る。

「この状況、小人が鬼を退治した、一寸法師だと同じだな」

 と言って昴を見ると、ニィーと笑った。

「?……、あ!」

 昴が一寸法師の物語を思い出す。

 確か、ここはシャチの胃の中だったな。そうだ、その杖で――。

 アズに耳打ちする。

 魔男が、攻撃し掛けて来るのだと思って身構えるが、

 アズの持つ魔法の杖が鋭利な針に変化しただけ。

「なんだ、脅かしやがって。ただ杖が長くなっただけ、その程度か。万策尽きたのだろう」

 と余裕を見せた行為がハッタリだと強気に出る。

 

 鋭利に長くなった杖を、アズがくるりと回転させ上下に持ち構え、「えい!」

 と声を上げて、渾身の力を込めて地面を一突きする。

 直後、地面が上下に動いた。

「地震?」 

 地面が波打つように大きく揺れる――。


 魔男がひるんだ隙を衝いて、吉川先輩が飛び付き、魔男をはがいじめにして、魔法が使えないようにした。

「人間を見くびるから、こうなるんだ」

 長い針でシャチの胃袋を一突き。

 見事に鬼退治に成功――。次いで、

「来るぞ!」

 吉川先輩が声を上げて皆に危険を促す。

 シャチの胃袋の奥から、突然、強力な突風が巻き起こり、勢いでみんなが下界へと押し出される。アズが付き刺した針の痛みに耐えかねたシャチが、飲み込んだ全ての物を吐き出した。



 シャチの吐き出す勢いで、スクランブル交差点の穴の中、結界から無事に脱出することが出来た。

 スクランブル交差点の地下穴から無事に出ると、ハチが待っていてくれた。忠犬と呼ばれるハチだけあって、ジッと主人の帰りを待っていてくれた。

「よしよし、良い子だ」

 アズがハチの頭を撫ぜると勢い良く尻尾を振る。

「ドッグフードが食べれるんだったら、買ってやるんだけどな。そろそろ台座に戻らないと。でもその前に」

 と昴が言って魔男の方を見る。


 地上に一緒に出て来た魔男を吉川先輩が羽交い締めにしていた。

「この地上は俺達のテリトリー。立場が逆転したな。人間を見くびるから痛い目に遭うんだ。人間だって、魔女により優れているものはあんだよ! このまま絞め殺しましょうか?」

 とサリナ先生の方を見るが、

「……」

 思案している僅かな隙に、魔男が吉川先輩の拘束から逃れ、道路の穴に入ってしまった。


 慌てて吉川先輩が追うとするが、

「やめておけ、追っても無駄だ。逃げ足だけは速いからな」

 サリナ先生が止めた。

「でも、あいつ、また騒動を起こしますよ」

「心配はいらぬ。このことはきちんと報告しておく。魔法界での法律に照らし合わせて、必ず裁きが行われるはずだ」

「ひと思いに殺した方が、いえ、殺さないまでも、痛め付けておいた方が後々の災いを取り除いたんじゃ」

「例えば、あの男が、アズの父親だとしたら」

 サリナ先生の衝撃の言葉に「えぇーー! そうなんスか?」

 皆が驚きを隠せない。

「例えば、の話だ。本来、結界を操る魔法は、一握りの上級魔女にしか出来ない高度な魔法。私達の住む魔法界は、こうした強力な魔力の持ち主である『創造主』によって創られた。紛れもなく、あ奴は創造主の末裔。そして、アズも末裔かもしれぬ。

