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4話 祭りのあと

 ハロウィンの翌朝、廊下を『バタバタ』と走る足音が響き渡る。

 昴が部屋を出ると、お尻を手で押さえながら困り顔のアズ。

 何故かアズが恥ずかしそうにモゾモゾとしている。

 ははぁーん、さては、と昴がニヤリ。

 昨日、あれだけ食ったんだ、さすがに我慢出来ないんだろう。まあ、生理現象だから仕方がない。そこは女の子なんだな、恥ずかしくて言い難いんだろう、と昴は思ったが、

「うんちしたいんだけど、場所が分からないんだぁ」

 ――場所? そこかよ!


 アズをトイレに連れて行く。

「変わった便器だな。どう使うんだ?」 

 初めて見る便座にアズが首をかしげる。

 昴がアズに分かるように温水便座の使い方の説明をした。


「ちゃんとお尻を洗ってくれるから。最初は驚くけどな」

 昴が言ってクスッと笑う。

「これが、おしりを洗ってくれるのか? ふぅ~~ん」

 理解出来ないアズが再び首をかしげた。


 しばらく昴が部屋で待っていると、アズが入って来た。

「あぁー、一杯出て、すっきりしたぁー」

 満面の笑顔でアズが言う。

「一杯出たって、俺の前で言うな!」

「でも、不思議だな。便器の中に人がいるのか? 噴水が狙い打ちだったぞ。あんな狭い所に人間がいたんじゃ、可哀そうだよ」

「人間?」

「うん。おぉーーい、って呼んでも返事しないんだ」

「……あのな、あんな小さい便器の中に人間がいる訳ないだろ。第一、知らない奴がいて、下からのぞかれるだぞ、一番見られたくない行為を」

「そうか、良かった。あんな狭い所に閉じ込められていたんじゃ、可哀そうだよな」

「良かったって……言っとくけど、便器の中に人はいない。普通、見られると嫌だろ」

「あ、そうだ! 出たもの、見るか?」

「馬鹿! お前、流してないのか。早く流して来いよ!」

 と声を荒げて昴が言うが、

「冗談だよ」と言って「にぃ、シシシ、しぃー」とアズが笑う。

 無邪気に笑っているアズの顔を見ていると怒る気にはなれない。

「お前な、昨日も言ったけど、女の子なんだからその下品な言い方はやめろ。年頃の女が……」

 まるで男同士の会話だな。女っ気、ゼロだ。

 無知というか、恥ずかしさを知らないというか、恥じらいってもんが微塵も無い。やっぱりこいつ、ズレてる。

 まだ子供だな、と呆れる昴だった。


 白を基調とした清潔感溢れるダイニングルームのキッチンで、昴が朝食の用意をしていると、麻耶が起きて来た。

 眠たい目をこすりながら所定の場所に座る。その横にはアズが、朝食の料理を楽しみに行儀良く座って待っていた。

「麻耶、時間がないからチャーハンな」

「ちゃーはん?」

 初めて耳にする名前。

「焼き飯のことだよ。レンジでチンすれば出来るんだ。いつもはトーストと目玉焼きなんだけど、起きるのが遅かったからな。ボリュームがあって美味しいぞ」

 電気ケトルに水を入れて湯を沸かし、冷凍チャーハンを電子レンジに入れる。昴が手際良く朝食を作る。


 テーブルにチャーハンと中華スープを置いた。朝飯の完成だ。

「一杯出たんだろ、遠慮なく食えよ」

 との昴の言葉に、

「いっぱいって?」

 麻耶が昴に聞く。

「あ、今は食事中……なんでもないよ」

 ――つい、アズのペースに。アズといると、こっちまで下品が伝染するよ。


 丁度その時、夜勤の父親が帰って来た。

「あの子、誰だ? お前、彼女を連れ込んで来たのか」

「そ、そんなんじゃないよ。彼女、家出したんだって」

「家出って、それ、マズイだろ、事件になるぞ。警察沙汰はご免だからな」

「ん……。実は、彼女、自殺志願者なんだ」

「自殺って――」

 父親がアズに目を向けるが、大きな悩みを抱えて自殺を考えるような気弱な人間とは無縁、そんな深刻そうには見えない。

 父親と目が合ったアズが、「こんにちわ」と愛想良く挨拶する。

「……嘘、冗談だって。連れの妹、頼まれちゃって」

「全く……今日だけだぞ、別に泊まるのはいいが、怪我でもさしたら大問題だからな」

「分かっているよ」

 と昴は弱々しく返事すると、父親は疲れた様子で寝室に向かった。

 そうだよな、ずっとは泊められない。松岡に、いや、宮崎さんの所に泊めてもらうように頼んどこう。この世界の人間じゃないから事件にはならないだろうけど、魔女だと知られたら、それこそ大変だ……。


