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6話 ムカデ退治

 マントは敵の攻撃を防ぐ縦。魔法の杖は強力な光線を出す武器になる。

 魔女本来の正装に身を包んだアズが、人間界に戻って来た。

「このホウキ、操作し易いな」

 満月の明かりが煌々(こうこう)と輝いていて、深夜の東京を照らしている。

 魔女の登場としてはもってこいの演出だ。


 渋谷に遣って来たアズとサリナ先生。

「これでは――」

 眼下の街並みを見てサリナ先生は思った。

 ムカデは夜行性の肉食動物、エサを求め、夜間にもっとも活動が活発になる。にもかかわらず、街が広過ぎて、到底二人だけでは繁殖したムカデを駆除出来ない、と。


「人手が必要だ。街に詳しい、例の少年を頼るしかないな」

 サリナ先生が漏らすと、

「スバルか? いいのか! 先生、スバルに会っても」

「ああ、やむを得ん」

「じゃあオレ、今からスバルを連れて来るよ!」

 昴に会いたいがために人間界に来たようなものだから、嬉しさがみなぎっている。

 アズは猛スピードで昴の自宅に向かった。



 昴の家の前に来たアズ。

「どうしょう……」

 どうやって昴を呼び出そうかと思案していると、

 あ! そうだ、とアズは思い出す。

 昴のスマホを思い浮かべ、念じる。

 すると、昴のスマホの着信音が鳴った。

 こんな時間に誰だろう? と不審に思いながらも昴が通話ボタンを押す。

「スバル! オレ、アズだよ。今、家の前にいるんだぁ」

『アズ――? アズなのか! 俺を思い出したんだな』

 着替えもそこそこに、昴は慌ただしく階段を下りて玄関の外に出た。


「スバルぅ!」

 慌てて出て来た昴を見てアズが呼ぶ。

「どうして? いや、よくこっちの世界に来れたな」

 目の前には誰よりも会いたかったアズがいた。

 黒色のとんがり帽子にマント。ホウキにまたがって昴の目の前でフワフワと浮かんでいる。

「魔女の正装……どうしたんだ? その格好」

 アニメに出てくる姿のまんまのアズ。

「危険だからって、校長先生が持たしてくれたんだぁ」

「危険か……。人間が恐ろしいものだと思っているんだな」

 でもアズは違う。

 こうして会いに来てくれたのだから。

「オレ、スバルに会いたかった。会いたいと、ずぅーっと願っていたんだ」

 瞳をにじませながら、

「オレ、記憶を消されていたんだ。スバルのことを忘れた訳じゃないから……」

 スバルに謝った。

「分かってるよ」

「でもオレ、記憶を無くしたとはいえ、スバルのこと怖い人間って、酷いこと言って……一言謝りたかったんだぁ」

「そんなこと、気にしてないって。俺だってアズに酷いこと言ったんだ。お互い様だよ。それより、どうして? こんな夜中に」

「実は…」

『再会に感動している暇はないぞ!』

 アズの後ろに隠れるようして浮かんでいるサリナ先生が二人の会話を制した。

 アズと同じ魔女の正装姿のサリナ先生。

「――またお前か!」

 昴がサリナ先生をにらむ。

「ふん! ムカデ退治に来ただけだ」

 あからさまに嫌そうに言ったサリナ先生の説明を聞き、

「やはり、あの時のムカデ、見間違いじゃなかったんだ……あのムカデは魔法界から来た生き物……」

「オレが連れて来たばっかりに、だから責任をとらされてムカデ退治に来たんだよ」

 人間界に来た理由を昴に告げると、

「お前の責任か、なら手伝ってやるよ。というか、手伝わせてくれ。アズの力になりたいんだ」


「今は、一人でも仲間が欲しい」

 とのサリナ先生の言葉に、

「こんな時間に頼めるとしたら」

 昴が素早くサンダーのメンバーを招集する。が、

