魔王の子どもになっちまった
「ふはは! 私に勝つなど無理な話。死ね!」
ちっ……終わりかよちくしょう……仲間も死んじまった。でっ、俺も魔王が放った魔法を受けて死ぬってわけだ。勇者として旅してきて、結局、無様な幕引きしちまうみてえだな……世界も救えねぇ。仲間と約束した、みんな揃って生き残ろうって約束すら守れねぇ。
……どうせ死ぬんだ。前向きに考えて死のう。あの世で仲間と会えたらいいな。そしたらまた……
「産まれました! 産まれましたぞ魔王様!」
「むっ。そ、そうかそうか! うむ。名はジュニアだ! 私に似て、いい顔つきをしている。これは将来が楽しみだ」
こ……これはどういうことだ……俺は死んだんじゃなかったのか。なんで魔王が、気持ち悪いくらいの笑顔で俺を見てる……それにジュニアってどういうことだ?……言葉を発しようと思っても駄目だ。うまく言葉が使えない。
「おい! 今、ジュニアが何か喋ったぞ! 聞いていたか?」
「はい! まだ、言葉にはなっておりませんが、元気がよろしいですなぁ」
「はっはっはっ。それはそうだ。私から生まれたのだからな。ほ〜ら、ジュニア。自分の顔をよく見てみなさい。私にソックリだろう!?」
どうなってんだ!? 俺の顔が魔族の顔に……しかも、確かに魔王とよく似ている。ようやく分かった。俺は生まれ変わったんだ。運悪いことに世界を滅ぼそうと考えている魔族に……
おい。俺にまとわりついてる運命。俺が世界を救えなかったのがそんなに不満か。よりによって魔族かよ。しかも、これじゃあ仲間に会えねえじゃねえかよ…………そんなこと言ってても仕方ないか。こうなったら殺すしかねえ。仮にも魔王の子どもだ。少なからず魔王の素質は遺伝されてるはず。その素質に賭けるしかねぇ。とりあえず今は魔王の子どもとして生活するしかないか……
「そうじゃないぞジュニア! 私……いや、パパの魔法をよくみておきなさい」
「はい。父上」
あれから二年か。魔族ってのは成長が早いな。もうペラペラ喋れる。
それにしても妙だ。どうして、魔族は世界を滅ぼそうとしない……魔王なんて親バカすぎて、一日中、俺の側にいるじゃねえか……
「魔王様! 一部の部下どもが、なぜ攻めようとしないんだと反乱を起こしております。魔王様から納得するお言葉を頂きたいのですが……」
この側近も大変だな。人間でいう大臣みたいな役割だと思うが、いくらなんでも働きすぎだろう。ストレス溜まってるだろうな。多分。
「決まっておるだろう! ジュニアは未来だ。間違いない。ジュニアは将来、私を遥かに上回る魔王と成長する。馬鹿な部下どもに伝えておけ。現状よりも未来の可能性を考えてみろとな」
なんだか気に入らねえなぁ。結局、魔王の親バカぶりは素質を感じたからそうなってるだけなのか? 駄目な子どもならこうはなっていなかったのだろうか。ちょっと揺さぶってみるか。
「ねぇ、父上。僕は結局、未来の魔王になるだけの存在? 僕の存在は可能性? 父上は僕自身は好きじゃない?」
さぁ、どうでる、仮、親バカ魔王。
「なっ…何をいっているんだいジュニア。もしかしてさっきのパパの言葉に傷ついてしまったのか……ごめんなぁ。本当にそんなこと思ってるわけ無いじゃないか。あれは、部下の前だからああ言っただけなんだよぉ。今は、部下がいないから本当のことを言おう。パパはただジュニアが大事なだけだ。もし、ジュニアにもしものことがあればパパは断言できる。どんな状況でもパパはジュニアを守る」