「今から俺、学校に行くから、麻耶と一緒に大人しく待っているんだぞ」

 好奇心旺盛なアズが、ジッと部屋にいる訳はない。

「授業のある日にうろついていたら、昨日みたいに警官に補導されるからな。絶対に、絶対に外に出歩くなよ」

 と昴がアズに念を押した。

「うん、分かった」

「それと、人前で魔法は使うなよ。大騒ぎになるから」

 アズの耳元で、小声で昴が言うと、

「おう、分かった、約束は守るよ。この世界にいられなくなるんだろ」

 ちゃんと分かっているんだな、と安心した昴がチャーハンを頬張るように口に含むと、

「残りは全部食え、じゃあ俺、行って来るからな!」

 大慌てで昴は家を出た。



 昴が学校から帰ると、アズと麻耶がいない。

 どこに行ったんだ? 学校のある日に外に出歩いちゃ補導される。ましてやアズは魔女、好奇の目で見られる、いや、晒されるんだ。そう思うと心配でならない。


 スバルの心配をよそに、アズが帰って来た。

「どこに行ってたんだよ!」 

「スバルの父ちゃんと一緒に、お店で手伝いしていたんだよ。ご褒美にスイーツをくれたんだ。美味しかったな、マヤ」

「うん、コンビニスイーツ」

 父親の手伝いをして喜んでくれると思っていたアズだが、

「何勝手に出歩いてんだよ! ジッと大人しく待っていろって言っただろ」

 声を荒げて昴が言った。

 約束を守らなかったアズに怒りを覚える。

「なんだよ、そんなに怒んなくてもいいだろう」

 アズが口を膨らませた。

 スネていることは分かる。感情が透明ガラスのように丸見え、実に分かり易い。

「俺、外出するなって言っただろ! 中坊が、昼間っからウロウロしていたんじゃ、補導されるんだぞ。俺との約束が守れないのなら、出て行けよ!」

「ちょっとぐらいいいだろう。外の世界が見たかったんだよ」

「お前がいると迷惑なんだ。男みたいなもの言い、もっと女らしく出来ないのかよ」

「オレ、オレはスバルに……」

「どこにも行くな、出掛けるなって約束しただろう。お前は、他の奴らから見れば化け物なんだぞ!」

 とアズの反省のなさに語気を強めて言った。

「オレが、バケモノっ……て」

 魔女にとって、一番言われたくない言葉。

「お前みたいな魔法使いは、俺達にとってバケモノなんだよ!」

「バケモノ……そんな目で、オレを見ていたのか……」

「いや、そうじゃない。世間の常識を知らないから勝手に外に出るなって言ったんだよ」

「もう、いいよ!」

 アズが勢い良く出て行った。

「お兄ちゃん、酷いよ。私が外に出たいって頼んだのよ。アズのお姉ちゃんが外に連れて行ってくれて、お父さんのお手伝いができて嬉しかったのに」

「――そうだったのか……」

 まあ、そのうち帰って来るだろう。行く所はないんだし……。


 そう自分に言い聞かせ、昴は家で待つことにした。

 しかし、待てども待てどもアズは帰って来ない。

「もう、お兄ちゃんのせいだからね!」

 と、麻耶が怒り出す。

 ――なんでだよ、全く。あいつのために言ったのに、なんで俺が悪者になるんだよ。

 あいつ、この世界のことなんにも知らないのに、人間はみんな良い奴って思い込んでいるんだ。正直者のだからこそ、悪い奴にそそのかされ、付いて行ってしまう。そう思うから、アズのことを思ったからこそ強く言ったのに……。


 キツく当たるのは、なんでも素直に聞くお人好しのアズを思ってのこと。

 しかしながら、『バケモノ』という言葉は、魔女が一番傷付く言葉。

 言い過ぎた、と思いつつ、昴は意地になってアズを探そうとはしない。

 不安が募る一方。

 本当に、魔法界に帰ったんじゃ……。根比べは負けとばかりに、昴は重い腰を上げた。

「仕方ない。あいつ、道に迷って、帰れなくなったんだろう……」



 昴は思い当たる場所を探した。

 心当たりのある場所は一つ。まさかあいつ、あの店に行っていたんじゃ……。

 昨夜、寄った洋菓子店。

 女性店員に聞くと、

「ああ、来ていましたよ」

 案の定、アズは来ていたと言う。


「彼女、ここで働きたいと一生懸命にお願いしていの。作り方の勉強をしたいって。お世話になった誰かに、一番に食べてもらうんだって。きっと君のことだと思うんだけれど、照れて、誰かは言わなかったわ」