 ――だめだ、繋がらない。

 松岡は寝ているんだろう。宮崎さんも同じだ。二人とも早寝早起き、規則正しい生活をしているからな。 

 何度目かのコールで繋がった。

 宮崎さんも起きていて、面白そう、と言って来てくれるそうだ。


 あと一人、頼れる人が――。

「よう昴、どうしたんだ?」

 吉川先輩にワンコールで繋がった。

「まだ起きていたんですか?」

「あたぼうよ、夜になると調子が良い。今からロックの神様・英吉さんのライブDVDを見ようと思っていたとこだ」

 ――今からって、あんた、芸能人か! と突っ込みたくなる。

 昼夜逆転、だから勉強が出来ないんだよな。でも、これはチャンスだ。吉川クンがいてくれると心強い。



 吉川先輩に、松岡が宮崎さんを誘って来てくれた。

「みんな、集まってくれてありがとう」 

 アズが感謝気持ちを伝えると、

「何言ってるんだよ、俺達、マブダチだろう」

 と松岡が皆の気持ちを代弁して言ってくれた。

 魔女との垣根を越えた友情にサリナ先生の心が熱くなったものの、その思いを断ち切るように何度も首を振った。


「へえ~、これが噂の魔女かあ」

 と初めて見る魔女に吉川先輩が興味の眼差しでアズを見詰める。

 その背後からサリナ先生の声。

「こんな奴、頼れるのか?」

 見るからにチャラそうな吉川先輩を見て、不満を漏らす。

「うゎー! 美人教師の魔女」

 吉川先輩が目を輝かし、

「もろ俺のタイプ! メガネ姿がエリートっぽくて、赤髪に口元のセクシーボクロがたまんねぇ~。オマケに三角帽子がお洒落で決まってる」

 サリナ先生に一目惚れした吉川先輩が好きだと告げるも、

「汚らわしい目で私を見るな! 不愉快極まりない」

 と一蹴する。そして、

「本当に役に立つのか?」

 露骨に嫌な顔をした。

「俺達のバンドのリーダー。やる気さえ出せば、頼りになります!」

 昴が言い切ると、

「良いこと言うな!」

 吉川先輩が言って『バン』と昴の肩を強く叩いた。

「この私が、人間どもの手を借りるとは……」

 とサリナ先生が歯を噛み締め悔しそうに言う。

 極度の人間嫌いで、しかも男嫌い。

 しかし、そんな彼女の気の強い所が吉川先輩のハートをくすぐるのだった。


『キャーー』

 突然、宮崎さんが悲鳴を上げる。

「どうなってんだ? 人間を恐れるムカデが襲って来ている。しかも大きい。ムカデって、こんなに大きい生き物だったのか」

 松岡も凶暴なムカデに驚いた。

「普通のムカデじゃなく、魔法界の生き物なんだって」

「こんな生き物が大量に繁殖しているとしたら……」

 街の至る所にムカデがっていた。

 夜中に活動が活発化したムカデが驚異的な繁殖力で増えている。しかも、凶暴性を増していた。


「人間界で成長した魔法界のムカデ、人間に及ぼす害は計り知れない。だが、問題なのは感染症だ」

 そうサリナ先生が皆に説明する。

「感染症……それって、ウイルスのことだよな。未知のウイルスが渋谷の街に広がったとしたら」

 恐ろしい結末に松岡がゴクリと息をのむ。

「中世のヨーロッパでは、ペストが大流行して人口の半分以上の人が死んだんだって……」

 宮崎さんが声を震わせて言った。

「被害を最小限に抑えたいなら、今すぐに住民を避難させるんだな」

 サリナ先生の言葉に、

「そんな……たったの半日で渋谷の住民を避難させるなんて、無理ですよ」

 青白い顔をしながら昴が言う。

「オレのせいで……」

 落ち込むアズを気遣って、

「気にするな、今から全てのムカデを退治すればいいんだからさ」

 昴が言った。


「でも、どうやって? 素手じゃ危険過ぎる……」

「じゃあ、これを使え」

 とサリナ先生が持っていた杖を松岡に渡した。