やべえ。こいつマジだ。完全に親バカじゃねえか。しかも重度だ。これはいい暇つぶしになるな。魔王ってもっと冷徹な存在だとイメージしていたが…………駄目だ駄目だ。この親バカ魔王のペースにやられてどうする。俺の目的はあくまで魔王を殺すことだ。馴染んでる場合じゃない。
「そうだ! 凄いぞ。もう、パパ以外にジュニアに勝てる者はいないんじゃないか!? ようやくジュニアも戦えるな。期待してるぞ」
また二年が過ぎた。もう、そろそろ親バカっぷりにも慣れてきた頃だ。というか、なぜ来ない。俺以外に勇者はいないのか!? もう四年過ぎたんだぞ。誰か魔王城に攻め込んできてもおかしくない頃だろう。魔族も大人しいんだからよぉ……
しかも、今はチャンスなんだ。そろそろ俺にも力がついてきたころだ。勇者達とうまく戦える自信はある。それで、俺がキリがいいところで人質にでもなれば、倒せるはずなんだ。親バカだからなこの魔王……
「魔王様! 城の食料がそろそろ底を突きそうです。これ以上は仕方ないかと……」
本当に、この側近は大変だな。魔族嫌いだけど、なんだか同情してきた。
「丁度いい。ジュニアの力も即戦力以上の力となった。久しぶりに村を潰すぞ」
「本当でございますか!? 久しぶりなので気分が高まりますなぁ。食料がたくさんあるといいですなぁ」
なんだ。結局、この側近も殺すのが大好きな糞野郎かよ。同情して損した……
「どうだジュニア! 喜ばしい光景だろう。また一つ村を占領したぞぉ。それにしてもどうしたんだジュニア。戦うのが嫌だなんて。まだ実戦は恐いか?」
「はい。父上……」
何が喜ばしい光景だよ。血がたくさん流れただけじゃねえか。やっぱり魔族は嫌いだ。絶対に殺してやる。
「そうか。だが、落ち込むことはない。初めての実戦などそんなものだ。いつか慣れる! それにしても、パパはジュニアを産む時期を誤ったかもしれん。正直、パパはジュニアを戦わせなどしたくない。人間を滅ぼし、魔族が住みよい世界になったときに産むべきだったのしれんな……」
「……」
「すまないジュニア。難しい話だったな。さぁ、城へ帰ろう」
何が魔族が住みよい世界だよ。ふざけんな。ここはお前ら魔族の世界じゃねえんだよ……
「大変です……勇者一行が攻めてきました。不覚です。あのとき以来のことなので守りが手薄でした。もう……勇者一行は、魔王様の側まで……」
さらにあれから二年。ようやくきたか。待った。このときをどれだけ待ったか。側近が死んだところを見ると、もう魔王と勇者一行の一騎打ちだな。
それにしても、最後まで大臣のようだったなこの側近は。まぁ、どうせこいつも糞野郎だったからどうでもいいけど。さぁ、来たぜ。扉が開いた。勇者一行のご登場だ!
……なんだかダサいな。全体的に勇者一行には見えん。悪党臭い雰囲気まで感じるぞ……まぁいい。俺は俺の考える作戦を実行するまでよ!
「よくも……よくもぉ!」
「駄目だジュニア! 感情的になっては!」
おっ。この勇者結構やるじゃねえか。悪党臭いなんて思ってすまなかったと心で謝っておこう。
……よし! うまく捕まえられた。さぁ、ここからが問題だ。勇者一行の行動と魔王の行動。ここが大事なところだ。
「ジュニアを離せ! この魔弾が見えないか?」
撃つ……のか? まずいな。やっぱり魔族なんてそんなもんか……?
