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終話 10月31日

 10月の初め、昴たち三年生にとって最後の文化祭が開催された。

 神宮南高校の文化祭は一般公開され、多くの近隣住民が駆け付ける。当然、昴の家族も見に来るだろう。


 毎年、クラスの出し物を何にするかで悩むのだが、昴のクラスはそうではなかった。

 昴のクラスは、サリナ先生の気を引こうと自ら立候補し、学級委員になった吉川先輩が勝手に決めたからである。

 文化祭の最後に行われる文化祭ライブ、そのサポートをクラスの全員で協力することになったのだ。

 強面こわもての吉川先輩の決定に、誰も文句が言えない。


 昴のバンドの出番は午後から。せっかくの文化祭を楽しもうと、バンドメンバーで各クラスの催し物を見て回った。

 その時目にとまったのが、文化祭の定番であるお化け屋敷だった。

 カップルの松岡と宮崎さんは、さぞ盛り上がるだろう。


 クオリティの高いお化け屋敷。暗い所や狭い所が苦手な昴は、みんなの後ろに付いて行く。

「たかが、高校生が作ったお化け屋敷だぞ、そうビビるなって」

 ビクビクしている昴に松岡が笑いながら言った。

「してねえし!」

 強がって言い返すが、

『キャーキャー』

 と廊下まで響き渡る悲鳴に、昴はゴクリと唾をのむ。


「お前、お化け屋敷怖くないのか? 女の子だし、普通、暗いのは苦手だろ」

 アズに同情してもらおうと昴が言うが、

「オレ、ずっと電気の無い所で生活していたから、暗い所には慣れているんだ。スバルが怖いなら、オレが守ってあげるよ」

 と、吉川先輩がサリナ先生に言った決めゼリフをアズが真似するように言った後、

「そうか、スバルは暗闇が怖いのか。そうか、にぃ、シシシぃ~」

 余裕の笑顔を見せる。

 守るだって――、逆だろ。

 チェッ、とんだ恥をかいた。


「アズだって、としまえんプールに行った時、泳げなくて、ずうっと浮き輪にしがみ付いていただろうが」 

「だって、足が底に付かないんだぞ、溺れるよ」

「なんでも器用に出来るアズちゃんにも、苦手なものがあるんだな」

 と松岡が言うと、

「さっそうと空を飛べるのに、泳げないカナヅチだなんて、やっぱりアズはズレているよな」

 馬鹿にされたアズに仕返しとばかりに、昴が言い返す。

「何競い合ってんだよ。お前、意外とちっちゃい男なんだな」

 大人げない対応に松岡が呆れた。 


 松岡と宮崎さんのカップルはどんどん進んで行き、腰の引けた動きの遅い昴は、真っ暗な通路内でアズと二人きりになる。

 これ、なんかヤバい気がする。

 昴の不安は的中――。

『ガォーー!』

 突然、背後から襲い掛かるお化けに、アズが反射的に魔法で応戦。お化け役の生徒を吹き飛ばした。

「ご免……つい、魔法を」

 見ると、生徒が泡を吹いて気を失っている。

「いいよ、いいよ、とっさに俺を守ってくれたんだ。悪気は無かったんだし、気にするな」

 と昴が言いつつ、このままじゃあ可哀想だな、とは思うものの、お化け役は、ただ寝ているだけの方が怖いよな……。

 そおっと、その場から離れた。



 歩きながらでも手を汚さずに食べられるクレープを食べながら、他の出し物を見て回る。

 アズが食欲をそそる、ソースの匂いに釣られて模擬屋台に入った。

 熱々の焼きそばとたこ焼き。模擬屋台で昼食代わりの食事をとった。

 ライブの前に、しっかりと英気を養わないとな。と、昴は美味しそうに食べるアズを見る。自然と頬が緩んだ。


 またまたアズが気になって、

「今度はあそこ、あそこに入ろうよ」との催促。

 今度はタピオカ屋さんに入って、一番人気のタピオカミルクティと、いちごミルクをそれぞれが飲んだ。

 