「これは?」

「魔法の杖。魔女が持つと強力な攻撃が出来るのだが、人間が持ったとしても僅かながらの攻撃が出来る」

 試しに、松岡と宮崎さんが一緒に持った杖に念を込めると、白く輝く火の玉が杖の先から飛んだ。

 殺傷能力は僅かだが、危険生物を仕留めるだけの攻撃力はあるようで、

「これ、愛のパワーだな」

 と、松岡と宮崎さんが喜ぶ。

 二人にとって魔法の杖は、より親密にさせるアイテムのように見えた。


「で、俺のは?」

 吉川先輩がサリナ先生の方を見るが、

「お前には必要ない。自慢の腕力で退治すればいいだろう。その大きな体は見掛け倒しなのか」

 と一蹴する。

「必要ない、と言うよりは、信用されてないような気がする……」

「ほんと、吉川さんなら、きっと悪用するんじゃない……」 

 松岡と宮崎さんが吉川先輩に聞こえないよう小声で話す。

「おう、任せとけ! 足で踏ん付けてムカデの息の根を絶ってやるよ」

 サリナ先生に良いところを見せようと吉川先輩が大きな声で言った。



 手分けして散らばったムカデを退治することになり、アズと昴、松岡と宮崎さんのグループが出来た。

「仕方ないな、じゃあ、俺はサリナ先生とペアーだな」

 と満面の笑みで言って、サリナ先生の方を見るが、

「誰がお前と組むと言った。別行動に決まっているだろ」

 プイっと顔を逸らす。

 サリナ先生は吉川先輩とは組もうとせず、それぞれが単独行動になった。

「男一匹オオカミ、やってやろうじゃねえか!」 

 半ばヤケクソ、吉川先輩一人が気合いを入れた。


 凶暴なムカデを退治するにも、肝心のムカデがどこに群れを成して潜んでいるのか分からない。

「あ、そうだ! 犬。広場の犬だよ、スバル」

「犬? 忠犬ハチ公のことか」

「うん」

 と返事したアズ。

 アズの考えていることが昴には分からないが、一緒にハチ公前広場に向かった。


 深夜の時間帯にもかかわらず、ハチ公前広場には何人かの若者がいた。

 ――この際、仕方ない。今、こうしている間にもムカデが繁殖し、悪さをしているんだから。

 ハチ公像の前で、「えい!」とアズが構えた魔法の杖を振り下ろす。

 すると、茶色の銅像が白色へと変化し、モコモコと動き出す。

 ハチ公が台座から勢い良く飛び降りると、尻尾を振りながら主人であるアズの前に座った。

 秋田犬特有の茶色みがかったフワフワの白い毛に、ハチの特徴である左耳が垂れている。

 自由に体が動けるようになり、喜んでいるみたいだ。

「なるほど、犬の鼻、嗅覚を利用してムカデを探すのか。魔法使いのアズにしか思い付かない、大胆な発想だな」


 魔法の力で銅像のハチ公が蘇った。当然、見物人も驚く。

 ハチ公がいなくなった! と違う意味で大騒ぎ。ハチのいなくなった台座を各々がスマホをかざして写真や動画を撮り出した。

 一刻も早く凶暴なムカデを始末して、ハチ公を戻さないと――昴は、ハチの嗅覚を頼りにムカデを捜索、駆除に向かった。


 一匹ずつムカデを駆除するも、きりがない。

「一体、何匹いるんだ? これじゃきりがないぞ」

 たまらず松岡が言うと、

「ええい! らちがあかぬ」

 短気なサリナ先生が苛立ちを爆発するように言った。

「まとめて、一匹残らず殲滅せんめつするぞ!」

「でも、どうやって?」

「交差点だ。この近くに、変わった形の交差点があっただろう」

「変わった形の交差点? ああ、スクランブル交差点のことか。あそこって、魔法界でいうところのパワースポットなんスか?」

 興味深そうに吉川先輩が聞く。

「より魔法の力が発揮で来る、魔法陣に似ているのだ」

「スクランブル交差点が魔法陣? ちょっと似ているだけなんスけどね」

