極振りは勇気がいる
「ようこそ!Cross Saga Onlineの世界へ!」
意気揚々とログインした彼を待ち受けていたのは愛らしい容姿の小さな妖精だった。
「私はユーザーサポートAIの新規ユーザー担当です。早速キャラクターメイキングに入りたいと思いますがよろしいですか?」
AIが話しているとはとても思えない自然なイントネーションの日本語で話しかけられた彼は驚愕の表情をうかべた。NPCのできの良さもCSOの売りの一つだったりする。
「驚いた。とてもAIが話しているとは思えないね。」
「お褒めいただきありがとうございます。改めてお伺いしますがキャラクターメイキングを開始してよろしいですか?」
「ええ。宜しく頼むよ。」
「ではまずは種族を選んで下さい。種族によってステータスの成長に違いが出ます。また、一部のスキルと職業には種族が習得条件に含まれます。選べる種族はウインドウに表示されています。」
ウインドウには五つの種族が表示されていた。
人族
すべてのステータスがまんべんなく伸びる。HPの伸びが五つの種族の中で最も良い。良くも悪くも普通な種族。特に感覚のボーナスはない。
獣人族
物理系のステータスが良く伸びる反面魔法系のステータスの伸びが良くない。HPの伸びは良くも悪くもない、五つの種族の中で三番目。獣の種類によって程度の差はあるが嗅覚や聴覚などの感覚が鋭くなる。
森人族
魔法系のステータスが良く伸びる反面物理系のステータスの伸びが良くない。HPの伸びは良くない。聴覚が獣人族ほどでないが鋭くなる。
土人族
武器、防具、アイテムの生産に関わるステータスが良く伸びる。攻撃に必要なステータスの伸びが良くない。触覚が鋭くなる。HPの伸びが人族に次いで良い。
龍人族
ステータスがまんべんなく良く伸びる。代わりにHPの伸びが悪く、レベルが上がりづらい。特に感覚のボーナスはない。
「五つも種族があるのか。迷うな…。」
迷うはずである。彼はCSOをろくな下調べもせずに勢いに身を任せて起動した。よって、『こういうプレイスタイルならこの種族』とか『この種族がオススメ』といった情報を全く持っていない。それどころか、自分がどういうプレイスタイルをとるかも決めていないのだ。
「せっかくだから戦闘をメインにしたいし、まずドワーフは除外だ。んで魔法よりも物理派だからエルフも除外。人族は面白味に欠ける、除外。となると獣人族か龍人族か…。MMOは万能型は微妙と聞くしレベル上げが面倒そうだし獣人族かな。よし、獣人族で。」
「獣人族でよろしいですね?後から容易には変更出来ませんが本当によろしいですね?」
「ええ。」
「では次に獣の種類を決めて下さい。」
再び現れるウインドウ。羅列する大量の獣の名前。彼は面倒になった。が、しっかり目を通す辺りから彼のワクワクの大きさが感じられる。
「熊や獅子のような大型獣がパワー型、犬や猫のような中型獣がバランス型、兎や鼠のような小型獣がスピード型で…感覚は小型獣ほど鋭いのか。あんまり尖り過ぎてもな…。狼で。」
狼はパワーよりのバランス型である。さっきは万能型は微妙と言ったくせにバランス型を選んだ辺り完全な特化型ビルドにしてソロプレイを楽しめなくなることを恐れていることがうかがい知れる、最近深い仲の友人がいないことを悩むモブ、山田太郎。
「狼でよろしいですね?こちらも後から容易には変更出来ません。」
「ええ。」
「では次にあなたの選んだ種族とあなたの身体のスキャンデータを元にアバターを作成します。気になる箇所は御自身の手で修正してください。」
彼の目の前に現実の彼の面影を感じる少々悪人面の無気力系イケメンが生成された。現実では冴えない容姿の彼も最新のシステムによって全力で補正を盛られ、しっかりとゲームのアバターとして恥ずかしくないイケメンに仕上がっていた。
これには彼も大満足。現実と同じ黒髪黒目から髪の色をアッシュグレーに目の色を朱色に変えただけでアバターメイキングを終了した。
「では次に職業とスキルを選んで下さい。職業はメイン職を一つとサブ職を二つの計三つ、スキルは五つ選んで下さい。」
CSOは職業制のMMOでステータスはキャラクターのレベル、種族、職業、スキルで決定される。また職業によって使用・習得できるスキルも異なる。ゆえに職業とスキルはシステムの中でも力を入れて作られた部分であり、スタート時に選べる数もとても多い。
彼はそれら一つ一つに目を通し、自分の種族との兼ね合いを考えた結果こうなった。
メイン職 【盗賊】
サブ職 【罠師】 【剣士】
スキル 【曲刀術Lv1】【投擲Lv1】【罠作成Lv1】【罠解除Lv1】【鍵開けLv1】
基本的な斥候職ビルドにサブ職で戦闘面を補強したソロプレイ想定ビルドである。索敵は獣人族の感覚向上で補う形だ。
「最後にプレイヤーネームを入力して下さい。プレイヤーネームは後から変更出来ません。慎重に決定して下さい。また他者を不快にさせるプレイヤーネームは使用出来ません。」
「じゃあ『ネモ』で。」
「『ネモ』でよろしいですね?」
「ええ。」
