9くち 24
そうしてメルナード夫妻の子として育ってきた「ダンケ・I・メルナード」は、バートラント・メリカン・日国の協力によって、北アイルランドのイングリス家を取り壊したのと同時期に、最初で最後に、自分で居場所を選択することにした。
本人の強い希望でもあり、メルナード夫妻ですら、彼にはそれが必要だと望んだことだ。
ダンケは新たに日国家の養子として迎え入れられ、「ダンケ・I・メルナード・日国」と名を改めて、再出発に踏み切った。
イングリスとしての過去を消しはしないが、新しい自分を受け入れて生きてゆく。メルナードと日国と共に死んでゆく。
その覚悟を秘めた名前だ。
養子になった後も、ダンケは日国家よりもメルナード家にいる時間の方が長いが、誰もそれを咎めはしない。
メルナード家にあるのが、過去の自分ひとりだけではないからだ。
ダンケには、彼一人では報われる選択肢など一つとして無かった。
その選択肢を与えてくれた夫妻の傍は、ダンケにとって最も大切な居場所だ。
「ミセス、ミスター、ダンケ」
彼がこう口にすることが、夫妻にはとても特別なことで、彼が広げた両腕に夫妻は身を委ねた。
こうして、ダンケは日国姓を名乗るようになったのである。
…
「ダンケには皆が必要なんだ。メルナードだけじゃなくて、日国も」
クリアブックを閉じて、バートは笑った。
今日も彼は笑うのだった。
「僕、ダン兄に"頑張って"って言っちゃった」
「今度からは"よくやった"って言ってやってくれ」
バートの言う通り。
彼は頑張っている。今も全力で、報われようと前を向く努力をしている。
幼少期から育まれることのなかった、人並みの人格形成や、人との関係の築き方を、自分なりの息の仕方を、今から学んでいる。
奪い取られ失ってきたものを、一つずつ手に取ってゆく。
"ダンケはもっと良くなれる。本人がその気になれば、ずっとずっと良くなる。"
だなんて、彼を見ていない証拠だ。
彼はもうずっと前から、その気になっているのだから。
「なあマシュー。俺もこのカードゲームをやってみたいよ」
「いいよ。そのクリアブックの中のカードを使ってもいいし、自分でパックを買うのも良いんじゃない。でも、テキストを読めないだろ?」
「読めるようになるさ。俺なりの時間が必要なだけだ」
ダンケも同じだ。
人とは違う時間が必要なだけ。
自分らしい時間が欲しいだけ。
誰もが同じ足並みで歩かなくても良い。歩けるはずがない。自分じゃない他人がいると言うのは、そう言うこと。
二人の兄は自分のペースで前進出来て、お互いのペースを尊重し合える、偉大な存在だ。