 首を傾げながら吉川先輩が言うも、

「要は、魔法を掛ける本人がその気になれば良いこと、強力な魔法が生まれるのだ」

「そ、そうなんスか……」

 魔法陣によって魔力が強力になるというマンガに有りがちな設定。  

 ポカーンと口を開けたまま、吉川先輩がサリナ先生を見た。


 特殊なスクランブル交差点が、魔法陣のように魔力を増幅させる。そこに、ムカデの大好物の餌をまいて誘き寄せ、一網打尽にするというサリナ先生発案の作戦。

「なるほど、いいアイデアだ」

 と一度は頷くものの、

「で、ムカデの好物って?」

 サリナ先生に聞くが、

「そんなもの、私が知る訳がないだろう」

「……」

 返す言葉が無くて、ただ愛想笑いするしかない。


 昴がスマホでムカデの好物を検索し皆に説明する。

「ムカデは夜行性の肉食動物。昆虫などの小型節足動物を捕食するそうで、生きたコオロギやバッタ、ヤモリが好物。ハムやソーセージなどの肉類も好むそうだ」

「好物が分かったところで、今からじゃ……」

「つべこべ言わずに、やる!」

 サリナ先生の檄に、

「あ、はい!」「はい!」「はい!」

 皆がそろって返事した。


 こんな時、24時間営業のコンビニは役に立つ。しかも父親のコンビニ。

 ――丁度、親父が休みで良かったよ。

「おや、昴クン、こんな時分にどうしたんだい?」 

 とバイトの先輩が声を掛けた。

「いや、それが……」

 昴は口を濁す。

「ははぁ~ん、さては親父さんと喧嘩でもしたんだろう。いろいろあるからな~」

 と、勝手に想像を膨らませるが、相手はオーナーの息子。それ以上は聞かなかった。


「ちょと、裏の倉庫に仕舞ってある食品ロス、処分しときますんで」

 そうバイトの先輩に伝えて、ゴミ箱と化した倉庫に行くと、

「うひゃ~! こんなに賞味期限切れの廃棄弁当があるのか。話には聞いていたが、こんなに……。毎日、片付けが大変だな」

 半ば呆れたような口調で松岡が言った。


「でも、これだけあれば、凶暴なムカデを誘き寄せるのには十分だな」

「人気の無い深夜で良かったよ」

 とはいえ、渋谷の街に全く人がいない訳ではない。

「おい、そこのチャラ男、厄介な警官を引き付けておけ」

 吉川先輩自らがおとりとなって、渋谷駅前交番の警察官を誘い出し、スクランブル交差点から遠ざけよと命じる。

「警官相手に、どうやって引き付けるんスか? 警官をからかうような真似すれば、公務執行妨害で即逮捕! ヘタすりゃ拳銃で撃たれますよ」

「じゃあ、これを着ろ」

 とサリナ先生が身に付けていたマントを渡す。

「安心しろ、これを着ていればある程度の攻撃は防げる」

「ある程度、って、完全じゃないんスよね。本当に、するんスか?」

「当たり前だ。凶暴なムカデ、今は残飯あさりだが、もっと大きくなれば人間を餌として食べるんだ。何より恐ろしいのは感染症。一夜にして全ての街の住人が感染し、想像以上の被害が出る。そうなれば手遅れになるのだぞ」

「はい、はい」

「はい、は一回で十分だ!」

「はいっ!」

 直立不動の姿勢で吉川先輩が返事した。



 渋谷駅交番の前でキョロキョロ、挙動不審の吉川先輩を見た警察官が表に出て来た。

 慌てて逃げ出す吉川先輩に、

「君、ちょっと待ちなさい! おい君!」

 警官が追って来た。

「待て! この変質者め」

 ――変質者? この俺が……まあ、この格好――マント姿じゃ、変だよな。

 今は、そんなこと言ってられない。ヤバイ! 捕まる。

 黒マントを翻翻しひるがえしながら逃げる吉川先輩にピンチが訪れた。

「待ちなさい! 待たないと撃つぞ!」

 まさか、一般市民には撃たないよな。

『パァーン!』容赦なく拳銃を発砲。

 ――撃ってきやがった!