「じゃあ、あの魔男は……」

 皆がアズを見た。

「オレの父ちゃん……」

「だから、例えばの話だと言っただろう」

「そうだよな。優しいアズちゃんの親父さんが、あんな残酷な魔男のはずない。絶対に!」

 と松岡が力強く言った。

「……オレの家族は校長先生であり、サリナ先生だよ」

 とアズが言って、にぃっと白い歯を見せる。



「ところで、あの穴どうすんだ? 道路の真ん中が陥没してたんじゃマズいだろう」

「あのままじゃ、事故になるぞ」

「工事現場にある、赤い三角の……」

「赤い色をした円錐形の保安器具、ロードコーンか」

「アズが被ってる三角帽子、それ赤くならないか?」

 と昴が聞くと、

「こ、こうか」

 アズが三角帽子を赤く染めて昴に見せる。

「もうちょっと大きく、長く」

 丁度良い大きさのロードコーンになった。

「じゃあ、私も」

 と言ってサリナ先生も、三角帽子をロードコーンに変化させて、

「もう、使うことがないからな」

 言いながらが、穴の横に置いた。

 そして、人差し指で、ちょんと魔法を掛けると、二つのロードコーンが輝き、点滅する。

「これで一安心。危険が回避されるな」

「大きな穴が開いたが、俺達が渋谷の街を救ったんだ。誰にも言えない秘密だけど」


 ハチ公前に戻って来ると、ハチが、まるで犬小屋に入るようにピョンと台座の上に飛び乗り、元の銅像になった。

 この様子を見ていた宮崎さんが、張り詰めていた緊張が解けたのか、『くしゅん!』とクシャミする。

「風邪をひくといけないから、何か温かいものでも飛べようか?」

 松岡が言うと、

「てっとり早く、コンビニで食べよう」 

 昴が言った。

「そろそろ帰るぞ、アズ」

 自分には関係ないとばかりにサリナ先生が言うが、

「何か食べようよ、先生。せっかく来たんだし」

 とアズが催促する。

「いや! 長居は無用だ」

 人間に感化されるのを嫌ったサリナ先生がキッパリと断るが、その時、

『グゥ~』腹の虫が鳴った。 

 みんなが一斉にアズに視線を向ける。

 誰もがアズの腹の虫が鳴ったのかと思ったのだが、

「私だ」

 と恥ずかしげもなく、すました顔でサリナ先生が言った。

「おなか、すいたなぁ」

 釣られるようにアズが言う。

「二人とも魔法を使ったから、さぞお腹がすいたんじゃないですか。空腹のままで結界を越えると遭難しかねない。体力を付けておかないと」

 昴の説得を受けて、サリナ先生が渋々頷いた。


 

 コンビニに着く頃には、海水で濡れた服も、すっかり乾いていた。

 店内に入ると、サリナ先生が物珍しそうに辺りを見回す。

「ほおう、コンビニにはなんでもあるのだな」

 品ぞろえの多さに感心する。


 イートインと呼ばれる店内飲食コーナーで食事をとることなり、冷えた体を温めようと、カップラーメンを勧めた。

 味噌に塩、とんこつに激辛、それぞれが味の違うカップラーメンを取る。大食いのアズは超大盛り焼きそばを取った。

 支払はスマホで、と松岡がスマホをかざす。

「スマホとやらは便利なものだな。これ一つでなんでも出来るのだから」 

「まあ、愛だけは売ってないんスけどね」

 吉川先輩が言ってニヤ付いた。

 また余計なことを、と昴は思う。

「まあ、俺達からすれば魔法の方が凄いんだけど」

 吉川先輩が言うと、皆も納得した。


 お湯を入れたカップラーメンを、昴が説明する。

「三分待てば食べられるんで」

「本当に三分で料理が出来るのか? 信じられぬ。皆で、私を田舎者だと馬鹿にしているのだろう!」

 思わず立ち上がって帰ろうとするサリナ先生を、昴が慌てて、

「そんな、馬鹿になんかしてませんよ」

 と引き留める。


 三分が経ち、さあ召し上がれと昴が言って、それぞれが食べた。

「う! これは……」

「どうだ、先生。人間の食べ物は想像以上に美味しいだろう」

 アズが嬉しそうに聞くと、

「う、うまい! しかもたった三分で。信じられん……魔法が掛けられているような気がする」

 感心するサリナ先生だった。

 猫舌のサリナ先生は、割り箸を上手に使って、音を立てずに上品に食べている。

 サリナ先生が垂れた髪を掻き上げながら、音を立てずに少しずつ麺をすする。その色っぽい仕草に吉川先輩が釘付けになり、箸を持つ手を止めて見入っていた。

 一方で、箸をフォークのように持って焼きそばの麺を頬張ほおばっているアズ。豪快な食いっぷりは相変わらずだ。

 