「俺に?」

「そう、嬉しそうに言っていたわよ」

 ――俺に一番に食べてもらいたいだって……あんな酷いこと言ったのに、怒っているどころか、お世話になった人、か。

 アズが約束を破って、言い付けを守らなかったからつい、バケモノだなんて……今更ながら、酷いことを言ったな。


「でも、学生さんじゃ、雇えない。親の許可が無くてはね。彼女、学校の方はどうしているのかしら? 一見、小学生に見えるけれど、中学生よね」

「あの、彼女、病気なんで……」

 と言ったところで口ごもる。嘘は付けない、と。

「そう、あの子、病気なのね」

 違うとは感じつつも店員は昴に合わせてくれた。


「真剣に頼んでいたの。昨日会った時の、おっとりとした顔じゃなく、真剣な顔立ちだったんですよ。私どもとしても雇いたいのはやまやまなんですけど、問題があったんじゃあ……」

「分かってます。お邪魔しました」

 と頭を下げて昴は店を出た。


 

 一体、どこに行ったんだよ。帰る場所なんて無いのに……。

 渋谷の街を探し回っていた昴が、ついにアズを発見。

 ハチ公前広場にアズがいた――。

 途方に暮れたアズが、一人寂しそうにベンチに座っている。

「アズぅー!」

 アズと目が合いうと、アズが慌てて立ち上がって逃げだそうとするが、

「どこ行くんだよ! 帰るとこ無いんだろ」

 と昴が引き留める。

「だって、オレ……」

 アズが言いながら気まずそうにうつむいた。

「今まで、どこに行ってたんだよ、心配したんだぞ」

 優しい口調でアズに話し掛ける。

「怒ってないのか?」

 ゆっくりと顔を上げ、昴の顔を見る。

「もう、怒ってないよ。俺、探したんだぞ。麻耶だって心配していたんだから。そもそも、麻耶のために外に出たんだろう。塞ぎがちの麻耶の気を晴らそうと、気分転換に。酷いこと言って、悪かったな。俺はアズのことが嫌いで言ったんじゃないんだ。人間、良い奴ばかりじゃない。お金のためなら平気で人殺しもいとわない凶悪犯がいる。アズは女の子だから、JT(女子中学)ビジネスとかあるからな、犯罪に巻き込まれたら、命の危険だってあるんだぞ」

「心配ない。オレ、逃げ足だけは速いから」

「まあな、なんたって魔法使いだから。でも、むやみに使うんじゃないぞ、大騒ぎになるんだから」

「うん、分かってるよ。ずぅーっと約束は守って、一度も魔法は使ってないから」

「そうか、良く我慢したな」

 と昴が褒める。

「……オレ、スバルに良くしてもらったのに、何も出来なくって……オレ、スバルに恩返ししたかったんだ」


 急に上を向いて固まっているアズ。

「どうしたんだ?」

「こうしていないと、こぼれ落ちるから」

 見ると、アズの瞳の上に涙があふれんばかりに溜まっていた。

「馬鹿だな。こういう場合、我慢せずに泣けばいいんだよ」

 昴にうながされ、堰を切ったように『うぇ~~ん!』とアズが泣き出した。

 周りの見物人の鋭い視線に、

「ま、待て! やっぱり泣くな」

 アズの頭をポンポンと軽く叩きながら、

「よしよし」と慰める。

「そうか……お前、昨日行ったケーキ屋さんに行ってたんだよな。そっか、アズはケーキ作りの職人になりたいのか」

「うん。オレ、パティシエになるんだぁ。そしたら、スバルに一番に食べてもらうからな」

「分かった、分かったよ」

 笑顔を見せる。

「アズ、お前帰る所がないんだろう。だったら家にいればいいよ」

「じゃあオレ、こっちにいてもいいんだな、スバルと一緒にいても、怒らないんだな」

「ああ、父さんを説得するから、気の済むまで一緒にいればいい。麻耶だって、お前がいてくれると嬉しいだろうから。その前に、服、お前、その一着しか持ってないんだろう。なら服を買わないとな。ずっとこっちで暮らすんだったら、下着もいるだろうし、父さんに頼んで小遣いを前借りするよ」 

 思わぬ出費に昴が頭を掻いた。

 でも、昴にとっては嬉しい出費だ。


「そういや、昼は何を食べたんだ?」

「スバルの父ちゃんが起きて来て、料理を作ってくれたよ。マヤと三人で食べて、楽しかった。あれを家族っていうんだよな。オレ、家族がいないから、何か嬉しい気持ちになったんだぁ」