 最初は威嚇射撃だったが、吉川先輩が立ち止まることなく逃げたために、警官はさらに発砲。

 体を貫通したかと思われたが、マントが防いでくれた。

 ――やっぱ、凄い!


 逃げる吉川先輩を警官が執拗に追い掛ける。

 そして、『確保!』と叫びながら吉川先輩にしがみ付いた。

 ――ここまでかぁー、吉川先輩が観念するも、

 マントが滑り、警官の締め付けをスルリと抜け自由になった。

『不審者はセンター街で見失い、依然、逃走中! 至急、応援頼む!』

 各交番から警察官が動員され、逃げる吉川先輩を追う。

 追跡の手を緩めない。


 渋谷の街は俺の庭のようなものだからな、と調子に乗って逃げる吉川先輩。

 勝手知ったる地元、見事に警官の追跡から逃れることが出来たが、待ち合わせのスクランブル交差点からはどんどん離れて行く。

 計画通り多くの警察官を引き付けることに成功したものの、吉川先輩には終わりの見えない逃走劇が待っていた。


 

 人気の最も少ない深夜二時、ムカデ殲滅作戦を決行。

 スクランブル交差点の中心に昴が持って来た、コンビニで余った弁当をブチ撒いた。

 そこにサリナ先生の魔法によって、より強力な匂いが発生、風に乗って一帯にその匂いが漂い始めた。

 好物の匂いに誘われて、ぞろぞろとムカデがスクランブル交差線に寄って来る。

 思った通り、街中に散っていたムカデが集まって来た。


 あとは、全てのムカデが集まるまで待つだけだ。

 ひと段落とばかりに、一息付いた。

 ――ふと、何か大事なことを忘れていないだろうか、と昴が気付くも、

「ん? ケーキを買い忘れたことか?」

 アズが答えるが、

「そんなことじゃないだろ。アズはすぐに食べ物に置き換えるんだから。まあ、いいか」

 と呆れる昴。

 吉川先輩のことをすっかり忘れていた。

「ところで、肝心の吉川クンは?」

「一体、どこまで警官をまいているんだ?」

「ひょっとして、捕まったんじゃないかしら」

「たく、世話の焼ける奴だ……」

 面倒臭そうに言ったサリナ先生がホウキにまたがると、一気に空高く舞い上がった。



 サリナ先生が逃げ惑う吉川先輩を見付け、急接近。

「サリナ先生ぇーい!」

 と手を振りながら吉川先輩が叫ぶ。

「後ろに乗れ!」

「こんな弱々しい乗り物に、二人乗りして大丈夫なんスか?」

「魔力とは本来、人間にも備わっているもの。それを私が引き出してエネルギーに変えるのだ。だから二人乗りでも三人乗りでも重さは感じない。ただ、あいつだけは違う。魔力の強いアズは己の力だけで飛んでいる。一体、どこからそんな力が湧いて出てくるのか、全く不思議な子だ……」