「撃てよ。この屑が死んでいいならな。見たところ、こいつはお前の子どもだろう? 自分の子どもを殺せるかい? いや、殺せるな。お前らは屑だからな?」
煽ってるんじゃねえよ勇者! 仲間もクスクス笑ってんじゃねえよ! ヤバイ。この一行、悪党集団だ。性格悪い。
「ちっ……撃てる……撃てるわけないだろう」
おっ、流石は親バカ。何を言われても子どもは殺さないってか。
「けっ、魔王なんて楽勝だな。じゃあ、俺が言う命令に従ってもらおうか。そうじゃねえと……」
痛てぇ! こいつ、俺の首を切りつけやがった。人質はもうちょっと丁寧に扱ってくれよ。 まっ、これくらい悪党の方が俺からしたらラッキーかもな。躊躇ねえ。
「分かった。なんでもするからジュニアだけは傷つけないでくれ……」
魔王が頼み込んでるこの光景……なんだか、俺達の勇者旅はなんだったんだって話だ。ちょっとイライラしてきた。
「情けねえなぁ。こんな奴にやられた前の勇者は相当な屑だったんだろうな」
それは俺達のことか? こいつらが魔王を殺した後、俺がこいつらを殺してやろうか。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。じゃあ、まずはお前から子どもを奪おうか。おい、俺に捕らえられてる魔王の子ども。俺に服従しろ。俺に従うと言え」
ヤバイ。こいつらがドンドン嫌いになってきた。しかし、魔王を殺すためだ。ここは堪えて……
「早く言えよ屑が!」
「ジュニア。早く言うんだ。助かるんだぞ。ジュニア……」
言おうとしたんだって今。本当に性格悪い野郎だな。
「僕は父上が嫌いになりました。だから僕は勇者様に従います」
「聞いたか魔王! もう、こいつは俺の奴隷だ。お前の子どもじゃない。まぁ、殺しは死ない。安心して死ね!」
「ジュニア。生きろ。パパはジュニアに楽しい思い出も残せなかった。しかも、これから苦しい時間が流れることだろう。嫌な気分になる。だが、未来の可能性を考えるんだ。生きていれば楽しい思い出は必ずできる。パパもジュニアと過ごした時間は最高に楽しい思い出だ……最後の最後にそれくらいしか言えないパパですまない。ジュニア……生きろ」
なんだ。やっと分かった。この親バカ野郎。最後に俺に微笑みやがった。死ぬってのによ。こんな屑野郎に殺されて。屑に屑呼ばわりされて。きっとこいつは俺も殺すよ。屑だからな。
人間がなんだ魔族がなんだ。どっちもあんまり変わんねえじゃねえか。親バカがいて苦労人もいて屑もいて。こんな世界。人間のもんでもなんでもない。誰の世界でもないんだ。人間はずっと人間の世界でいたいから守ってるだけだ。魔族は魔族の世界にしたいから攻めてるだけだ。どっちも自分の種族が住みよい世界にしたいだけ。
正義も悪もねぇ。世界を救うも滅ぼすもねぇ。ただ、自分の種族を守るだけだ。
俺は偶然にも魔族に生まれ変わっちまった。なら俺は……
「……父上……」
遅かった。俺の判断が遅れたからだ。色々と考えすぎた。先に体を動かすべきだった……
「おい。何すんだよ屑。抵抗しなかったら助けてやろうと考えてたのによ。もういい。お前も死ね。屑は屑らしく一緒にあの世に行け!!」
本当によぉ。殺されんのがもっと納得いく勇者だったらまだ報われたのにな。まさか、こんな屑野郎に殺されて死ぬとは父上もあの世で嘆くだろうに。せめて俺が生きててやんねえと……あの世での楽しみも、少しくらいは感じさせてやんねえとな!
「死ぬのはお前らだよ! 屑野郎ども!」
けっ。死んじまっても笑ってらぁ。俺が生きてるのが嬉しいってか? 死んでまで子どものことしか考えてない。そんな親バカ見たことねえよ。ヤバイ。泣けてきた。
安心しろ。ちゃんと俺の活躍が見えるところに埋めてやるからよ。俺だってこれから大変だからな。魔族もいないから長い時間かけて集めないといけないし、魔王としてまだまだ勉強不足だしな。
まっ、時間はかかると思うけどよ。父上の願いである魔族の住みよい世界。俺が作ってやる。まっ、気長に見ててくれな。
「産まれました! 産まれましたぞ!」
「おぉ。確かに産んでみると嬉しいもんだな。よし。ジュニアだ。名前はジュニア!」
「魔王様! 魔王様の名もジュニアでは?……」
「俺によく似て、いい顔つきしてるだろ? だからジュニア。俺の父上がつけたのと一緒の理由だ!」
見てるか父上。ジュニア産んだぜ。確かに親バカになる気持ちも分かる。すげえ嬉しいもんだな。
それでよぉ。見てるから分かると思うけど、住みよい世界になったぜ世界は。魔族一色だ。もう戦わなくていいんだ。最高だろ? これからも俺は更に住みよい世界を作っていくから楽しみに見てろよな。
父上。いつか俺が死んだときは、あの世で一緒に、ジュニアが作る最高に住みよい世界を眺めてようぜ。最高だろ? 父上。
久しぶりの短編です。
初めて一人称を使ってみました。今後、一人称も使っていきたいですし。
まぁ、今回の短編は一人称の練習として書きましたので、情景描写など、色々と分かりにくいところもあると思いますがご了承くださいませ(汗)