9くち 20
「………俺、きっと笑わないよ」
「いいよ」
「話すこと全部が嫌なことになるよ」
「ちゃんと聞く」
「なんにも出来ないよ。怠けてるんじゃなくて、本当に出来ないんだよ」
「俺が手伝う」
「身だしなみに気を使うことも無いよ」
「気にしないよ」
「俺、嫌なヤツだよ。今の俺から、一生かけても、少しも変われないかもしれない。ずっと今の俺のままかも」
「今のダンケと一緒にいたいんだ」
バートには分かっていた。
自分はきっと、ネガティブなダンケに対してうんざりする時が来るだろう。なにも出来ずに療養するばかりの姿を見てげんなりする時が来るだろう。会う度小汚い格好をしていれば辟易する時が来るだろう。
長続きするはずがないけれど、今、彼が必要としている「肯定」を口にしている。
たとえ、中身が十分に伴うはずもない夢のような言葉だとしても、こんなあんまりな人生のまま、彼には死んでほしくなかったからだ。
自分の口からポンポン飛び出てゆく軽率な言葉に、とんでもない責任がついてまわることも分かっていた。
命と向き合うには命で立ち向かわなければならない。それが誠意と言うものだと、生みの母親に教わった。
けれどそんな覚悟は出来ていない。今のダンケをこれから一生背負い続ける覚悟など、バートにはまだ出来ない。
それでも彼を生かすと決めた。これから覚悟をつけると、今決めたのだ。ここで彼を見殺しにする方が、よっぽど覚悟が必要だから。
ダンケ自身、一歳差しかないこの少年に、いつまでもダンケ・イングリスを憑りつかせていては、遠くない将来、嫌がられる時が来ることを分かっていた。
世間に対して変われなくとも、自分に近しい人の為には最大限の変わる努力をしなければならない。最悪の状況で最善を尽くそうとしてくれる人に、なにも出来ないわけにはいかない。
見せかけでも、「一生変わらないダンケ・イングリスに耐えられる」と言う姿勢を見せてくれた彼には、真摯に向き合いたい。
今の自分を変えるより、彼の今の気持ちが変わる時のことを考えると、その方がよっぽど覚悟が必要だから。
今死んだら、今の自分を認めてくれた人を失ってしまう。
「なあダンケ。先のことを考えてみようぜ。どうしたい。どうなりたい。言ってごらん」
ダンケは手に持っていた袋を床に下ろした。
今まで押し殺してきた感情が、ダンケの腹の底から溢れ出てくるようだった。
捨てられた犬よりも瞳を潤ませて、バートの言葉にようやく口を開く。