「そうなんスか……」

「振り落とされないよう、しっかりつかまっていろよ」

 とサリナ先生が振り返りながら一緒に乗っている吉川先輩に声を掛ける。

「あ、はい!」

 腰に手をまわし、体を密着させる。

 吉川先輩がこれ見逃しに、サリナ先生に力強くしがみ付いた。

「こら! 力が入り過ぎだぞ」

 との声に、

「俺、高所恐怖症なんスよ」

「そうか、それでは仕方いな。怖がらせて悪かった、もう少しの辛抱だ」

 サリナ先生が同情するも、調子に乗った吉川先輩が余計なことを言う。

「こうして抱き締めていると、先生って見た目よりガッシリしていて引き締まった体、くびれた腰のナイスバディなんスね。しかも良い匂いがする。香水なんて付けてないのに。ひょっとして、美人にしか備わっていないと噂されるフェロモンなんだ。う~ん、たまらん。で、この上の胸の方はどうなっているのかなぁ」

「貴様、ここから突き落とされたいのか」

 低い声で言った。怒りがにじみ出ている。

「じょ、冗談ですよ、冗談。でも、これだけは本気です。俺と付き合って欲しいんですけど、俺とじゃ駄目ですか?」

「私と付き合うだと?」

「はい。俺にとって先生は魅力的で、今まで付き合ってきた誰よりも素敵です」

「お前、自分がモテることをシレ~ッと、ただ自慢したいだけだろう。嫌味な奴だ」

「ち! 違いますよぉ。俺、先生に一目惚れしたんです。付き合うなら先生しかいないって」

「学生の分際で私と付き合うなどと、十年早いわ!」

 そう言われ

「十年か……」

 と、フラれて意気消沈、急に落ち込んだ。

「でも、よく頑張ったな。お前のお陰で、任務遂行が出来そうだ」

 サリナ先生が吉川先輩の労をねぎらう。

「いや~ぁ、こんなこと、どうってことないスよ」 

「ムカデどもが集まって来た。あとは総仕上げだ。皆が待っているぞ」

「あ、はい!」

 吉川先輩が大きな声で返事する。

 立ち直りも早かった。



 スクランブル交差点の上空で止まったサリナ先生。

 サリナ先生が右手を上げ、その手に念を込めると、指先が光り、その光に導かれるように雨雲が発生した。

「来るぞ! 先生の雷、耳を塞がないと、あとでキンキンするから」

 アズが注意を促すと、みなが一斉に耳を塞いだ。


 サリナ先生が渾身の力を込めて、右手を振り下ろす。

 すると、眩いばかりの閃光を放つと共に、雷鳴が響き渡った。

『バリバリ、バリィーー! ドッカーーン!』

「ヒィーー!」「きゃーー!」

 悲鳴を上げ、昴が、松岡や宮崎さんが恐れおののいた。


 雷が群れを成すムカデに直撃――繁殖した全てのムカデを一網打尽にすることに成功。

 魔法陣? と思い込んで力を発揮したのか、想像以上の破壊力によってムカデを一網打尽にすることが出来たものの、予想外の副産物が残った。

「あら、まあ」「でも、これじゃー……」

 サリナ先生の必殺技の一撃で、スクランブル交差点のど真ん中に大きな穴が開いてしまったのだ。


 上空から吉川先輩と降りて来たサリナ先生が、真っ青な顔をする昴達を見て、

「いいではないか、被害の出ない道路に穴が空いたぐらいで、そんな驚く顔をするな」

 と言うが、

「ま、まあ、被害が無くて良かったけれど……一応、ここ、観光名所なんですけど……」 

 サリナ先生には聞こえないような小さい声で昴が呟いた。

 サリナ先生の使命は果たされたかに見えたのだが……。


 大きな穴が開き、底の見えない奥の方から風が吹き出している。

 ハチが尻尾を下げたまま穴に近付いた。

 ハチが怯えている。

 みんなが恐る恐る穴の中を覗き込むと、『コポコポ』底の方から音が聞こえてくる。

 突然、間欠泉のように水が噴き出した。

 ――水道管の破裂?

 30メートルほどの高さに上がった水が、触手のように6本に枝分かれしたかと思うと、みんなを縛り付けて穴の奥へと引きずり込んだ。


『ワン、ワン、ワォーーン』

 道路上でハチの遠吠えが一帯に虚しく響き渡った。


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