「そうか、そうか、良かったな。小遣いが入ったら、食べ放題の焼き肉屋に連れて行ってやるよ。そこは好きなだけ食べてもいんだ。大食いのアズにはもってこいの店だろう。アズがいると、しっかり元を取れるからな」

「焼き肉かぁ」

 新たな食べ物に、それまえ落ち込んでいたのが嘘のように元気を取り戻しケロッとしていた。

 その時、

「あ、ゲジゲジ!」

「ゲジゲジ? なんだそれ」

「手足の一杯生えた、細長い生き物だよ」

「ああ、ムカデのことか」

「今、足元をって行ったんだ。一匹じゃなく、何匹もいただろう」

「そんな馬鹿な、こんな街中にムカデなんていやしないだろ。きっと見間違いだよ」

 と昴の言葉に、

「ふぅーん、そうかな」

 とアズも見間違いだと思った。


「スバル、あの犬は何? どうして、多くの人がいるんだ?」

 忠犬ハチ公の銅像を指差しながらアズが聞くと、昴が説明する。

「ここはハチ公前広場っていう、若者の待ち合わせ場所なんだ」

「ふぅ~ん、あの犬、ハチって言うのか」

「そう。忠犬ハチ公って言う、立派な犬の銅像なんだ」

 待ち合わせの定番で多くの人で賑わうハチ公前広場。

 夕方過ぎのハチ公前広場は非常に混み合い、多くの若者に中には、カップルが抱き合っている。

 刺激的な場所に変わっていて、アズにとっては不思議な光景に見えた。


『やっと見付けたぞ! アズ』

 振り返ると、人混み中に見覚えのある人物が――。

「あ! 先生」

 サリナ先生が人間界に来ていた。

 アズを魔法界へと連れ戻すために。

 赤い髪の女性、紫色のロングワンピース姿で、半端ないオーラ―を放っている。アズと違って大人の魔女、凄みがあった。

 場違いの異様な雰囲気を放つサリナ先生は注目を浴びるも、周りの視線を気にせずに昴の方に歩み寄った。


「さあ、帰るぞ。相変わらず騒動を起こす問題児だな。とにかく無事でいてくれて良かった。お前にもしものことがあったら、担任の私が責任を負わされるのだからな」

 そう言って、アズの手を握って強引に引っ張る。

「……良かったじゃないか、迎えに来たんだろう。魔法界に帰れるんだ……」

 思いとは裏腹に、昴はアズを追い出すような言葉を掛けた。

「オレ、帰らないぞ! ずっとこっちで暮らすんだ。オレ、パティシエになる。そして、優しく接してくれたスバルに、一番に食べてもらうんだ」

 言いながら、アズはサリナ先生の手を放した。

 呆れ果てるようにサリナ先生は頭を押さえる。


 振り向いたアズが、泣きそうな顔をしながら昴に言った。

「ずぅーっといてもいいって、さっき言ってくれたじゃないか!」

「言った、言ったけど……それは……」

 心が揺れ動く。

「パティシエだと、何を戯言たわごとを。お前の勝手な行動で、皆が迷惑してるのだぞ。そもそも、魔女が人間界で暮らしていける訳がなかろう。頭を冷やせ!」

「人間は先生の思っているより悪くはないし、良い人達ばかりなんだ」

「それは、お前の魔力を利用したいだけだろ、何故気付かないのだ」


 二人のやり取りに、見兼ねた昴が口を挟む。

「本人が帰らないって言ってるんだ!」

 即座に、サリナ先生が昴を睨む。

「ウッ――」

 サリナ先生の迫力に昴は思わず息をのんだ。

 大人の魔女、さすがに迫力がある。


「人間と魔女は相容れぬ存在なのだ。お前は何が目的だ? どうせ、アズを見世物にしようと企んでいたのであろう。出来は悪いが、私にとっては可愛い生徒。もう、アズには関わるな」