「それではネモさん、以上でキャラクターメイキングは終了です。この世界では何をするのもあなたの自由です、自分だけの物語を紡いで下さい。そして広大なCross Saga Onlineの世界をお楽しみ下さい!」
山田太郎改めネモの視界が光に包まれた。
彼の視界から光が消えると、先ほどまでいた謎の空間とはまったく違う景色が視界に写った。青い空に鮮やかな緑色の草原、周囲には彼と同じようにキャラクターメイキングを終えた新規プレイヤーたちが、少し離れた場所には街が見えた。
「ここまでとは思ってなかったな…。まるで本当に異世界に来たみたいだ。」
景色に感動する彼の前にウインドウが現れた。
❮チュートリアルを開始しますか? Yes or No❯
「…Noでいいかな。どっちかっていうと動かしながら覚えるタイプだし。とりあえず街まで歩こう。」
街まで歩きがてら彼はステータスを確認することにした。動かしながら覚えるタイプとはいっても、彼とて始める前に軽く説明書に目を通してはいる。メニューの開き方やステータスの確認の仕方は分かる。
「ステータスオープン。」
名前 ネモ
種族 狼人
メイン職 【盗賊】
サブ職 【罠師】【剣士】
所持金 5000C
HP 200
MP 50
STR 35
VIT 10
AGI 25
DEX 15
INT 5
LUC 10
装備 【初心者用柳葉刀】【初心者盗賊のターバン】【初心者盗賊のマント】【初心者の服 上】【初心者の服 下】【初心者のブーツ】
「良いのか悪いのかもよくわからん。ただ、INTが5なのはなんとなくくるものがあるね。物理型だから仕方ないけど。」
確かにゲームとはいえINTが5といわれるのは誰だろうとあまり面白くないだろう。
「確かSTRが装備可能重量や物理攻撃威力その他筋力の関わる行動の判定に使われて、AGIは移動速度の判定に使われて高いと集中した時に体感時間が長くなり、VITは物理防御力の決定、DEXは器用さの関わる行動への補正の大きさの決定に使われて、INTは魔法攻撃威力と魔法防御威力の決定に使われて、LUCは運のよさの決定に使われるんだったな。うーん、分かってたけど完全物理型ステータスだね。」
彼がステータスの確認を終えたところでちょうど街に到着した。
「始まりの街モノリアか。とりあえず消耗品の買い物だけして、早く戦闘をしたいな。」
街のNPCショップで全財産を回復ポーションに換えるという適当な買い物を終えた彼は早速初心者が戦闘の練習を行う街の北の草原エリアへとやってきた。
「おおー、やってるね。」
北の草原エリアでは、至るところで彼と同じ初心者たちが角の生えた兎と戦闘をしていた。
この角の生えた兎はホーンラビットというそのまんまの名前で、動きも遅く攻撃手段も直線的な動きの突進のみというまさに初心者の戦闘練習のために存在しているモンスターであり、CSOプレイヤーの大半がこの兎を大量虐殺して初心者を卒業していくことになる。
「よし、獲物はどこかな~。」
自分の初戦闘の相手を探していた彼はある事に気が付いた。いや、気が付いてしまった。この気付きが彼の今後のゲームスタイルを決定した原因の半分である。
彼は自分以外の初心者の大半は、傍に明らかに初心者ではない装備に身を包んだ者がついている事に気付いた。初心者だけの集団もいるが、初心者一人だけで行動している者は彼以外誰もいない。
それもそのはずである。発売から結構な時間がたった今の時期にCSOを始めた者は、大半が友達に誘われて始めた者や彼氏or彼女に誘われて始めた者であり、彼のように誰にも誘われず一人で自発的に始める者はほぼ零である。つまり大半の人はゲーム内で待っていて一緒にプレイする人がいるのである。
彼は急にそれまで独りはしゃいでいた自分の事が恥ずかしくなり、同時に何となく泣きそうになった。
悲しみにうちひしがれる彼の傍を、彼の今後のゲームスタイルを決定した原因のもう半分となるあんまりモラルとマナーのよくない感じの印象を受けるカップルが通りすがり、
「うわ、アイツ独りじゃんw友達とか彼女いないのかな?かわいそwww。」
「こらwそんな事言っちゃダメだってw聞こえるでしょwww。」
と呟いて行った。CSOは多くの人にプレイされているので、その弊害というべきかこういった心ないプレイヤーもそこそこ存在する。
この呟きを聞いた彼からは先ほどまでの悲しみは吹き飛んでいた。代わりに額には青筋が浮かび、全身からはどす黒いオーラが吹き出ていると錯覚するほどの怒りが湧いていた。
何故自分がこのような事を言われねばならんのか。一緒に遊ぶ友達がいなくて悪かったな。くたばれこのクソリア充。などといった思いが彼の脳を駆け巡り。そして一つの天啓が舞い降りた。
曰く、
「YOU!PKしちまいなYO!」
随分とファンキーな神もいたものである。因みにこのゲーム、様々なペナルティこそ有るもののPKは禁止されていない。
「そうだよ!どっちにしろどんなプレイスタイルにするか決めてなかったし、どうせ一緒にプレイするやつもいないし、PKerも悪くない!悪役ロールやってやるよォ!」
ここに一匹の悪魔が誕生した。