 ラーメンを食べ終えると、今度はコンビニのスイーツ。

 カスタードプリンにイチゴづくしパフェやフルーツパイ、とろけるティラミスにフルーツあんみつ。どれも魔法界では見たことのない色鮮やかなお菓子類。

 サリナ先生がひと口、スイーツを口に含むと、

「本当だ!……さすがに、アズの言う頬っぺたが落ちることはないが、スイーツなるもの、実に美味だ」

 自然と声が漏れる。

 完全に女子の目付きになったサリナ先生が至福の時を過ごした。


「すまぬが、生徒の分も、土産として持って帰りたいのだが」

「遠慮しなくていいから。気に入ったスイーツ、いくらでも持って帰って下さい」

 松岡が言った。

 サリナ先生が沢山のスイーツを選んで、買い物カゴに入れていく。

 そして、店員が何枚ものレジ袋に小分けしてくれた。

「保冷剤が中に入っているんで、しばらく持ちますよ」 

 と支払いを済ませた松岡が、サリナ先生にスイーツの入ったビニール袋を渡す。


「あと……お酒も。町長が人間界のお酒を、是非ともと所望してな……」

 言い難そうにサリナ先生が言うと、

「今度は、俺がおごりますよ」

 ここぞとばかりに吉川先輩が言った。

「ぬ! お前に借りが出来るとは……でも、なかなか、勇気のある奴。最初は逃げ出すのかと思っていたのだが……見掛け倒しではなかったようだな」

「酒飲みなら、ウィスキーがいいかな。でも、日本独特なお酒、焼酎も喜ばれるかもしれない」

「ほう、まだ若いのに、お酒に詳しいのだな。お前もたしなむのか?」

 感心するも、

「いえ! お酒は20歳からと、法律で決まっていますから」

 慌てて吉川先輩が答える。

「その法律を守っているようには見えないがな」

「あ、オヤジ、オヤジが酒飲みだから、詳しいんスよ。俺、ぐでんぐでんの酔っぱらいが嫌いなんで、ああはなりたくないから」

 言いながら吉川先輩が、4リットルボトルの大容量の芋焼酎を取ってレジに持って行くが、ここで問題発生――。

『年齢確認が必要な商品です』という旨の音声ガイダンスが流れる。

 サンダーのメンバーはいずれもお酒が買えない未成年。

 自然と皆の視線がサリナ先生に集まる。

「失礼とは思いますが、サリナ先生って、何歳ですか?」

 聞き難いことを、勇気を出して昴が聞いた。

「23歳だ」

「えー!」「うっそ!」「そうなんスか!」

 驚きの声が上げる。

「ぬ! オバサンで悪かったな」

 とキレ気味にサリナ先生が言った。

「ち、違いますよぉ! 俺達と変わらないぐらい若く見えるのに、その物言い、厳しいものの言い方、てっきり30は過ぎているのかと思っていました」

「サリナ先生は新任教師だぞ」

 とアズが補足する。

「俺と5歳違いか。ますます気に入った。姉さん女房だな」

 ニャ付きながら吉川先輩が言うと、

「私の未来を勝手に想像するな! 不愉快だ」

 即座にサリナ先生が言い返す。

 俺も思う、と昴。しっかり者のサリナ先生なら、フラフラしている吉川先輩の手綱をしっかりと握ってくれるだろう。お似合いだよな。でも、肝心のサリナ先生にその気が無いのなら、叶わぬ恋だな。少し残念な気持ちになった。


