9くち 22
「やーいマザーファッカー!お前のマミーはスラットだー!」
家から出るや、物陰からこちらを覗く子供たちに、バートはイーッと歯を見せて挑発する。
「こそこそ隠れて背中しか撃てないんだ。お前たちは玉無しだぜ。ママのお腹に忘れてきちゃったのか?俺が銃の撃ち方を教えてやってもいいんだぜヘタクソ!対等に喧嘩してやるから出て来いよ!ママのお腹に帰りたいって言うまでメタメタにしてやるからな!今度は玉をちゃんとつけてから出直して来い!」
こんな乱暴な言葉を使うバートは見たことがなくて、ダンケは戸惑っていた。
元から言葉遣いが綺麗な方ではないけれど、攻撃的な言葉は使わない人だ。
言葉を失ってしまった。
辞めさせようとバートを叩くダンケの曲がった背を、バートはそれよりも強い力で叩く。
勇気を振り絞れと言われているようであった。
バートはダンケを見下ろす。
海の浅瀬の色。エメラルドグリーンの瞳が、怯えて揺れるダンケの瞳を捉える。
「ダンケ。お前には価値があるんだ。俺は、この先ダンケがどうなっても、変わらず価値があると言うだろうさ。お前を大切にしたいくらい大事に思うからだ。もう一度言うぞ。お前や奴らが考えているよりも、ダンケにはずっとすごい価値がある。俺が言うんだから間違いないぜ。あいつらの目なんて気にするな。お前の目で世界を見るんだ。いいな?」
それを証明するんだ。
促されるままに、バートより一歩前へ出たダンケは、口を真一文字に引き結んだ。
強張った顔のまま、ダンケの手が動き出す。
彼は指でジェスチャーをした。
子供らに向かって指パッチンをしてみせると、親指と人差し指を立ててL字を作り、それを額に当てた。
"俺はお前たちには興味が無い。負け犬め"と言う意味を込めた侮辱のジェスチャーだ。
二人は物陰から出てこない子供たちを、いつまでもその土地に置き去りにしてアメリカに帰るべく歩き出す。
半歩後ろから見たバートの背中はオレンジ色のペイント弾で濡れていて、ダンケは早歩きでバートの隣に並んだ。
「バート、ダンケ」
「うん?」
「ダンケ」
「…そうさ、お前はダンケだ」
メルナード夫妻の許へ帰ったダンケは、身綺麗なまま帰宅した姿を見とめられるや、子供が宝物の人形を抱きしめるようにしてキツく腕の中に収められた。
バートはメルナード夫妻に背中の塗料を見せないようにして日国家に帰ると、潔癖症のきらいがある母親に見つかってこっ酷く叱られた。
「バートラント・メリカン・日国!」
「ずぇ~っごめんなさいってば~」
塗料で汚れた服を振り回して怒鳴る母は、夢に出てきた幽霊よりもずっと恐ろしかった。
マシューはこの時から既に日本の勉強を開始していた為、バートが怒られても我関せずとそっぽを向いていた。