「そんなことするかよ! アズは仲間なんだ、家族なんだよ。そう思うからこそ、アズにはいて欲しいんだ」

「嘘を付け! そんな上っ面な言葉のなど聞きたくはない。人間の言うことなど、信用で出来るか! おい、少年!」

 とサリナ先生が睨むが、昴はひるまず、

「俺の名前は松本昴だ。ちゃんとした名前があるんだよ」

 すかさず言い返す。

「スバル、オレ、こっちにいても良いんだな」

「ああ、俺もアズにいて欲しい。だから気の済むまでいればいい。麻耶もアズにいて欲しいからな」

「本当か! オレ、いてもいいんだな」

「ああ、ずっといて欲しいんだ」

 素直に言った。


 昴の意を組み取ったアズが、昴の手を握り走り出す。

「――お、おい! どうしたんだよ、急に」

「このままじゃあ魔法界に連れ戻されてしまう。オレ、人間界にいたいんだ、だから」

「そうか、なら遠慮はいらないな。俺もアズにいて欲しいから、全力であの先生を振り切るぞ!」

 二人は全力で走った。

「……まったく、人間に感化されよって」

 サリナ先生も、逃げ出した二人を追った。


 全力疾走の昴とアズだが、振り向くと、すぐ後ろにサリナ先生が付いて来ている。

 このままじゃ追い付かれる。

 魔法を、アズの魔法だけが頼りだ。

「なんであの時みたいに『えい!』って、魔法を使わないんだよ!」

「だって、スバルと約束しただろ。魔法は使わないって」

 ――そこは素直なんだな。と感心するも、

「あのな! 身の危険が迫っているんだ、この場合はいいんだよ。時間が無いんだから、魔法で逃げればいいだろ!」

「そうなのか、じゃあ」

 そう言ったアズが、振り上げた右手に気を集中すると、「えい!」と声を上げながら振り下ろす。

 すると、二人は一気に飛び上り、サリナ先生の視界から消えた。

「うっ!」

 サリナ先生の足が止まった。

 ――あいつ、大人並みの力がある。まさか、アズは……。

 サリナ先生がアズの魔力に驚く。


「先生は怒ると怖く、カミナリを落とすんだ」

「カミナリって、あのゴロゴロって鳴る雷か?」

 上空高くまで飛び上ったが良いが、飛行操縦の出来ないアズ。

 最高点まで飛び上がると、今度はゆっくりと落ちて行く。


 繁華街から逸れた、人気の少ない路地裏に二人は降り立った。

 街の喧騒と距離を置くようにメインストーリーから入り込んだ路地裏。しかし、サリナ先生もしっかり付いて来ている。

 二人はサリナ先生の追跡から逃れようと細い道に入ったが、その先は行き止まりだった。  

 もう逃げ場は無い。二人は追い詰められた――。


「やれやれ、痛い目に遭わねば分からぬようだな。なら」

 と、サリナ先生が狙いをアズに定め、人差し指に力を込めた。

 閃光がアズを直撃――。

「ぎゃぁー!」

 アズの悲鳴とともにその場に倒れた。

 ――雷? あいつ、強力な魔法を使う魔女、大魔女だ。

 そんなことよりアズが、と慌てて昴が駆け寄る。

「アズ! 大丈夫か、しっかりしろ」

 アズの体をゆすり、声を掛ける。


「うぅ~~ん」

 目覚めたアズが昴を見るなり、

「……お前、誰だぁ?」

「何言ってんだよ、俺だ、昴だよ。俺をからかってるのか」

「スバル? 知らない」

「お前、頭でも打ったのか?」

「そいつは、私達が恐れる人間だ」

 サリナ先生が口をはさむ。

「人間?」

 そうアズが呟くと、昴の手を振り払って、サリナ先生の元に駆け寄った。


「お、おい!」

 昴が呼び止めるも応えようとはせず、サリナ先生の後ろに隠れるようにして昴の方を見る。

「先生、怖いよぉ」

 怯えるアズ。

 まるで、昴のことを知らない仕草だった。

「まさか! あんた、アズに何かしただろ」

「サリナ先生、なんであいつ、オレの名前知ってるんだ?」

 不安そうな顔でアズが聞く。

「俺だよ、昴。いつもスバルって呼び捨てしてただろ」

「スバル?……」

 名前を言いながら、昴を敵視するように見詰める。


「諦めろ。記憶を消した。もう、お前の記憶はアズの中には無い」

「忘れたのか! 妹の麻耶と一緒に泊まったんだぞ。ケーキだって寿司だって、一杯食べただろ! 忘れたのかよ」

 自分のことを忘れられるのが一番嫌で、昴はアズに必要に迫る。

「先生、怖いよぉー」

 昴の必死の形相に、恐怖を増したアズが力強くサリナ先生にしがみ付く。

「あれが、最も恐ろしい人間の正体だ」

「恐ろしい、人間……」

 でも、そんな怖そうな人間には見えない。

 しかし、必死に訴える昴を見詰めるも、何も思い出せない。

「さあ、帰るぞ、魔法界に」

「……うん」

 一瞬、昴の方を見るもアズは振り返り、サリナ先生と一緒にスゥーッと消えた。


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