伝説の真偽
「うっ………生きてる……?」
気がつくと見覚えのある森の木の根元に寝かされていた。
記憶にあるのはザロクの丘で気を失う直前までだ。
つまり誰かに助けられたということだろう。
「気がついたか、調子はどうだ?」
急にすぐ近くから聞こえて来た聞き覚えの無い声にびくりと体を震わせ、恐る恐るそちらを振り向く。
そこにいたのはやはり知らない女性だった。
その人物の身長は平均的な俺よりも頭一つ高い。
銀色の肩ほどまで伸びた髪にかなり整った顔立ちをしていて、額には二本の大きさの違う捻れた角が生え、目つきは爬虫類を思わせるように鋭い。
血の気のない肌色をした身体には露出の多い鎧のような物を着ており、腰からは鞭のような尾が伸びている。
「…貴女が助けてくれたんですか?」
「どちらかと言えば助けられたのは私だが、君をここまで運んできたのは私だ。」
つまり、今自分が生きているのはこの人のおかげという事だ。
あのままザロクの丘に放置されていれば凍死は免れなかっただろう。
しかし、自分も助けられたというのはどういうことだ?
「地の底に閉じ込められた私をあの玩具で助けてくれたのは君だろう?」
俺の疑問を察したのか、女性はそう続けた。
その言葉でこの人物の正体に思い至る。
「…っあの地割れから飛び出してきた…!」
あの地面の下から現れ、大型個体のロックボアに襲いかかった何か。
暴れるロックボアを物ともせず食い破っていった光景を思い出し、思わず後ずさる。
「そうだ。恐らくだが随分前にあそこに埋められてしまったらしい。」
女性は怯える俺を気にした様子もなく答えた。
もしその話が本当ならばこの人はまさか…
「もしかして、神様…ですか…?封印されたっていう、伝説の…」
「そう呼ばれた事は有る気がするが、正確には違う。君が思っているような存在じゃない。」
女性は嫌そうな顔をしながらも遠回しに肯定した。
ザロクの丘の伝説は本当だったのだ。
言い伝えられている狂神への恐怖よりも、伝説の証明となる存在に意図せずも関わってしまった事による興奮が湧き上がってきた。
「そ、そうだったんですか!では、何とお呼びすればよろしいのでしょうか!」
「名前か、そうだな…グレス、と呼んでくれ。それと堅苦しい喋り方はしなくていい。」
「あ、はい、えっと俺はリフ、E級冒険者をやってま…やってる。」
「うん、リフよ、礼を言わせてくれ、君は私を長い眠りから覚ましてくれた。本当にありがとう。」
そう言うとグレスは深々と頭を下げた。
その低い姿勢からは彼女が人間から恐れられ、狂神とまで呼ばれる程の恐ろしさは全く感じられない。
先程までの恐怖はどこかへ行ってしまった。
「あっその、それは偶然で、そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「結果として助かったんだ。目覚めたばかりの私に出来る事は少ないだろうが、君の望みを可能な限り叶えたい。何でも言ってくれ。」
とんでもない事になった。
あの伝説に語られるような人物が俺に頭を下げているどころか、可能な限り願いを叶えてくれるという。
俗物的にもお金という選択肢が頭にチラついたが、グレスは見た所何かを所持している様子は無いし、そもそも正確には神様では無いらしい彼女にあまり無理を言うのは気が引ける。
ふと、最近の悩みの種であった事が思い浮かんだ。
「じゃあ、俺のパーティメンバーになってくれないか?」
「パーティメンバーだと?私も冒険者とやらになればいいのか?」
口に出しておきながら、はやくも後悔の念が湧き上がってきた。
何を言ってるんだ俺は…そんな事をお願いしたら困ってしまうだろう。
だが、予想に反してグレスの反応は良好だった。
「ふむ、てっきり不死の体や財宝を要求してくると思ったのだが、私自身を望むとは、よし分かった!その冒険者とやらになり、君のパーティメンバーになってやろう!」
「え?不死や財宝でも良かったのか!?」
「不死は勧められたものではないが、金なら人間がまだ光る石ころが好きであればだが、それなりの分は渡せるだろうな。」
そう言ってグレスはどこから出したのか、手のひらの上で眩く光を放つ大粒の宝石をいくつも転がす。
やっぱりお金にしておけばよかった。
「やっぱりお金にしておけばよかった…」
思わず心の声が出てしまった。しかし、グレスはニヤリと笑う。
「男に二言はないな?」
残念ながら、俺はお金持ちにはなり損なってしまったようだ。