 喫茶で一息、くつろいでいると、

「もう、キスはしたのか?」

 不意に松岡が言って、昴とアズの二人に興味の眼差しを向ける。

『ブーーッ!』

 思わず、昴が飲んでいるジュースを吹き出した。


「ば、馬鹿! なんてこと聞くんだよ」

「そんなに驚くことか?」

「俺達、付き合ってないからな」

 真っ赤な顔をしながら昴が拒否するが、

「学校中、知れ渡っているぜ」

 と松岡が言い、

「呆れたぁ、まだそんなこと言っているの。男なんだから、ちゃんと責任取りなさいよね」

 宮崎さんが追い打ちを掛ける。


「責任って……」

 動揺した昴が誤解を解こうとアズに救いを求めるが、

「きすって、ちゅうのことだろう。オレ、嫌だったのに、スバルに強引にやられたんだぁ。怖くて、ずぅーと泣いたよ」

 アズがとどめを刺した。

「――強引に、か!」「女の子の純粋な気持ちを踏みにじるなんて、酷いよ!」

 松岡と宮崎さんの鋭い視線。

「嘘付くな!」

 慌てて昴が言った。


「だって、なんにもしてくれないんだもん」

 と日ごろの不満を晴らすようにアズが言うと、

「こういうことは、口に出して言うもんじゃない!」

 昴が怒るも、

「アズちゃんの言う通り、口に出して言わないと、お前は進歩が無いからな」

 松岡の言葉に、

「じゃあ、お前達は」

 と松岡と宮崎さんの方を見ると、何も言わず二人が微笑んでいる。

 ――あの仕草、キスしたんだな。

 実に、羨ましい……。


「で、どうなんだよ、アズちゃんのこと」

 松岡が核心を突く。

 松岡や宮崎さん、そしてアズの三人の視線が昴に集まる。

「そ、それは…」

 その時、吉川先輩からの電話が――ライブの準備が出来たという知らせだった。



 昴達がライブ会場となる体育館に着くと、

「こんなに……」

 超満員の会場に昴は驚いた。

「こんなに、人が集まっているのか……」

 松岡も驚きの声が漏れる。

「有名なミュージシャンが来てるって訳でもないのにね」

 宮崎さんも不思議そうに言うが、

「もちろん、俺達サンダーが目当てだろう」

 さも、当然のように昴が言う。

「さあ、自信を持って行こう! 俺達、軽音部が輝けるのは、この文化祭ライブだけだからな。後悔しないよう、燃え尽きようぜ!」

 松岡が鼓舞するようにみんなに言った。


 午後からは、文化祭を締めくくる、軽音部によるバンド演奏が披露される。

 目玉はなんと言ってもサンダーによるライブ。それを一目見たくて、遠方からも集まって来るほどの人気ぶりだ。

 病気の回復した昴の母親と妹の麻耶も応援に駆け付けてくれていた。


 ボーカルはもちろんアズ。

 天使の歌声。それを聞きたくて会場は満席。プロのミュージシャンにも引けをとらない盛況ぶりで、文化祭の目玉となっていた。


 小柄なアズには、エレキギターが大きく見える。だけど、この会場内で一番輝いている。

 そんなアズと一緒にいられるんだ。夢に見たメジャーデビューも夢じゃない。

 でもその前に、壁を越えないとな。

       

