初めての仲間
グレスを追って慌てて飛び出したが、彼女は宿の前で待っていてくれたようだ。
そこで彼女の露出度の高い鎧姿が目に入る。
「その…グレス、先に服を買いに行かないか?その格好だと目立つと思うんだけど…」
昨日は夜だったので街に入ってもそこまで人目にはつかなかったが、白昼堂々と歩き回るには目立ってしまうだろう。
「そうか、よし。ギルドは後回しにしよう。案内を頼む、金はこれで足りるか?」
そう言ってグレスは昨日も見せた宝石を一粒投げてよこした。
「多過ぎるよ…」
半ば呆れながらも、しっかりと宝石は受け取る。
「なに、釣りは取っておけ。早く行くぞ。」
グレスは俺の背後に回り込むと、急かすように背中を押す。
思わぬ収入になってしまった。
換金は後回しにするとして、なけなしの所持金以内の物にはなるがせめてマシな服を買ってあげよう。
そう決心すると、急ぎ足で服屋を目指した。
買い物を終え、ギルドに到着した。
結局グレスは安くも高くもないごく普通の外套を一着購入しただけであった。
もっと良い物を進めたのだが、彼女がこれが良いと言うのでその意思を尊重したのだ。
断じて安物を押し付けた訳じゃない。
そう心の中で弁明しつつギルドの扉を開く。
中に入ると、カウンターの向こうにいるイリアさんと目が合った。
「リフさん!昨日はギルドに帰ってこなかったので心配したんですよ!」
イリアさんは俺を見るなり、カウンターから出てこちらへ歩み寄ってくる。
しまった、報告くらいはしておくべきだったか。
「それはすみませんでした…その、色々ありまして、その件も含めてちょっといいですか?」
お説教が始まってしまう前にこちらから話を切り出し、昨日起こった出来事と用件を掻い摘んで伝える。
「そんな…街の近場にロックボアの大型個体が現れるなんて、よく無事で戻って来れましたね!」
「そうなんです、そこをこの人に助けて貰ったんです。冒険者になるためにこの街を目指してたらしくて、イリアさんに登録をお願いしたいんです。」
少し嘘を交えて説明をする。
流石に事の顛末を全て話してしまうと厄介ごとになってしまうだろう。
「そういう事なら任せてください!大型のロックボアを一人で退けられる程の力があるなら我がギルドも歓迎しますよ!」
イリアさんはいそいそとカウンターに引っ込むと、登録に必要な書類を持って来た。
「ではまず必須である登録名と種族をお願いします。その他の特技などあれば自由に仰って下さいね。」
「名前はグレス、種族はオーガの亜種だ。リフとパーティを組む予定があるのでそれで登録を頼む。」
イリアさんは伝えた事をサラサラと書類に書き込んでいく。
種族はオーガの亜種と言ったが、彼女の外見から一番納得の出来そうな種族を名乗るように予め示し合わせておいた。
この街には獣人の他に度々魔族が訪れる事もあるため、珍しい事でもないだろう。
「ふむ、グレスさんですね…よし、っと。パーティのリーダーはE級のリフさんにしておきます。それでは少々お待ちください。」
イリアさんは書類を書き終えるとそれを持ってカウンターの奥に消え、しばらくして戻ってくると銅色のバッジを取り出し、グレスに差し出した。
「こちらが冒険者の証明になるバッジです、高価な物ではありませんが、無くしたら相応の罰則がありますので気をつけて下さいね?」
「ありがとう、気をつけるよ。」
グレスはそれを受け取ると、ニコリと微笑んだ。
これでグレスは晴れてF級冒険者になった訳だ。
「やっとリフさんのパーティが決まりましたか、戦闘力は心配なさそうですし、これでひと安心です。」
「ああ、それとグレスにダンジョンの事について教えてやってくれませんか?あまり詳しくないらしいので…」
「分かりました、ダンジョンというものはですね…」
この街にはダンジョンの入り口がある。
ダンジョンから生産される珍しい素材や武器は、高価で取引される事が多い。
ダンジョンが発見されると、そこにはあらゆる場所から人が集まり、大都市を形成する事もある。
しかしこの街は他のダンジョン都市よりも栄えてるとはとても言えない。
それはこの街のダンジョンは中に入ると、ある厄介な条件が課せられてしまうからだ。
その名も【禁魔の洞窟】である。
このダンジョンでは魔術がほぼ使えなくなる上、魔力量が多い人程倦怠感を感じるようになり、魔法使いが主力である冒険者パーティは苦戦を強いられる事になる。
その上に現れる魔物は平然と魔法を放ってくるときたものだ。
この制約によりこの街のダンジョンに好んで挑戦する冒険者は少なく、街の発展具合も微妙という訳だ。
「以上が基本的なダンジョンの概要です。これ以上詳しく知りたいのなら、ギルドの資料室にある資料をご覧頂いても構いません。」
「ありがとう、助かるよ。」
グレスは軽く会釈をすると、踵を返してギルドの出口へと向かった。
「リフ、君は昨日から食事をしていないだろう?
今日は休んで採取依頼は明日やればいい。」
そう言われると急に空腹感に襲われた。
確かに昨日はギルドを出てすぐに魔物に襲われてからは携帯食料も落としてしまい、食事を全くしていない。
「そうだね、先に貰った宝石を換金してもいいかな?それからどこかで美味しいものでも食べようか。」
こうしてずっと一人ぼっちで冒険者生活をしていた俺に、ついに初めての仲間が出来たのだった。
ちなみにグレスから貰った宝石は既に産出の途絶えた希少な品だったらしく、誤魔化せはしたものの宝石商からしつこく入手経路を問い質される羽目になった。