9くち 21
ダメだと言われ続けてきたけれど、ようやく、初めて自分を認めても良いと言ってもらえた。
自分を認めると態度で示し、それを強く感じることが出来た彼には、本心を見せなければと思った。
変わる為の一歩を、今ここで示さなければならない。
「助けてほしい」
「ああ」
「もうこんなの嫌だ。酷く疲れたんだ」
「そうだよな」
「変わりたい。変えたいんだよ全部」
「お前が望めばいくらでも変えられるさ」
「変われるのかな。皆みたいに笑っても、後ろ指を指されないようになりたいんだ。嫌いなヤツかどうでもいいヤツばっかりなのももう嫌だよ。人を信じてみたい。好きになってもみたいんだ。夢だってあったよ。怖いんだよ、バート。生きていくのが怖いんだ。死にたくないけど、もう生きていたくもないんだよ」
「良くやった。頑張ったよダンケ。安心していい。これから皆で、一つずつ良くしていこうな」
まばたきをしたダンケのスモークブルーの瞳からボロボロと涙が零れ出す。
バートは屈みこんで、袋を床下に戻し、板も元通りにする。
「俺が舞台で稼いだら、この家を取り壊すよ。ここに戻る理由を無くしてやる。外の奴らはきっといつまでも変わりやしない。でも、お前は変わるんだ。ここを捨てろ。ここから変わるんだ。ここにはなんにもないだろ」
「…」
「いいな?」
「…うん」
ダンケが頷くのを見てから、バートは扉に手をかけた。
これが最後だ。
これできっと、この家に来るのは最後になる。
それでも、名残惜しいものは何一つ無かった。
初めから、この家には何も無かったんだ。
目の前のヒーローがそう言っているのだから。
「おいでダンケ。大丈夫」
「…」
「俺を信じてくれるだろ」
「…」
「今も信じてくれた」
「…」
「この先も信じろ」
思い出とは、最も信頼出来る誠実な愛である。
しかしそれ以上に、現在のバートほど、ダンケが信頼出来るものは無い。
今までの思い出で、良い想いなんて一つもしたことが無い。
今ほど良い気持ちになれたことなんてただの一度も無い。
愛されていると感じたことすら。
「うん」
彼の導きを信じよう。これからも。
ダンケは床に手をついて立ち上がる。
雨ばかりのこの国は、今日、雲一つない晴天だった。
ダンケ・イングリスは今、この家から出てゆくのだ。