 そんな昴の意気込みを感じたアズ。しかし、会場は超満員。大勢の観客の視線が一気に集まり、アズはその場の異常な雰囲気に気後きおくれる。

 アズが珍しく緊張するも、

「緊張するのは、人間界に慣れたってことだよ。いつも通りでいいんだぞ、お前なら出来る。この日のために練習したんだから、きっと成功するさ」

 そう昴が声を掛けると、アズは大きく頷く。

 そして、ゆっくりとエレキギターの弦を振った。


 一曲目は場の空気を考えて、誰もが盛り上がれるように有名なバンドの邦楽ロックを選曲した。

 もう何百回と聞き、練習してきた曲。再生するようにアズは歌う――。

 アズが歌い出すと、誰もが透き通ったアズの声に吸い込まれ、聞き入った。

 誰もが知っているアップテンポの曲が会場に響き渡り、ライブコンサートのように盛り上がった。


 二曲目は、激しい曲とは打って変ってバラード調。サンダーのオリジナルの曲だ。

 作詞・松本昴。作曲・吉川貴志。

 アズと初めて会った時のこと、そして、同じ高校での学園生活、その楽しい思い出。大切な人への真っ直ぐな想いを丁寧につづったバラード風の曲。

 歌詞が心に響く。それまでの会話が無くなり、会場が静まり返った。

 体育館に、ギターを弾きながら歌うアズの美声だけが聞こえてくる。


 これから先の将来のことに、沢山の不安や戸惑いを抱える学生の気持ちを代弁してくれ、最後には未来が輝いている、と希望を与えてくれる歌詞に涙を流す者もいた。


 演奏が終わると、顧問のサリナ先生が手を叩いて、メンバーの労をねぎらう。

 すると、シーンと静まり返っていた会場が、割れんばかりの拍手が体育館に響き渡った。

 拍手は鳴りやまず、続くアンコールの声。

 こうして、サンダーのライブは大盛況のうちに幕を閉じた。


 演奏を終えたサンダーのメンバーに、スーツ姿の男性が近付いて来て声を掛けた。

「あの、君達は芸能界に興味はあるのかい?」

「はあ~、あんた、誰?」

 吉川先輩が皆の前に出て睨みを利かすように聞いた。

「失礼。私は某事務所の関係者だよ」

 芸能事務所のマネージャーだと分かった途端、

「え!」「うそぉ!」「マジでぇ!」

 メンバーが驚きの声を上げる。

「やっと会えた。実は、君達を探していたんだよ」

「探していた? 俺達を」

「ネットで話題になった動画の少女。場所が場所だけに、誰もがCGだと思い込んでいたようだが、私は本物、きっとどこかにいるだろうと探していたんだ。二曲目の歌は、君達のオリジナルの曲だね。美しいメロディに、心に響く詞。実に心に残る最高のバラードだった。メジャーで通用する歌だ」

 マネージャーがお世辞じゃなく、本気で褒めてくれた。

 バンドメンバーが思わずガッツポーズ。

 夢が叶い、現実になった瞬間だった……。

 


 10月31日、ハロウィンの当日。

 授業が終わって自宅に戻ると、昴はコンビニに向かう。今日も引き継ぎが遅いんだろうな、と沈んだ気持ちの昴。彼の足取りは重かった。


 コンビニ内の整理をしていると、自動ドアが開いた。

「スバルぅ! 迎えに来たぞぉ」

 アズが入って来た。

 見ると、三角帽子に黒いマント。魔女のコスチュームでバッチリ決めていた。

 というよりは、それが魔女の正装。本来のアズの姿なんだよなぁ、と昴は見詰める。


「アズちゃん、その衣装、似合っているよ。それに、会わない間に、一段と背が高くなったね」

 レジ係の父親が笑みを浮かべながら言って、

「ご免ね、引き継ぎが来るのが遅くて、もう少しで来るはずなんだが……」

 と気まずそうに言った。

「どうせ来やしないよ。なんたって、今日はハロウィンなんだから」

 昴が愚痴る。

「引き継ぎが来ないのか?」

 不安そうにアズが聞く。

「ああ……」

「オレ、ずうっと待っているぞ。何か手伝うことはないのか?」

 そう言ってアズが手伝ってくれた。

 製品を詰めていた段ボールをまとめて、駐車場へと二人して運ぶ。

 

 駐車場に出た昴が、すっかり暗くなった空を見上げた。

 あそこから、アズが落ちて来たんだな……。

「どうしたんだ?」

「丁度一年前、アズが、あの空から落ちて来たんだよな……」

「そう。この場所で、スバルに会ったんだ……」

 アズも空を見上げる。


 ―― ――『わぁーーーーーーーーー!』

 というけたたましい声が聞こえたと思うと、『ドサッ』という物音と同時に『ぎゃっ!』という悲鳴が聞こえた。

「お前、誰だよ」

「お、お前は人間だな……」

「人間? はぁ、そんな芝居はいいんだよ、こんな状況で魔女の役をやらなくても。……ひょっとして、お前、自殺を図ったんだろう」

「オレ、魔女……」

「魔女だなんて、死に掛けた人間が芝居しなくていいんだよ。お前、あれだろ、一人で家出して来たんだろう。かなりの田舎から来たのか、相当ズレてるぞ」

「オレは魔女だって。正真正銘の魔女なんだ。魔法と言っても、空を飛べるくらいだけど」

「空を……本当か? 俺を馬鹿にしているんだろう」

「嘘なんか、付くもんか」

「そうだ、名前は? 名前はなんて言うんだ」

「アズ、アズだよ」

「ん? ああ、俺か。昴、松本昴だ」

「スバル、って言うのか」―― ――。


 二人が感慨かんがい深く空を見詰めていると、

「すいませーん! 遅くなりました」

 タイミング良く引き継ぎが来てくれた。

「ラッキー! みんなが待っている。さあ、行こうか!」

 昴とアズは祭りの舞台であるスクランブル交差点に向かった。

 

 道中、早くも人混み。渋谷は今年も仮装した多くの若者が集まっていた。

 仮装姿で練り歩き、写真を撮り合って早くも盛り上がるっている。

 渋谷駅前は車両の通行規制が敷かれ、歩行者天国には仮装コスチュームに身を包んだ若者達が集結。スクランブル交差点を中心として、センター街にかけて人が溢れかえるほどの盛り上がりで、例年以上の混雑となっていた。