 サリナ先生に年齢確認タッチパネルを押してもらう。

『私は20歳以上です』のタッチパネルを指で押した。

「これでいいんだな?」

 晴れて土産のお酒を手にすることが出来た。

「何もかも、しっかり管理が行き届いているのだな」

 と、コンビニエンスストア独自の、POS(在庫管理システム)を利用した経営手法にサリナ先生は感心しきりだった。

「それ、オレが持つよ、お世話になった町長さんに直に渡したいんだぁ」

 大きな芋焼酎をアズが手に持つと、

『いらっしゃい』

 朝一番の客が入って来た。

 アズとサリナ先生は魔女の正装、否応なしに目立つ格好。そろそろ出ないと。

 

 コンビニの駐車場に出て来ると、夜が明け、すっかり辺りが明るくなっていた。 

「今日は、学校休みだな。ああ、眠たい。ふゎ~あ」

 眠気が襲ってきて、吉川先輩が大きくアクビをする。

「これはさすがに、学校は無理だな」

 松岡が言うと、

「そうね、私も無理、休みよね」

 宮崎さんも言った。

 宮崎さんのお墨付きを得て、ズル休みが成立。

 ホッとした昴が、魔法界の入り口のある空を見上げる。

「お別れだな」

 と、寂しそうに言うと、 

「ぎゅーっとしてくれ」

 とアズが言った。

「ぎゅーっと? なんだ、それ」

 昴にはアズの言っている、ぎゅーっとの意味が分からない。

「お祭りの日に、みんなやっていたぞ」

「ああ、ハグのことか」

 どうやら、恋人同士が抱き合っている姿を見て、同じようにしてくれと催促しているのだろう。だが、

「俺なんかでいいのか?」

「スバルだから、良いんだよ」

 嬉しそうに言って催促する。

「やっぱり変わってるな、アズは。そうか、じゃ、ぎゅーーっ」

 言いながら力強くハグする。


 その様子を見ていた吉川が調子に乗って、

「先生も、俺とハグしますか」

 ニヤ~っと笑いながら吉川先輩が言う。

「その能天気な頭に、雷を落とされたいのか」

 鋭い視線を放ってにらんだ。

「私に気を掛けるのは自由だが、諦めるんだな。私は誰もが寄り付こうとはしない、キツい女だからな」

「心配ないって。だって俺、エムだから」

「そういうとこがいけないと言っているのだ! そのチャラい所が、私の最も嫌うところ。潜在能力は高いのに、それを使わないでチャラチャラと。何事もやる気が無いのが私は気に入らないのだ。お前を見ていると、イライラする」

 ――よく言ってくれた。と昴。実にそう思う。

「そ、そんなに俺のことが嫌いなんスか?」

「この先もずっと、そのチャラチャラした生活を続けていくのか。いつか痛い目に遭うぞ。後悔しても、私は知らないからな」

 と散々に言いながらも、少し気にしている含みを残し、

「だが、今日はよくやってくれた。我が一族が、迷惑を掛けたな」

 そう言ってサリナ先生が頭を下げる。

「人間も良い奴がいるのだな。いつか、信頼し分かり合える日が来るかも知れぬ、な」

 帰り際、ボソッと言った。

 その言葉に救われた気がした。


「なあアズ、ハロウィンの日に、また来るんだろう、麻耶も会いたいだろうしな」

「また、来てもいいんだよな」

「良いに決まってるだろ」

「おう、もちろん行くよ。だから、オレのこと忘れたら承知しないぞ」

「それは、こっちのセリフだ。あんな騒動、頭に焼き付いて、忘れたくても忘れられないよ」

 特にアズの顔を、と言葉には出さず、心の中で言った。

 二人は笑ってサヨナラした。

 

 仕舞っていたホウキを大きくすると、サリナ先生はホウキにまたがり空へと飛んだ。

 サリナ先生に導かれるようにアズも飛び立ち、魔法界へとスゥーッと消えた。

 一年という長い期間が、昴は待ち遠しかった。


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