???
私はなんでここに居るのだろう?
そう考えるのも何度目だろうか。
最近まで覚えていたような気がするが、ずっと前から忘れていたような気もする。
寒い。
最早暖かいという感覚がどのようなものだったか思い出せない。
自らを縛る氷の冷たさに晒されすぎて、感覚が分からなくなる。
眠ってしまえるならそうしたいが、意識を失うことは出来ないらしい。
暇つぶしに覚えている限りの記憶を反芻して、いつか自由になった時のために忘れないようにする。
最も、ここから解放される可能性があるとは限らないが。
私の名はグレス、確か二百年以上生きていた。
その日はいつものように…何をしていたのだったか?
何か大事な役目を受けていた気もする。
そこは忘れてしまったようだ。
体が凍り付いている所為で記憶組織が物理的に破壊されているのかもしれない。
私をここに閉じ込めたのは…一人の人間だったな。
だが、不思議とその人物に憎しみを感じない。
そうだ、私は人間に敗北したのだったか。
彼らが私に及ぶ事など無いだろうと半ば高を括っていたが、何やら未知の技術で束縛された。
人間の可能性を信じていたようで、やはり心のどこかで見下していたのは否定出来ない。
だが、私は人間の進歩が嬉しくて悔しいという感情が出てこなかったのだ。
それにしても、この仕打ちはあんまりでは無いのだろうか。
こんなことなら、いっそのこと…
熱い。
久しく感じた事のなかった感覚に意識が急速に冴えていく。
なんだこれは、どうなっている?
溶岩にでも放り込まれたような気分だ。
凍っていた体が溶けていくのを感じる。
体の周囲の壁が砕けたようで、拘束が緩んだ感覚がある。
長らく開かなかった瞼を開けて、体を動かそうと試みる。
どうやら随分と鈍っているようだが、ここから出るくらいの力は残っている。
上を見上げると、天井の亀裂から日の光が差し込んでいるのが僅かに見えた。
出られる。
その期待に胸が一杯になり、渾身の力で壁を駆け上がっていく。
外だ、遂に私は自由になれる。
しかし、ただでさえ衰弱した体で無理に力を振り絞った所為で今にも力尽きそうだ。
何かエネルギーになるものは…あった。
幸運なことに這い出た先に大きな肉の塊が居たのだ。
無我夢中で肉にかぶりつく。
何やら抵抗しているようだが関係ない、今の私にはエネルギーが必要なのだ。
ある程度胃が落ち着いた所で、今まで貪っていた肉の塊をよく見てみる。
どうやら大きな猪のようだが、こんな種類は見た事がない。
私が知らぬ間に進化した種なのだろうか。
ふと、近くに倒れている青年が目に入った。
そういえば何故私は外に出られたのだ?
この猪は全身に焦げた跡が残っているので炎に巻き込まれただけだろう。
ならばそこの青年が助けてくれたのだろうか?
青年に歩み寄って観察してみる。
気を失ってはいるが、大きな怪我は見当たらない。
しばらくすれば目を覚ますだろうがここには既に冷気が戻りつつある、このままではこの人間は凍えてしまうだろうし、私も寒いのはもう御免だ。
気を失っている青年を担ぎ上げると、猪の片脚を掴んで離れた所に見える森を目指して歩き出す。
少し歩いた所で、何やら剣のような物が地面に突き立っているのが見えた。
これは見覚えがあるな。
確か…人間に与えた炎が飛び出す玩具だった気がする。
まさかこんなものがこの現状を起こしたのか?
地面から引き抜き、自らの尻尾に巻き付けて持ち上げる。
考えるのは後回しにして、先ずはこの場所から離れるのが先だ。
片手に人間を担ぎ、尻尾に剣を携えながら猪の死体を引きずり回すというよくわからない姿になった。
人間に見られてしまえば奇異な姿に見えてしまうだろうな。
だがそんなことはどうでもいい、私は自由になった。
この日をどれだけ楽しみにしていたことか。
早くこの人間から話を聞いて、現代の仕組みを説明してもらおう。
現状私を助けてくれたのはこの青年で間違いない。
どれだけのお礼をすれば良いのかわからない、宝石ならいくつか持ち合わせがあったな。
それ以上を望むようなら仲間に相談して…
はて、仲間とはどこにいるのだったか?
今までは常に誰かが側にいたような気がするが、今は何故か誰もこの世に存在していないような感覚がある。
皆絶滅してしまったのか?
まさか、あれだけの力を持つ種族がそう簡単に滅びるはずはない。
しかし、現状私は地の底に放置されたまま誰も助けに来なかった。
最悪そのまさかなのかもしれない。
まあその時はその時だ。
記憶の殆どを失ってしまった以上、今を生きる人間たちに寄り添って生きるしかない。
そう決意した私は、急ぎ暖かい場所を求めて久々の大地を駆けた。