「よ、早かったな」

 と松岡の声。

「アズちゃん、あの時の衣装、魔女の戦闘服ね。それって、アズちゃんの背に合わせて、服も成長するんだ」

 アズの魔女の格好を見て宮崎さんも声を掛けた。

「お、お前達! どうしたんだ? 大怪我しているじゃないか! 早く病院に行かないと」

 服が血だらけ、オマケに片目が潰れている。

「お、心配してくれるのか?」

「あ、当たり前だろう、友達なんだから!」


 アタフタするアズの肩をポンポンと叩きながら、

「ゾンビのコスプレだよ。でも、クオリティが高いな。アズが見間違うのも無理はない」

 と昴が言った。

「なぁんだ、仮装だったのか。心配して損したよ」 

 アズが口を膨らませた。


 松岡と宮崎さんはお揃いのゾンビもののコスプレ衣装で仲良く腕を組んでいる。

「二人とも似合っているぞ、本物みたいだ」

 楽しそうにアズが言った。

「何言ってるんだよ。アズちゃんのはコスプレじゃなく本物だろう。敵わないよ」

 それぞれがお気に入りの衣装に着替えて仮装自慢する。


「おい、あそこ、元通りに直っているな」

 松岡がスクランブル交差点の中心部を指差しながら言った。

 ――あのスクランブル交差線の下で、渋谷の街を消滅させようと計画されたことなど、誰も知らないんだろうな~。

 

 歩けないぐらいの人混みで、離れないようにアズの手を握って歩いていると、

「アズ、今日ばかりは魔法解禁だ」

「えつ、いいのか?」

「今日だけは特別だ。いっちょ、派手にやってやれ」

「うん」

 アズが手を振りかざすと、

『あ、紙吹雪!』『いや、雪、雪だぁ!』

 と歓声が上がる。

 夜空から雪が――季節はずれの雪が降り出した。


 昴とアズが一緒に並んで歩いていると、

「アズちゃーん!」

 アズを呼ぶ声。

「あ、ルイにレナ。お前達も来たんだな」

 親友のルイとレナだった。

 アズとそっくりの魔女の正装の二人組。かねてから人間界に来てみたいと町長に嘆願していたようで、その許しが出たのだという。


「便利な日だね、ハロウィンって。私達魔女が堂々と人間界の街中を歩けるんだから」

 そうルイが言い、

「人間界って、凄いね。歩けないぐらいの人だかりだもん」

 驚いたようにレナが言った。

 経験したことの無い都会の喧騒。驚くのも無理はない。だけど、楽しい。


「君達も、今日一日は嫌なことを忘れて、思いっ切り楽しめばいいよ」

 はるばる人間界に来たルイとレナの二人をねぎらうように昴が言うと、

「去年と同じ、お腹が減ったら回転寿司に行って、その後、洋菓子店に行こうか」

 松岡が言うと、すかさず昴が、

「お金のことは気にすることはないぞ、このお兄ちゃんが全部おごってくれるから」

 と付け加えた。

「お、おう。その代わりと言っちゃなんだが、人間は優しい人達ばかりだと、魔法界の住人にしっかり宣伝しといてくれよ」

 笑いながら松岡が言った。


「おいあれ、吉川クンじゃ」「あれ、サリナ先生?」

 昴とアズが同時に言った。

 人混みの中、サリナ先生と吉川先輩が一緒にいた。

 近付こうにも混雑で身動きが取れず、完全に立ち止まってしまった。

 すし詰め状態になり身動きが取れなくなる。


 路上での飲酒は条例で禁止されている。にもかかわらず飲酒している若者に、サリナ先生が説教しているが、強面の先輩が睨みを利かせているので、若者は素直に言うことを聞いていた。

「ふーん」と昴がニヤ付くと、

「あの二人、デートだよな」

 と羨ましそうに言った。

「サリナ先生、何か嬉しそうね」

 サリナ先生をよく知るルイとレナの二人も信じられない様子で見ていた。

 あの厳しいサリナ先生が、会わない間に変わったなと。


 吉川クンも、軽音楽部の部長として、また、学級委員長として、一番変わったのかもしれない。成績の方はイマイチだけれど……。


 それはもちろんアズに出会えた昴にも言えることで、アズと出会って、人生が変わったような気がする。運命を感じられずにはいられないと。

 病気がちだった妹の麻耶も、アズと会うようになってから元気を取り戻し、小学校に休むことなく通っている。

 そして今、昴の帰るのを、母親と一緒に待っているのだ。


 全てはアズのお陰、何事も全て上手くいっている。

 そう思うと、昴は握っていたアズの手を力強く握り締めた。

「す、スバル?……」

 アズが不思議そうに振り向く。

 その時、混雑で身動きがとれなかった人の流れが、一気に動いた。昴達も人の流れに押し流される。


 時間が経つに連れて、どんどん増えてくる。

 人の流れが途切れない。

 渋谷の街は、眠らない。熱狂の夜はこれからが本番。

 ハロウィンの賑やかな祭りは、まだまだ続くのだった。



       了


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。また半年後、今度はタイムスリップものの歴史小説を考えています。良かったら、また覗いて下さい。

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