9くち 23
そうしてこの出来事から四年後。
ダンケが十六歳。バートが十七歳。ならば、マシューが十五歳で、既に日本に発った後のこと。
四年の間にダンケの中には大きな変化があった。
相変わらず床で眠る彼だけれど、時々ベッドでも眠るようになったのだ。
ベッドどころか、家中のあちこちを寝床にするようになった。
メルナード夫妻が朝起きてリビングに出ると、ソファのひじ掛けにしがみ付く彼がいた。カーペットに包まり、部屋の隅っこで壁に額をつけて丸くなっている姿も見た。書斎の棚にしな垂れかかっている時もあれば、飾り棚と飾り棚の間に挟まって、ぬいぐるみのように足を投げ出している時も、廊下の真ん中で肩を抱いている時も、仕事場の椅子で膝を抱えている時もある。
それに、誘われて気が向けば外出するようにもなった。
ピクニックに誘った時は細い体躯で荷物持ちまでして、夫妻と近くの公園で、日が暮れるまで本を読んで喋り続けた。
家に帰っても話し続ける夫妻の声を、ダンケも同じ席で子守歌代わりにして眠った。
時々、発作のように過去の事を思い出したり、夢に見たりしてパニックを起こすこともあるけれど、彼はもう一人きりで悩むことは無かった。
趣味も出来た。
ミセスメルナードは編み物が趣味で、ダンケは彼女から譲ってもらった針と糸でクロスステッチを始めた。彼女は「手先が器用で、縫い目が丁寧で美しい、貴方の手は綺麗」とダンケが彼女に想うことを、ダンケ自身に言って良く褒めてくれた。彼女の皺が寄った冷たい手と、ダンケの骨ばった冷たい手が合わさると、低い体温が緩やかに交わるのを感じた。
ミスターメルナードはダンスが趣味で、彼が昔から嗜んでいたアイリッシュダンスをダンケに教えてくれた。ダンケの曲がった背筋をほんの少し正し、俯きがちだった顎を上に向くように指導してくれた。目線が地面から少し離れて、もっと向こうを見られるようになった。
なによりも大きな変化だったのは、北アイルランドのあの家には行かなくなったことだ。
代わりに、ダンケは一人であちこち旅へ行くようになった。
アイルランド、マカオ、パラオ、セーシェル、ルワンダ、アンドラ、ベリーズ、リトアニア、エストニア、モナコ、スウェーデン、ノルウェー。
他にも様々な国へ飛び、何かを探すように家を空けるようになった。
人知れずいなくなり、何処へ行っても物言わぬ顔で帰ってくるダンケだが、夫妻は彼が身綺麗なまま帰ってくることが、とても嬉しかった。